第117話 船の上の焼肉パーティ
船は海岸線に沿って快調に走る。海岸線はだんだんと険しい崖になってきた。それにしたがい大きな一枚岩や海の洞窟などの奇岩奇跡が次から次と現れた。異世界に来てからこうして景色を楽しむ余裕もなかった。毎日毎日、訓練に戦闘。オレの人生真っ暗闇だー。そんなの嫌だー。そういうわけで今日は楽しむぞー。
オレはアイテムボックスからテーブルと椅子を出すと甲板に並べた。テーブルの上のコンロに網を置き火を着けた。網が熱くなったところで脂身で網を良く拭く。油が網になじんだところでアイテムボックスから肉を出した。何の肉にしようかと迷ったが、今日はダンジョン牛にした。精肉したものを冒険者ギルドで分けてもらいアイテムボックスの中に保管していたものだ。ロースとかカルビとかよく分からんけど、良く油の乗った部分を贅沢に切り分けて網の上にいくつも並べた。
ジュワー。パチパチ。
香ばしい匂いと音が辺りに漂う。匂いと音に釣られてリオとセナが船室から顔を出した。
「アメリー。今日はお肉ね。」
「うん。焼肉よ。焼き立てが美味しいから、サオリと船長も呼んで来て。」
「うん。わかった。」
オレはリオにサオリとエイハブを呼びに行ってもらうと、人数分の皿とフォークを用意してテーブルに並べた。魚醤と果物で作った特製タレの瓶と塩の入った瓶も出した。オレが肉をひっくり返して裏を焼いていると、
「うーん。良い匂い。焼肉じゃん。」
「ほんと良い匂いですな。よだれが止まりませんわ。」
サオリとエイハブが船室から出てきた。みんなが揃ったところで、
「みんな、お肉はオレがどんどん切って出すから、このトングで取って網に並べて焼いて。焼けたら皿に取って勝手に食って良いから。あと、このタレと塩と調味料は二つ用意したから、お好きな方でどうぞ。あ、それから、塩と一緒にさっぱりと食べるときはこれを絞ってかけるといいよ。」
オレはレモンもどきを半分に切った物をみんなに配った。
サオリ以外のみんなは自分で焼いて取って食うというスタイルになれてなくて、戸惑っていた。仕方ないなあ。空気を入れるか。
「みんな、遠慮しないで自分でどんどん焼いて、どんどん食ってよ。これはそういうスタイルの料理なんだから。でないと、美味しい所を全部サオリに食われちゃうよ。」
サオリに全部食われると言ったのが効いたのかサオリ以外のみんなが一斉に大皿の肉に手を伸ばした。
「ダンジョン牛の肉だから、生でも大丈夫だけど、焼いた方が美味しいよ。わからなかったらサオリにいろいろ聞いて。」
そういうと、オレはアイテムボックスからパンとエールを取り出してテーブルに並べた。
「あー。それ私が焼きごろになるまでそだててた肉。」
「何言ってんの。いつからセナの肉になったのよ。」
リオとセナがさっそくお約束の肉の取り合いを始めた。子供か!
「はい。はい。そこ。お肉はたくさんあるから醜い争いはしないの。」
そういうとオレは新しい肉を切って大皿に並べた。
「あと、野菜も食べないとだめだよ。」
オレはざく切りにした野菜を大皿に盛った。
「お肉を自分で焼いて食べるってのが良いね。好きなだけ食べられるじゃん。」
「うん。食べる楽しみに作る楽しみまであるね。最高。」
リオとセナの異世界コンビにも焼肉は大うけだった。
「みんなで一緒に楽しくつっつきあうってのが、いい調味料になってるんだよ。あ、もちろんアメリの腕も良いけど。」
「気を使わなくても良いよ。サオリ。オレはお肉を切っただけなんだから。それより、端切れ肉を煮込んでスープも作ったから、これも飲んで。あったまるよ。」
オレはお肉のたっぷり入ったスープをカップに取り分けてみんなに配った。みんなはすでにエールを飲んでいたが、熱々のスープも飲んでほっこりとした。
「アメリ。料理の準備で全く食べてないじゃん。この肉焼けてるから食べて。食べて。」
リオが焼き立ての肉をオレの小皿に取り分けてくれた。
「ありがとう。美味―い。」
オレも腰を落ち着けて食う事にした。ダンジョン牛の肉はちょっと硬かったがこれはこれで美味しかった。脂肪たっぷりの和牛の不健全な美味しさと違い、運動をたっぷりとして育った健康な牛の美味しさがあった。いわゆる赤み肉の美味しさであった。魚醤に林檎もどきニンニクもどきの野菜をすりおろして入れて熟成させて作った焼肉のたれも、甘辛くて美味しかった。ダンジョン牛の牛タンは塩とレモンもどきで食った。さっぱりとしていていくらでも食える。それで、焼き肉には肉で作ったスープももちろん合うが、やっぱりこれだ。オレはコップに注いだエールを一気に飲み干した。くー。美味い。焼肉と甘辛いタレでしつこくなった口の中が一気に爽やかになった。最高。オレは地球では未成年だけど、こっちの世界ではもう成人だ。ていうか、こっちの世界では未成年の飲酒を取り締まる風潮すらないが。とにかく。無問題だ。オレ達は飲んで食って騒いだ。豪華なクルーザーでのんで食って騒ぐ。オレ達もおセレブだー。実際は豪華クルーザーじゃなくて恐怖の幽霊船なのが玉に瑕だけど。
オレ達は舵を取るのさえ、もう船に任せていた。生きている(いや死んでいる?)魔物である船は自分で見て、自分で考えて進んでいた。完全なるオートクルージングモードであった。
酔いつぶれたオレ達が船室で寝ていると船が急停止した。なんだなんだと甲板に出ると、
「あー。どうやら、恋人岬に着いたみたいですよ。」
船と話したエイハブが言った。
恋人岬、それは結ばれなかったカップルが身投げをした事でその名がつけられた風光明媚な場所だった。岬の上から見る眺めは絶景であると、冒険者ギルドでもらったパンフレットには書いてあった。オレ達は通常とは逆に海上から岬を見上げているから、巨大な断崖絶壁が連なって見えるだけだったが。
「ここが恋人岬か。ロマンテックな名前の所ね。」
「いや、そんなロマンテックなもんじゃないみたいよ。」
オレはみんなに恋人岬のいわれを話した。
「じゃあ、その時の女の人が化けて出るって事はない?」
リオが真っ青な顔をして言った。
「そんな事もあるかもね。」
「じゃあ、あれそうかな?」
リオが指し示した海面に真っ白な服を着た女の人が立っていた。
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