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第196話 お嬢様の野望

 


 黒髪サオリの運転する馬車の後を追うようにして私とお嬢様シーナの乗る馬車は加速した。人気のない街道を2台の馬車は爆走した。馬車の爆走を見て逃してなるものかとそこらに潜んでいたワーウルフ達が一斉に姿を現し追ってきた。その数は30匹を超えているだろう。これだけの数のワーウルフに一斉に飛びかかれたらいくら私達でも無事にすまなかっただろう。そう言う意味でも黒髪サオリの判断は正しかった。私達の馬車を追いかけるために、私達を取り囲もうとしていたワーウルフの隊列は乱れた。つまり足の速いやつから順番に追って来る展開となったわけである。こうなれば簡単だ。追いついてくるやつを先頭から順番にやっつければ良い。私は運転席から馬車の後ろに移動した。もちろん呪文を詠唱しながらである。


 さすがにワーウルフは足が速い。先頭の一匹がもう追いついてきた。しかしそれまでだ。


「サンダービーム!」


 こちらに向ってまっすぐ走って来る標的を私が外すはずがない。先頭のワーウルフはキャンと悲鳴をあげて転げた。


 二発目を撃つためにすかさず呪文を再開したが次が間に合わない。二匹目が大ジャンプをして荷台の上にいる私に飛びかかって来た。


「そして突きー!」


 私を魔法を撃つだけのただの魔法使いだと思ったら大間違いだ。私には剣もあるんだ。。


 ワーウルフを剣で突き飛ばした私は得意げにポーズを決めていた。その一瞬の行動が油断に繋がった。さらなるワーウルフが今度は荷台の上の私に飛びかかる事なく荷台の横をすり抜けて行く。


 しまった。調子に乗って一匹取り逃した。お嬢様シーナが危ない。呪文が間に合うか。私があわてて再詠唱を始めると


「サンダービーム!」


 後ろを振り返って黒髪サオリが魔法を撃ってくれた。


「サオリさん!」


「アーリン!油断は禁物よ!」


 さすがは私も認める美少女戦隊一の実力者だ。頼りになる。


「もう油断はしません!サンダービーム!」


「わたしも攻撃に加わるわ!シーナ!スピードを緩めてわたしの馬車と並走させて!」


「は、はい!」


 2台の馬車がスピードを緩めるとワーウルフの集団が一気に追いついてきた。だが集団は一気に襲ってはこれない。


「サンダービーム!サンダービーム!サンダービーム!」


 なぜなら黒髪サオリが無詠唱で魔法を連発しているからだ。馬車を操りながら振り返っての魔法連発とは恐れ入った。私も負けてられないわ。


「サンダービーム!」


 私のは単発だけれど確実に一匹ずつワーウルフの数を減らしていく。


「よし!だいぶ減ったわね!アーリン!ボスを撃って!私が援護するから!」


「はい!」


 私は丁寧に呪文を唱えながら集団の中の一際大きいワーウルフに狙いを絞る。


「これでも喰らえ!サンダービーム!」


 雑魚相手の連発していた魔法と違い威力を高める事に特化した魔法だ。その威力は絶大だ。さすがのボスワーウルフも一発で仕留められた。


「ナイス!アーリン!後は烏合の集よ!撃って撃って撃ち抜こう!サンダービーム!」


 ボスをやられて統率が乱れたのか、それとも黒髪サオリの魔法に恐れをなしたのかワーウルフの集団はもう追いかけて来なくなった。


「どうやらもう追いかけてはこないみたいね。」


 黒髪サオリが後ろを見渡して言った。


「すごーい!サオリもアーリンも最強!さすがは私の見込んだ冒険者だけの事はあるわ!二人に頼んで良かった!ありがとう!ありがとう!」


 戦闘から解放されて緊張の糸が切れたお嬢様シーナは大興奮だ。


「どういたしまして。これがわたし達の仕事だからね。それよりアーリンよくやった。ボスワーウルフをアーリンが倒してくれたからあいつらは追いかけるのやめたんだよ。」


「まあボスと言ってもワーウルフだからたいした事ないですよ。それよりもサオリさんのサンダービームの連発に恐れをなしたんだと思いますよ。」


 私達は馬車を停めて戦いの労をねぎらった。


「じゃあ、シーナとアーリンはここで待ってて、わたしはあと一仕事。」


 黒髪サオリは馬車を降りると走り出した。


「あと一仕事って何?」


 お嬢様シーナが聞いてきた。


「ワーウルフは牙や毛皮がお金になるんですけど、さすがにそんな物を取ってる時間はないですから耳を取りに行ったんだと思います。」


「え!耳?そんなもんどうするの?」


「耳はワーウルフの討伐の証拠になりますから。」


「なるほどあんた達の仕事に抜かりはないわね。私からの護衛料の他にも魔物の討伐料もこうして同時に稼いじゃうんだ。」


「ええ。なんせ護衛料が安いもんですから。」


「あー。悪かったわね。安い護衛料で。」


「本当安いですよ(笑)うちの他のメンバーなんか怒ってたもん。安い仕事を受けるなって(笑)」


「それってセナでしょ?」


「セナさんを知ってるんですか?」


「うん。アメリとサオリからいつも聞いてたから。」


「じゃあ。ドケチなのも知ってます?」


「もちろんよ。セナが渋ちんで給料がたくさんもらえないのも知ってるわ(笑)」


「ほんと、ドケチなんですよねー。私だって買いたい服がいっぱいあるのに。セナのせいでー。」


「あら?さん付けはやめたの?」


「良いんですよ。先輩だから一応さん付けしてますけど、彼女とは同い年ですからね。別に呼び捨てでも。」


「ふーん。なんかセナとは気が合いそうだし、今度会ったらアーリンがセナの事を呼び捨てにしてドケチ野郎って言ってたって、言ってやろうかしら。」


「えー。やめてくださいよ。そんな事されたらマジでボーナス査定をマイナスにされる。」


「うそ。うそ(笑)」


「もうシーナさんの意地悪。」


「お。アーリンもシーナと仲良くなったじゃん。」


 耳の回収を終えた黒髪サオリが戻って来た。


「じゃあ行こうか。」


 黒髪サオリの運転する馬車を先頭にして私達は出発した。


 その後しばらくは魔物にも盗賊にも襲われる事なく私達は順調に馬車を走らせた。


「よし。ここらで休憩しようか。」


 川にさしかかったところで先頭の黒髪サオリが声をかけてきた。


 私達は馬車を引く4頭の馬を開放してやると川の水を飲ませて休ませた。


「よし。わたし達もご飯にしよう。アーリンは火を起こして。わたしが食事の用意をするから。シーナ、食料はどこにあるの?」

「待ってて今持ってくる。」


 そう言ってお嬢様シーナが馬車から出してきたのは干からびたパンと干し肉が少しだけだった。分かってはいたがしょぼい。しょぼすぎる。男女アメリの能力のおかげでダンジョンの中でも焼き立てのホカホカのパンや焼き立ての熱々の肉や魚をいつも食べれてる私達のほうがおかしいのも知ってる。しかしだ。贅沢が当たり前になると貧乏には急には戻れないのだ。


「アーリン。分かるよ。わたしも同じ気持ちだよ。」


 がっかりしている私の顔色を窺った黒髪サオリが言った。


「え!何が?もしかしてこの食事の事?」


「そう。」


 黒髪サオリが申し訳なさそうに答えた。


「なによ!私達の学校の寮の食事でもこれにスープが付くぐらいよ。そんなに粗末なもんじゃないはずよ。」


 お嬢様シーナが憤慨して答えた。


「ごめん。ごめん。旅の携帯食としてはこれで十分すぎると思うわ。シーナには落ち度はないわ。ただわたし達が贅沢すぎるだけなのよ。」


「そんな贅沢な物っていったい何を食べてるのよ?」


「まあ作りたてのパンとか獲りたての肉とか魚とか。」


「ふん。そんなに言うならあんた達で用意しなさいよ。」


「まあ。まあ。そんなに怒らないでよ。今用意するから。アーリンが。」


 げ。こいつ面倒な事を私に丸投げしてきやがった。


「え!私?アメリさんもいないのにどうやって?」


「バカねアーリン。新鮮な食材が目の前を泳いでるじゃないの。」


「あっ。そうか。」


「え?いったい何をする気?」


「まあまあ。すぐにわかるって。シーナはざると桶を用意して。」


 シーナが馬車の中からざると桶を出してきた。それを見届けた私は二人のいる所からやや上流に移動した。


「準備良いですか?みなさん。」


「「おう!」」


 ざるを手にした二人が答えた。


「じゃあいきますよ。サンダー!」


 私は川に向ってサンダーを撃った。川が水柱をあげて爆ぜた。すると今まで水中にいた大小様々な魚達が仮死状態になって浮いてきた。


「わ!なにこれ!」


「驚くのは後よ。さあ獲るよ。」


 黒髪サオリに促されて二人は川の中に入った。私も続いて入った。川はそんなに深くなく膝までしか水深がなかった。腹を上にして浮いている魚を手づかみで獲っては陸に投げた。流れがあるので全部は獲れなかったがそれでも3人で楽に百匹は獲った。


「これだけ獲れば十分でしょ。」


 そう言って黒髪サオリは桶に集めた魚をさばき始めた。ナイフで腹を裂き内臓を取り出すと塩をまぶして口からえらにひもを通した。そうして魚を何匹も通したひもを何本も馬車の荷台にくくりつけた。


「何をしてるの?」


「うん。いっぺんで食べきれないし川のない所でも食べたいから干物を作ってるの。」


 お嬢様シーナの質問に黒髪サオリが答えた。


「よし。干物はできたわ。後は今わたし達が食べる分ね。」


 そう言うと黒髪サオリは火の周りに木の枝に差した魚を何匹も並べた。魚の焦げる香ばしい匂いが辺りに漂う。


「後は焼きあがるのを待つだけね。じゃあ焼きあがるのを待つ間、これでも飲んでて。」


 そう言って黒髪サオリは私達にコップを配った。コップの中には何やら良い匂いのする液体が入っていた。


「なにこれ?美味しい。スープじゃないの。いつどうやって作ったの?」


 スープをふうふう冷ましながら飲んでお嬢様が言った。


「これはねえ。アメリの作った物だけど。この茶色い球をお湯で溶くだけでできるんだ。」


 そう言って黒髪サオリは茶色い球を見せてくれた。これは私も知らなかった。


「そのスープの塊はどうやって作るんですか?」


「え!アーリンも知らなかったの。簡単よスープを作って水魔法で極限まで乾燥させるだけだよ。インスタント食品と言ってわたしとアメリのいた世界じゃ良くたべられていたわ。」


 さすが異世界だ。なんでもかんでも進んでる。美味いスープをこんな小さな球にする発想は私達の世界ではなかった。これなら外でも簡単に美味しいスープがいつでも食べられる。


「この硬いパンもこうしてスープに浸すと柔らかくなって味が沁みて美味しいわよ。」


「悪かったわね。硬いパンで。でもサオリの言うとおりにすると本当に美味しいわ。私の用意した安いパンがごちそうになるわ。」


 スープでパンを食べていると魚がちょうど焼きごろになってきた。


「よし。焼けたわ。さあ食べよう。」


 そう言って黒髪サオリは焼けた魚の串を一本ずつ渡してくれた。海辺で育った私は魚にはうるさいんだ。だからあまり期待をせずに食べたけど美味しい。


「なに!この魚も美味しい。」


 お嬢様シーナが感動して泣いていた。お嬢様のくせに美味しい物を食い慣れていないんかい。


「シーナさん。魚が珍しいんですか?」


 思わず失礼な事を聞いてしまった。


「失礼ね。魚ぐらいいつも食べてるわよ。でもこんなに美味しいのは初めてよ。」


「それはねえ。鮮度が抜群に良いのと自分で獲った事とみんなでわいわいしゃべっている事が良い調味料になってるのよ。それにこの魚自体も偶然だけどとても美味い魚だわ。わたしのいた世界の美味かった魚に良く似てるもの。」


 そう言った黒髪サオリも故郷の事を思い出したのか泣いていた。


「サオリさん。これ良く食べてたんですか?」


「うん。お父さんが釣りが好きで良く釣って来たのを家族みんなで焼いて食べてたの。それを思い出したらなんか悲しくなっちゃった。」


 黒髪サオリはこの世界で親も兄妹もいない独りぼっちなんだよね。


「サオリさん。私が妹になりますから元気出してください。」


「ありがとう。アーリン。」


「じゃあ。私は姉ね。お姉ちゃんとお呼び。」


「シーナ。どさくさに紛れて何調子に乗ってんのよ。あんたとわたしは同い年じゃないのよ。でもまあ良いわ。わたしのいた世界でも3人で義兄弟の契りを結ぶ有名な話があるわ。桃園の契りじゃなくて川原の契りね。」


「桃園て何ですか?」


「ああ。難しい言葉を使ってごめん。桃園て言うのは要するに果物畑よ。果物畑で義兄弟の契りを結んだ偉い人達がいたのよ。」


「え!その人達って農家の人達ですか?」


「そうそう。3人で力を合わせて大きな農園を築いたのよ、って違う。騎士の3人が宴会するのに果物畑を選んだのよ。力を合わせた3人は後々国まで築いたわ。」


「へえ。凄いですね。私達も国まで築いたりしちゃったりして。」


「ない。ない。少なくともわたしはない。アーリンとシーナが頑張るなら応援するけど。」


「私もないですよ。あったらS級冒険者のタロウさんのパーティに加えてもらってますよ。」


「ああ、そうだね。でもタロウのパーティはやめた方が良いよ。タロウのパーティの女性はみんなタロウの女よ。その上にわたし達にまでオレの女になれって手を出してくるくらいよ。良い人かもしれないけど女の敵よ。」


「なんか二人で盛り上がってるけどタロウって誰?」


 お嬢様シーナが私達の会話に割り込んで聞いてきたので黒髪サオリが詳しく教えた。


「へえ。アメリとサオリの他にも異世界転移者がいるんだ。なんか私もその人に興味が出てきたなあ。今度紹介してよ。」


「良いけど。付き合うなら友達か仕事上で付き合ったほうが良いわよ。でないとお父様が泣く事になるわよ。」


「別に私はその人のたくさんいる妻の一人でも構わないわよ。」


「「え!」」


「やだ。アーリンまで何言ってるのよ。サオリのいた世界と違ってこちらじゃ力のある男が何人も嫁を娶るのは珍しい話じゃないわ。王族とか貴族とか。商人でも金持ちなら聞いた事はあるわよ。もちろん私ん家は違うけど。王国を買ったら国を経営しないといけないでしょ。それには商人である私の力が必要になって来るって事よ。」


 なんとこのお嬢様の野望は国レベルなんだ。国を相手に商売する気なんだ。


「あ。わたしはシーナを応援するから頑張って。」


「わ、私も応援します。」


 半分あきれてそれでも半分感動して私達はお嬢様の野望を応援することになった。




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