第147話 霧の草原
門番の兵が開けてくれた門から私と骨と幽霊は外に出た。外は濃い霧が立ち込めていた。2,3メートルも離れると真っ白で何も見えない。これは思った以上にやばいかもしれない。やみくもに歩くと、戻れなくなってしまうかもしれない。しかも、魔物はこの白い霧の中で身を潜めているのだ。
「エイハブさん、これは門から離れないほうが良いんじゃないですか?」
骨に相談してみる。
「ああ。わしも最初そう思ってましたよ。でも、困った事に塀の周りには魔物がいないみたいですね。」
そう言えば、さっきから魔物に全然遭遇していない。これは遭難覚悟で奥まで行くしかないか。でも、そう簡単に遭難して堪るか。こんな事もあるかもしれないと、アメリは布の切れ端をたくさんくれた。なんせ、ここは迷いの森だから。
「じゃあ、アメリさんにもらった布を私が要所要所に結びながら、奥に進みましょう。」
私はそう言って、さっそく一本だけ生えていた木に布を一枚結び付けた。
「さすがはアメリさんだ。これなら迷子にならずに帰ってこれますね。」
私の前にいる幽霊が感心して言った。
「じゃあ、わしが先頭で歩きますので、お二人は後を付いてきてください。」
「「おう!」」
骨、幽霊、私の順で歩き出した。霧で視界は悪いが、背の低い牧草みたいなものばかり生えている草原なので歩くには困らない。しばらく歩くと骨が立ち止まって言った。
「いますね。」
魔物の気配を感じたようだ。骨や脳筋コンビ(アメリとリオ)ぐらいの達人になると、見えなくても魔物や敵の存在を気配で感じられるそうだ。男女は殺気を感じ取るんだと言っていた。もちろん、私も幽霊もそんな芸当はできない。
私達は一斉に剣を抜いた。私と幽霊は念のために呪文も唱えた。戦闘前に前倒しで呪文を唱えておけば、無詠唱と同じタイミングで魔法を撃てるからである。
霧の中に身を潜めていたのはビッグボアだった。あ、ちなみに魔物の名前は後で冒険者ギルドで名前を聞いたからわかるのであって、現時点では本当は巨大な猪だとしか認識していない。でもややこしいので、以後魔物の名前で呼ぶことにする。
ビッグボアは先頭の骨に向って突進してきた。その突進を骨は剣で切りながら華麗に受け流す。切りつけられてよろよろになりながらもビッグボアは私と幽霊の前に来た。
「ファイアーボール!」
幽霊が火の魔法でとどめをさした。巨大な猪は光の球となって空に消えて行った。その光景を見て、初めてここはダンジョンの中だと認識できた。ただっぴろい草原に町の存在、とてもじゃないがダンジョンの中とは考えられなかったからだ。
「やったね!」
私は幽霊とハイタッチした。
「見事です。あー。でも、こんな草原で火の魔法を使うのはどうかと。」
骨が苦言を呈する。
「私、使える魔法はファイアーボールしかなくて。すみません。」
幽霊が申し訳なさそうに謝った。謝る必要はないと思うが、確かに骨が言う通り、火事の危険性もあるのは確かだ。
「そうね。たしかに火事の危険性はあるわね。でもそんな事を気にしてたら、魔法なんて撃てないわ。魔法は使わないと上達しないもの。もし、草原に火が着いたら私が消してあげるから、かまわず撃って。」
「ありがとう。アーリン。これで私も戦力になれるわ。少ない魔力量だけど、がんばる。」
幽霊が私にお礼を言って、両こぶしを握り締めた。二軍とは言え、骨も私も剣か魔法のどっちか一つだけなら、男女達一軍にも引けを取らない。それに対して幽霊だけは剣も魔法もまるっきしの素人だ。そんな自分でもみんなの力になれると思って喜んでいるみたいだ。よかった。初心者に自信をつけさすのも仲間の私達の仕事だ。
こうして、骨と私が剣で斬りつけて、弱った所を幽霊が魔法でとどめをさすパターンで、私達は進んだ。今の所、大イノシシ(ビッグボア)は魔石を落としていないが、代わりに肉の塊を一個ドロップした。ドロップ品は、男女のアイテムボックスのような便利な物がない私達は背中の鞄に入れて背負っている。
三頭の大イノシシ(ビッグボア)にとどめをさして幽霊は乗りに乗っていた。
「私のファイアーボールがあれば、剣で斬る必要はないわね。」
自信を付けさせたのは良いけど、自信が過信に繋がらなければ良いけど。
「次は私に魔法を先に撃たせて。」
調子に乗った幽霊は先制攻撃をさせてくれと言ってきた。まあ、魔法で先制攻撃をするのはセオリーだから、私に反対はない。
「まあ、良いんじゃない。魔法でまず、相手を弱らすのは作戦としても良いわ。」
「ありがとう。次も頑張るよ。」
私が承認すると幽霊はこぶしを上げて答えた。
目の前が真っ白な中を骨を先頭にしばらく進んだところで、毎度のように骨が立ち止まった。前方に複数の動く塊が私にも確認できた。もうすでに呪文を唱えていたのか幽霊が私の前に出た。
「ファイアーボ・・・・」
魔法をまさに撃たんとしていた幽霊を骨が振り向いて突き飛ばした。
「ちょっと、何すんのよ!」
しりもちをついた幽霊が文句を言った。
「ちょっと何仲間割れしているのよ!」
私も骨に文句を言った。
「魔物じゃ、ありません。人間です。」
「「え!?」」
骨に言われて目を凝らして見ると、たしかに人間だ。危ない。私達は人間相手に攻撃するところだった。
「おい。おい。こんな視界の悪い所で魔法を撃つのは勘弁してくれよ。」
私達のやり取りを見ていた剣士風の男が近づいてきて文句を言った。
「魔法が当たったら、こっちも報復に出んと行けないからな。」
同じく近づいて来た魔法使い風の男も文句をたれた。
「「「すみません!」」」
私達三人は頭を下げて平謝りした。
「まあ。本当に撃ったわけではないから、別に文句は無いよ。ただ、やっぱり。ここでの魔法の使用は感心しないな。」
「・・・・・・」
残りの二人も平謝りする私達を睨みながら通って行った。一触即発の状態だったがケンカにならずにすんで良かった。
「そういうわけで、やっぱり魔法は使わないほうが良いみたいね。」
「はい。」
私が言うと幽霊がしょんぼりと返事した。
「まあ、元気出してくださいよ。私だって苦手の剣で頑張っているんですから。剣の腕を磨くチャンスだと思って頑張りましょうよ。」
「わかった。頑張る。アーリン。ありがとうね。年上の私が、年下の子にいつまでも励ませられていたら世話ない物ね。」
私が元気づけると、そう言って幽霊はにこりと笑った。なかなか切り替えが速い。未練がましく何十年も海に漂っていた幽霊とは思えない切り替えの速さだ。
「さあ!では、張り切って行きましょうか!」
「「おう!」」
骨の掛け声で、私達は気合を入れなおした。しかし、いくら気合を入れなおしても私と幽霊がポンコツなのは変らない。いくら達人の骨でも複数の敵が出た場合はいっぺんに全部は倒せない。ポンコツ二人で頑張るしかない。
そんな事を考えていたのがいけなかったのか。次に出たのは二頭のビッグボアだった。後の一頭はお前らに任せたとばかりに骨は一頭目のビッグボアに斬りかかった。当然残った一頭は私と幽霊の方に向って来た。幽霊は果敢にも斬りかかったが、所詮は素人の剣。軽くビッグボアにはじかれてしまった。勢いに乗ったビッグボアは次に私に突進してきた。咄嗟に剣で受けたが、向こうも私の剣をその巨大な牙で受けた。つまり、私はビッグボアに吹っ飛ばされたってわけだ。しりもちをついた私に、とどめとばかりにビッグボアが足を地面にこすり突進の準備をしていた。
「うりゃー!」
ビッグボアの注意をそらすために幽霊が横から斬りかかった。ビッグボアは幽霊の方に向きを変えた。チャンス。私は呪文を唱え始めた。
「サンダー!」
「え!?魔法?でも、どこに?」
幽霊が辺りを見渡した。戦闘中によそ見とは感心しないなあ。
「マームさん!私の後ろに控えて!」
私は起き上がると幽霊の前に出た。当然のようにビッグボアは私に突進してきた。それを私は剣で受けた。さっきと違って今度は吹っ飛ばされなかった。
「え!?」
幽霊はビックリしていた。だから戦闘中に他に気をとられたらダメだって。
「チャンスよ!私の魔法でイノシシは今動きを止めているから、攻撃して!」
「おう!」
私と幽霊は滅茶苦茶に剣を振るった。たとえ素人の剣でも何度も斬ればダメージを与える事ができる。ビッグボアは光の球になって消えた。しかも、うれしい事に魔石をドロップしていた。
「いやあ。お見事。お見事。お二人だけで、イノシシを倒せましたな。」
骨さんよ。お前は助太刀せんと見てたのかよ。
「いや。アーリンのおかげですよ。所でアーリン。いったい何をしたの?サンダーを撃ったみたいだったけど?」
幽霊は最初の言葉は骨に答え、後の言葉は私に質問した。
「相手に撃つだけが魔法じゃないのよ。私は剣にサンダーを流したの。」
「え!そんなリオさんみたいな凄い事を良くできましたね。」
私が答えると脳筋を引き合いに出してきた。幽霊の中で脳筋はどんだけ大きい存在なんだ。
「リオさんのできる事で私にできない事はないよ。魔法に関しては。」
カチンと来て思わず大きい声をあげてしまった。
「ふーん。アーリンはやっぱりリオさんをライバル視してるんだね。」
幽霊はニタニタ笑って言った。
「そ、そんなわけないじゃないですか。向こうは天下のA級冒険者ですよ。」
「でも、魔法に関しては負けてないと思ってるんでしょ?」
幽霊に本音を見透かされてしまって、私は赤面して絶句してしまった。
「まあまあ、強い人をライバルと決めて競い合うのは良い事ですよ。いつかリオさんに並んでA級になれるようにワシは応援しますよ。」
骨が幽霊にやり込められていた私に助け舟を出してくれた。骨はやさしい。人間だったら惚れてるところだ。
「ありがとうございます。その時は船長もマームさんも一緒にA級になろうよ。」
照れ隠しもあって、みんなで頑張る事を提案した。
「よし。そんならワシ達美少女戦隊2軍も1軍に負けずにA級を目指しますか。」
「いや。1軍を抜いてS級を目指すでしょ。」
それに骨が乗ってきて、A級冒険になる決心を言った。幽霊に至ってはとんでもないことを言い出したが、夢はでっかく持てだ。
「そうね。S級を目指しましょう。打倒1軍だわ。」
「「おう!」」
なんか思わぬところから、私達の絆は深まった。
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