第13話 黒スライム出現
ダンジョンに行かなくなって、一か月が経った頃。
オレが食堂で給仕の手伝いをしていた時、突然それはやってきた。
「魔物だ。魔物が暴れてる。」
店に駆け込んできた男が叫んだ。
店の中は騒然となり、お客さんは皆席を立った。
オレも店の外に出てみた。
そこには黒いスライムがいた。ダンジョンの一階で見かけたスライムとは違っていた。突然変異種か?
「なんだ。スライムじゃねえか。」
まかせろとばかり、一人の冒険者らしき男が剣で切りかかった。スライムは冒険者の剣をまともにくらいはじけ飛ぶはずだった。しかし、そのスライムは斬撃を吸収して形をゆがめたがすぐに復元した。冒険者は焦り、何度も切ったり突いたりしたが、スライムは平気だった。
「だ、駄目だ。攻撃が効かない。誰か魔法を使える者はいないか?」
冒険者はスライムから距離を取り、叫んだ。
が、誰も名乗り出なかった、無理もない。魔法を使える者はほとんど冒険者である。今頃はダンジョンに潜っていた。
冒険者が距離を取ったおかげで、スライムは遠くから見ていた人たちのほうに向かってきた。
「きゃー!」「うわー!」「逃げろ!」
パニックになって逃げ惑う人々。転んで逃げ遅れた子供にスライムが襲ってきた。
「いけねえ。」
オレは呪文を唱えながら走り出した。
「ファイアーボール。」
ファイアーボール一発ではスライムを倒せなかったが動きを止めれた。魔法は効いていた。
オレは子供をかばって前に出ると、第二弾めのファイアーボールを撃った。スライムは黒焦げになって飛び散った。
「良かった。もう大丈夫だから。」
オレは子供を抱き起して、駆けつけてきた母親に渡した。
「すげー!」「お嬢ちゃん。つえー!」「ありがとう。」「助かったぜ!」「ブラボー。」
逃げ回っていた人々が戻ってくると口々に賞賛と感謝を表した。
オレは照れ臭いのと、仕事中だったのを思い出したのとで、食堂に走って戻った。ちなみにスライムを倒せなかった男もいつの間にかどこかへ消えていた。
食堂には席を立っていて戻ってきた客だけでなく、オレの武勇伝を聞こうと集まった客で超満席となった。娯楽に飢えた人々の前で、魔法使いしか使えない見たこともない、魔法と言うものを派手にぶっ放して、魔物を退治してしまったから当然であった。いっぺんに集まった客に店はパニック状態となった。おばは席に着けなかった客を外に並ばせることにして店の中から出して、オレを裏口から外に出して、事態を収拾した。
昼の営業が終わった時間に、オレは裏口からこっそりと店に戻った。店ではみんなが遅い昼食を取っていた。
「アメリちゃん。お帰りー。凄かったねー。わたし初めてあんな凄い魔法を見たよ。」
「ただいま。ミウラ姉さん。おじさん。おばさん。皆さん。ご迷惑かけました。」
「お帰り。アメリ。まかないできてるから、食べなさい。」
おばのソフィアが渋い顔でパスタとスープをよそってくれた。
「お帰り。アメリ。迷惑なんてもんじゃなかったぞ。お客さんはいっぱい来るし、衛兵やら冒険者ギルドやらの対応でたいへんだったぞ。」
おばのソフィアに比べて、おじのグローバーはニコニコ顔だった。
「アメリ。よくやった。おじさんも鼻高々だぞ。来る客、来る客みんなアメリを褒めてたぞ。
世のため、人のために魔法を使うなら、おじさんは冒険者に大賛成だぞ。」
やった。おじが認めてくれた。ここはもう一押しだ。
「もちろん。わたしが冒険者を目指してるのは、わたしのように魔物に襲われて悲惨な人たちが出ないように、魔物を退治するためです。」
「うん。うん。立派な心掛けだ。」
おじがうなずいて言った。
「ちょっと待って。魔物退治は必要な事だとわたしも思うわ。でも、それがなんでアメリなの?
そういうことは命知らずの男たちに任せておけばいいじゃない。」
おばが割り込んできた。
やっぱり、おばは危険だから反対か。おい、おじさん。黙ってないで、おばさんに反論してくれよ。もう、尻にひかれてよ。
気まずい沈黙が続いた。しばらくして、
「あのう、すみません。」
若い女の人の声がした。
「あ、今、休憩中でして、夜の部は6時からなんですけど。」
ミウラ姉さんが席を立って答えた。
「ちがうんです。わたしは、こちらのお嬢さんに助けられた子供の親でして、一言お礼を申し上げたくて来たんです。」
「そうですか、わざわざご丁寧に。」「アメリちゃん。お母さんがお礼を言いに来られたよ。」
「はーい。」
「まあ、こんなかわいいお嬢さんだったの。さっきは気が動転してて。きちんとお礼も言わなくて、ごめんなさいね。
あらためて、どうもありがとうございました。」
お母さんと子供が二人で最敬礼した。
「いえ。そんな、当たり前の事をしただけですから。」
「当たり前の事じゃないわ。大人の冒険者もかなわない魔物に襲われたときは、わたしもこの子はもうだめだと、誰も助けてくれないかと思ったのよ。その時にさっそうと助けれるなんて、すごい事だと思うわ。いえ、思います。」
「この子が何かしたんですか?」
おばが口をはさんできた。子供のお母さんが身振り手振りで、オレの活躍を感謝を込めて説明してくれた。おじとおばは店の中にいたので、オレが子供を助けたのまで知らなかったみたいで、子供とお母さんが帰った後に、おじはともかくおばまでニコニコして質問攻めをしてきた。
オレは魔物が剣で切れない厄介な物だった事や、子供のピンチに思わず魔法を撃ってしまった事などを面白おかしく説明した。
「さっきの子供はわたしの魔法じゃないと救えなかったと思います。わたしの魔法が必要とされる場所で働いてみたいんです。」
冒険者になりたいアピールも付け加えた。
しばらく沈黙のあと、意を決したようにおばが答えた。
「わかったわよ。もう、わたしの負けね。偉大な魔法使い様をいなか食堂なんかで働かせられないわね。明日からダンジョンでもなんでも好きに行ったらいいわ。」
「おばさん・・・・・・・。」
「ただし、これだけは言っとくわ。いい、絶対に死んだら駄目よ。わかった?」
「はい。ありがとうございます。明日から食堂の仕事も頑張ります。」
「何言ってんのよ。食堂なんかで働かせるわけないでしょ。」
「え?でも?」
「元々三人でやってたんだから。アメリ一人ぐらい抜けても、別に困らないわよ。忙しかったら、もう一人雇えばいいだけだし。ねえ、あなたたち?」
「お、おう。おばさんの言う通りだぞ。店の心配なんかいらんぞ。頑張れよ。」
「そうよ。何のためにわたしがいると思ってんの?アメリちゃんの分までわたしが頑張ればいいだけなんだから(-_-;)」
若干一人ばかり微妙な意見の人もいたが、三人の意見で冒険者に専念できることになった。
オレはさっそくサオリとメアリー師匠に報告するために、メアリー師匠の家に向かった。サオリはメアリー師匠と槍での立会稽古をしていた。二人に挨拶すると、稽古は中断して休憩時間となった。メアリー師匠はお茶を淹れてくれた。
「今日はどうしたの?アメリ。」
「師匠。ついにおばが認めてくれました。」
オレはこれまでの経緯を話して、おばが冒険者になることを認めてくれたことを話した。もちろん、サオリには日本語で。
「アメリ、良かったね。よし。さっそくダンジョンに行こう。わたしの槍の進歩を見せてあげるわ。」
サオリがやる気満々で誘ってきた。
オレ達は師匠にお礼を述べてから東のダンジョンに向かった。
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