第120話 ピザ
何を作ろうかと思いさんざん悩んだオレは、アイテムボックスから取り出した野菜を眺めていた。いろいろと並べた中で一際鮮やかな色をした野菜があった。これ、地球でも好きだったよな。甘くて酸っぱくて。家でも植えてたよなあ。家庭菜園と言えばこれだよなあ。よし、これを使おう。これを使った料理はいっぱいあるけど、これを使った料理と言えば、あれだ。あれしかない。幸いパンを作るための小麦粉も、焼くための窯もアイテムボックスの中に入っている。
オレは小麦粉に水を混ぜるとこねた。よくこねた物をしばらく寝かした。寝かした物を今度は平べったく丸く伸ばした。これで生地の完成である。生地の上に先程の野菜を輪切りにしたものを並べた。さらにチーズを細切りにしたものを大量に並べた。他に何を具にしようかと思ったら、小魚と小エビの油漬けいわゆるアンチョビみたいものの入った瓶が目に入った。ここは海辺の町だし、やっぱりシーフードが良いよなあ。少しつまんでみると、塩が効いていてうまい。このパンチ力のある旨味を生かさない手はない。しょっぱい小魚と小エビとは逆に全体の味を甘くする事にした。チーズと野菜の上にたっぷりの生クリームをかけた。こうした物を人数分作ってさらに寝かした。
生地を寝かしてる間に前菜のサラダを作った。レタスもどきにキャベツもどきに先程の色鮮やかな野菜も切った。こいつは生で食うとうまいからな。サークルアイで買った酢だこも切っていれた。オリーブオイルと酢で作ったドレッシングをかけると人数分の皿に小分けしてアイテムボックスに戻した。サラダも出来立てがおいしいからね。
メインはどうしようかと思ったが、やっぱりここはがっつりと肉だろうと言う事でダンジョン牛の肉を切った。魚も食いたい人のために、マグルのステーキを作る事にして、アイテムボックスから出した大きな切り身を食べやすい形に切った。
窯もあったまったみたいなので、寝かしておいた生地を入れてどんどん焼く。一度に二枚まで焼けるから、三回に分けて焼いた。焼けた物は皿に盛り、素早くアイテムボックスにしまった。これで焼き立ての熱々をみんなに出せる。
オレは先程作ってアイテムボックスに入れておいたサラダの皿をテーブルに人数分並べると、ナイフとフォークも人数分並べた。もちろん飲み物のエールの入ったコップも人数分並べた。前菜が並べ終わったところでみんなを船室から呼んできた。
待ちかねていたリオを先頭にぞろぞろと甲板に出てきた。
「もう料理は並べてあるから適当に座って、オレはまだ作っているからオレにかまわずどんどん食って。」
そう言ってオレはさっき切り分けていた肉をフライパンで焼き始めた。
「なーんだ。今日はこれっぽっちかと思ったよ。いただきまーす。」
「どうやら今日はコース料理で行くみたいね。これは前菜よ。メインで肉が来るみたいよ。いただきます。」
量が少ないと不平を言いそうになったリオはオレが肉を焼き始めたのを見て安心した。元地球人のサオリは何回かに分けて提供されるコース料理だと見抜いた。
「これは美味しいよ。この赤い野菜。すっぱくて甘くて、このタコのすものによく合うわ。この赤いの何て言うのアメリ?」
サラダの中に入っているトマトもどきが気に入ったらしくサオリが尋ねた。
「うーん。オレのいた世界じゃトマトって言ったけど、こっちじゃ何て言うのか忘れた。なんせ市場で手当たり次第適当に大量になんでも野菜買ったからね。まあ、トマトもどきで良いんじゃない。」
「ふーん。トマトもどきね。私、これ好きだわ。」
「オレも大好きだから、次の料理もトマトもどきを使った料理よ。」
「やった。これは美味しいに決まっているよ。」
トマトはこっちの世界じゃあまり見かけない野菜みたいだがセナの反応を見るとこっちの世界の人も旨く感じるみたいだ。良かった。
「今日は最初からエールが出ているんだね。」
「コース料理だからね。じゃんじゃん飲んでよ。」
エールを飲みながら訊ねるサオリにオレは答えた。
みんなが前菜をペロッと食べたところでオレが皿を回収しようとすると、
「あっ。私が片づけます。」
マールがあわてて立ち上がった。
「ちょっと。マールは今日はお客さん。アメリは作る人。だから、私が片づけぐらいはするよ。」
サオリがオレとマールを制して片付けてくれた。サオリ、気が利くやつ。じゃあ、ついでに並べるのもやってもらうか。
「ありがとう。サオリ。じゃあ、ついでにこの皿をみんなの前に一皿ずつ並べてもらえるかな。」
オレはアイテムボックスにしまってあった出来立ての熱々の皿を取り出した。
「あっ。これってピザじゃないの。」
「そうよ。ピザ。地球で食ったピザほどうまいかどうかわからないけど、頑張って作ったよ。」
「アメリ。ありがとう。わたし、大好きだったんだ。」
そういうと、里心のついたサオリは昔を思い出して泣き始めた。
「サオリ。気持ちはわかるけど、泣くのは食ってからにして。冷めると美味しくないから早くみんなに配って。」
「わかった。ごめん。」
サオリは泣きながらピザの皿をテーブルに配った。
「これはピザと言って、オレ達のいた世界のパン料理みたいなものです。こうやって大きく切って手でつまんで食うと美味しいよ。」
オレはそういって食べ方の手本を見せた。ナイフとフォークでチマチマと食われてもピザは美味しくないからね。
「ふーん。手づかみで食べるなんて随分豪快な料理ね。あ、パンも手づかみで食うから別に良いんだ。でも、サオリが泣くほどの料理って楽しみだわ。」
「セナ。なにごちゃごちゃ言ってんのよ。黙って食べられ。美味しいから。」
料理の感想を言っていたセナに先に食べていたリオが黙って食えと言った。セナも無言で食べ始めた。異世界人の反応はどうかと心配なオレは料理をしながら見ていた。
「美味―い。こんな美味いパンを食べたのは初めてだわ。具を生地に混ぜ込むんじゃなくて直接載せて焼いてるんだね。このとろける甘さはチーズと生クリームが焼かれて溶けたものね。甘くて美味しい。」
「ただ甘いだけじゃないよ。このトマトと小魚が全体の味を引き締めているよ。トマトがすっぱく爽やかに、小魚と小エビがピリッと塩っ辛く。」
セナとリオの異世界コンビが初めて食べるピザの味の解説を始めた。以外にも理論派のセナよりも脳筋リオのほうが鋭い事を言った。甘いものに飢えているこの世界の人向けに甘いピザを作ったが、甘いだけではただのお菓子になってしまう。味のアクセントをつけないと。そのためのトマトであり、小魚と小エビのアンチョビであった。
「リオ。鋭い。」
オレはリオを褒めた。そして、
「マーム。どう?お口に合いました?」
「私、こんな美味しい物生まれて初めて食べました。」
オレがマームにふるとマームは涙を流して答えた。
「これ。地球でもお店で出せるレベルよ。」
同じく涙を流して食べていたサオリが答えた。すごくうれしかった。
肉とマグルのステーキが焼けたところでサオリに給仕を頼み、オレも食卓に着いた。熱々のピザを手づかみで食った。美味い。地球にいたころに家族でよく行ったイタリアンのお店のピザを再現したが我ながらよくできた。オレも昔を思い出して、思わず涙した。あっ。泣いている場合じゃないや。シェフとして料理の説明をしなくっちゃ。
「ダンジョン牛の一番いい所をステーキにしたものです。ソースは魚醤とニンニクをおろしたもので作ってあるから・・・」
「あ、アメリまで泣いているの。もう、そんなのは良いから食べて飲んで悲しい事は忘れよう。」
料理の説明をしようとしていたオレをリオは座らせてエールを注いでくれた。オレはリオの言う通り飲んで食って騒いで悲しい事は忘れる事にした。あれ、今日ってマームの歓迎会じゃなかったっけ?まあ、楽しいからいいか。どんまい。
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