第197話 親不孝者
ワーウルフの大群に襲われた以外はたいしたトラブルもなく順調に歩を進める事ができた。三日目の夕暮れ前には目的地であるお嬢様の実家のあるリーベの町に着いた。リーベの町は私達が越えてきた山の麓にあり山の産物と平野の産物が集まる集積地として、また王都キンリーへの街道の宿場町として発展していた。なかなかの大きな町みたいだけど私の故郷のサークルアイのほうが大きいわよ。いやきっと大きいに違いない。
町の入り口で門番の兵にギルドプレートを見せて町の中に入った。私と黒髪は冒険者プレート、お嬢様は商業者プレートだ。もっともお嬢様の方は商業者プレートを見せなくても入れたみたいだけど。門番の兵は突然のお嬢様のご帰還に驚いていた。
リーベの町中はけっこう賑わっていた。サークルアイほどじゃないけどね。その賑わう町の目抜き通りにある一際大きい建物がお嬢様の実家アデル商会だ。このアデル商会に2台の馬車を送り届けて私と黒髪のミッションは終わりだ。やれやれと思っていたらお嬢様の運転する馬車はアデル商会の前を素通りした。
「え!ちょっと。今のアデル商会ですよね?看板が出てたし。」
「ええ。そうよ。私の実家よ。アーリン。それがどうしたの?」
「どうしたのって?アデル商会に荷物を送り届けるんじゃなかったんですか?」
「う、うん。アデル商会は後でね。それより商業者ギルドに直行しなくちゃ。」
「そ、そうですか。」
何か納得のいかない物を感じつつも私は馬車を運転するお嬢様の隣で大人しく町の景色を眺めていた。やがて馬車はアデル商会よりも立派な建物の前で止まった。リーベの町の商業者ギルドである。
「ちょっと待ってて。手続きしてくるから。」
そう言ってお嬢様は商業者ギルドの中に入って行った。しばらくしてお嬢様が出てきた。
「裏の倉庫に馬車をまわすよ。」
お嬢様の指示で馬車2台を倉庫の前に止めた。倉庫から出てきた商業者ギルドの職員三人とお嬢様とで積み荷の確認と値段の交渉が始まった。私と黒髪は積み荷の倉庫への搬入を手伝った。
儲かったのはお嬢様の顔を見ればわかる。ニコニコ顔のお嬢様と私達は商業者ギルドを出た。
「とりあえずは半分だけど、私達の冒険は成功よ。依頼主ではなくて私個人として二人におごるわ。なんか美味い物でも食べに行こう。リーベの名物を食べさせてあげる。」
お嬢様は上機嫌だが美味い物を食いに行く前にすることがあるだろう。
「その前に家に帰ってご両親に挨拶しないの?」
黒髪もそう思ったようだ。
「い、いいのよ。家は後で。」
「良くないわよ。お父さんもお母さんもあんたの事をいつも心配してると思うよ。真っ先に元気な姿を見せてあげなさい。」
「私もそう思います。私達の食事は後回しで良いですよ。」
「で、でも・・・・」
私達二人に責められてお嬢様はもじもじしていた。
「あんた。家の人に内緒で帰って来たんでしょ?」
「うっ。実はそう。」
黒髪の詰問にお嬢様は消え入りそうな声で答えた。
「「やっぱり!」」
私と黒髪はハモッた。
「だ、だから家の者に見つからない内にさっさと用事を済まして王都に戻ろうかなあと。」
「無理よ。」
黒髪が即座に否定した。
「あんた。リーベではちょっとは顔が売れてるみたいじゃないの。門番の兵士も気づいてたみたいだし。何より商業者ギルドの職員が黙ってはいないでしょ。あんたが帰って来たのはじきにあんたのご両親も知る事となるわよ。それなのに実家に顔も出さないで王都に戻ったらあんたのご両親はどんなに悲しむか。」
「シーナさん。あなたが黙って王都に戻ろうとしても私とサオリさんが戻らせませんよ。」
「は、はい。」
私達二人に責められてお嬢様は途端に元気を無くした。お嬢様は渋々と先頭を歩きアデル商会に裏口から中に声をかけた。裏口から出てきた店員はお嬢様の姿を見ると大慌てで中に戻って行った。やがてその若い店員は店主のアデルの他数人の店員を連れて出てきた。
お嬢様が突然帰省したアデル商会は右へ左への大騒ぎとなった。なんと後で店舗の営業まで臨時休業にしてしまったほどだ。当然お嬢様は父親のアデルにこってり絞られたが、その他の店員は皆大歓迎だった。中には泣きだす者まで出てくる始末だ。お嬢様がいかにみんなから慕われているかがわかる。
「このバカ娘がまた皆さんにご迷惑をかけまして。」
アデルはお嬢様の頭を小突きながら私と黒髪に平謝りしていた。
「いえ。迷惑だなんて。これがわたし達の仕事ですから。それにシーナさんとは友達ですからわたし達も同行できて楽しかったです。」
「そうですか。友達になっていただけたんですか。そいつは良かった。こいつは育て方を間違えたのか男勝りの性格でしてね。うちの店の男どもに慕われるのは良いんですけど、同年代の友達と言う者がいなくてね。ちょっと心配してたんですよ。
それで少しでも大人しくなってもらって友達も作ってもらおうと思って王都の学校に入れたんですよ。入れた甲斐がありましたよ。」
黒髪も男女もそして私もお嬢様より男勝りの性格だと思うが。お嬢様は大人しくなって友達ができたと言うよりも類は友を呼ぶで友達ができたと思うんだけど。まあ私は余計な事は言わない。
「バカ娘の無事生還を祝って今日はささやかながらパーティを開こうと思ってるんですがお二人もご出席願えますか?」
「もちろん出させてもらうわよね。ねえ。アーリン。」
「はい。喜んで。」
「よし!みんな聞いたか!お二人ともシーナの生還パーティに出てもらえるそうだ!もう仕事をしてる場合じゃないな!店を閉めろ!パーティの準備をしろ!」
「「「「「おう!」」」」」
アデルの号令で店員達は一斉に動き出した。あきれた事には店にはまだお客が何人かいたのに半ば強引に買わせて店を追い出して閉めてしまった。番頭格だと思われる男の指示で店を片付ける者、パーティ会場の準備をする者、買い出しに出かける者、みんな忙しそうに働いているが、みんな笑顔だった。
「おい。シーナ。おまえのお説教はもうお仕舞だ。パーティの準備ができるまでお二人をおもてなししろ。」
「はーい。」
パーティの準備に邪魔な私達三人は準備が終わるまでお嬢様の案内でリーベの町をうろつくことになった。
リーベの町の散策から帰ってくるとパーティの準備は終わっていた。美味しい料理の数々に舌鼓を打ち、アベル商会の客部屋で私と黒髪は泊った。お嬢様のおかげでなかなか美味しい仕事であった。
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