第一話 蘇生
「父さん?母さん?うわーっ!」
オレは絶望の淵で目を覚ました。
オレのそばには、オレを魔物からかばって死んだ両親の亡骸があった。オレ達一家は村を出て町を目指して歩いていた矢先に一匹の龍に襲われた。魔物が跳梁跋扈するこの世界であるが、この街道は比較的安全のはずであったし、何よりボディーガードを雇うようなお金はオレ達にはなかった。オレ達は油断してたわけでもないが、なすすべなく全滅させられたのだ。
全滅のはずだった。オレも母親と一緒に龍のブレスで死んだはずが、なぜかオレは無傷で生きていた。呆然と立ち尽くすオレの頭の中に突然、若い女の声が響いてきた。
「アメリ。わたしの声が聞こえますか?ご両親を一遍に亡くして、大変ですが頑張って元気を出してください。ご両親の魂はわたしが責任をもって天国に送りましたので安心してください。」
「え?何?あなたは誰?どこから話しかけてるの?わたしは今、それどころじゃないんだけど。」
オレは周囲を見回したが誰もいなかった。
「質問に質問で返さない。あと、重ねて質問するのもやめなさい。もてへんよ。(笑)
でも、どうやら聞こえてるようね。わたしの名前はマリア。この世界の神の一柱よ。
あなたの心に直接語り掛けているの。近くでしゃべっているわけじゃないわ。」
「は、はい。」
いきなり叱られてしまった。
「ご両親が亡くなられて、悲しくて混乱しているから、しかたないか。まあ、許す。
あなたはたった今死んだの。ご両親と一緒にね。かわいそうだけど。普通なら、天国に行くか。地獄に行くか。あるいは転生するかだった。
でも、事故が起きてしまったの。
本来、死ぬべきはずが、異世界の住人の黒野時雄さんの魂があなたの魂と合わさったためにあなたはしななかったの。」
異世界ってなんだ?黒野時雄って誰?それで、なんで死なない?オレはますます混乱した。
「さっきも言ったけど、質問は一回に一個にしてね。でないと、わたしがあなたの尋問を受けて答えてる形になってしまうじゃない。話が膨らむような会話ができないと、もてへんぞ。」
え?オレは何も言ってないのに、どうなってるんだ?
「そう。質問は一回に一個ね。それに、わたしが答える。あなたがその答えにコメントする。さらに、コメントにわたしが返す。そうやって話題を膨らましていくのが楽しい会話をするコツね。覚えておいてね。
で、わたしは神だからあなたの考えていることが読めるの。口に出してしゃべる必要はないわよ。」
オレの考えていることが読めるってことはあんなことやこんなことを妄想してたのもばれてるのか?
「安心して、今まではあなたに注目してなかったから、わたしは何も知らないわ。これからは違うけどね。」
えー。オレのプライバシーゼロじゃんか。のぞき見はやめてくれ。
「安心して、神も暇じゃないから、あなただけに関わってないわよ。この世界に何人人間がいると思ってるの。でも、あなたの事は面白そうだから、あなたの行動はちょくちょくのぞかしてもらうけどね。
えーと、それであなたの聞きたいことに答えるけど、まず、世界はひとつだけじゃないの。アメリ、あなたの住んでるこの世界と並行していくつもの人間の住んでる異世界があるの。その異世界の一つから黒野時雄の魂が、アメリ、あなたの住んでるこの世界に転移してきたの。それで、過去の記憶を無くして赤ん坊として生まれ変わるはずが、事故が起きてしまったの。
そう。途中でアメリ、あなたの魂と合体してしまったの。アメリ、あなたは死ぬ直前に二つの魂を持ってしまったから、一つ死んでもまだ一つあるってわけ。それで生き返れたの。
じゃあ、黒野時雄の魂が死んでしまったかと言うかとそうでもないの。あなたたちは魂が融合しているので、誰か一人が死ぬというわけでないの、アメリと黒野時雄は二人とも死んだけど、二人とも生きてるってこと。あなたはアメリでもあるけど、黒野時雄でもあるの。]
オレはクロノトキオでもあるのか。クロノトキオって誰?
「黒野時雄さんはね。地球って異世界の日本という国の人なの。年は17でかわいい男の子なの。今は黒野時雄としての記憶が薄いと思うけど、じきに思い出すわ。まあ、今の主たる人格はアメリ、あなたなので、そんなに混乱もないと思うわ。」
え⁈ 男?え?え?
「そう。男。あなたはもうだいぶ男化してるよ。あなた、自分の事を無意識にオレって言ってるでしょう。」
はっ!そういえば。
「あと、あとでどうせ聞かれるから、先に言っとくけど。13歳のあなたは17歳の知性も合わせ持ってるの。」
そっちはどうでもいいけど、いや、どうでもよくないか。男って、じゃあ、オレというかわたしは何なの?
「うーん。そうね。生物学的には完全に女の子だけど。なかみはそっちで勝手に決めてよ。」
そんな。無責任な。でも、オレはオレであって、他の何者でもないし、好きにするしかないか。
「そうそう。あなたは性と言うカテゴリーには縛られない超人になったのよ。」
超人って言っても何か凄い事ができるわけじゃないんだよな?
「あっ。大丈夫。わたしがいくつかギフトをあげたから。
まず、鑑定ね。自分の体を見て鑑定と念じてみて。」
オレは素直に鑑定と念じた。
アメリ
異世界転生者
レベル1
HP J
MP J
スキル 鑑定、アイテムボックス エネルギー破
と頭の中に直接文字が浮かんできた。
「それが鑑定ね。物の名前や能力を探る能力ね。人間以外は名称と簡単な説明が出るわ。それでスキルに鑑定とアイテムボックスとエネルギー破とあるでしょう。アイテムボックスとエネルギー破が残りののギフトね。この三つはアメリあなただけが使える能力だから。あまり他人に見せないほうがいいかもね。」
アイテムボックスて何?
「まあ、簡単に言えば便利な収納ボックスね。大きなものでも重たい物でも収納して運べるから便利よ。アイテムボックスの中では時間も止まってるから物が腐ることもないわよ。
まあ、使い方は自分で工夫してみて。
わたしがあなたにしてあげれるのはこれだけね。
ご両親を生き返らせてほしいかもしれないけど、わたしの力ではそこまでできないわ。ご両親が亡くなるのは運命なの。運命を曲げるのは神であるわたしにもできないの。魔物に天罰を下す事もできないわ。魔物には魔物の都合があり、魔物の神もいるわ。人間の神であるわたしは魔物に干渉する事もできないわ。
無力な神でごめんね。
せめてものアドバイスをするけど、ご両親を弔ったら、目指してたセシルの町に行きなさい。
町の食堂はあなたのおじさんとおばさんが夫婦で経営しているわね。あなたを保護してくれるわよ。心配しなくてもわたしがそうさせるから。
最後にアメリ。独りぼっちになったけど、強く生きなさい。
わたしがいつも見守っているから、元気出して。
では、またねー。」
あっ。ちょっと待って。エネルギー破の説明は?あと、レベルとかHPとかわからない事がまだいっぱいあるのに。
オレは心の中で何度も女神様に呼び掛けたが二度とその声は聞こえなかった。
あまりの事にあっけにとられたが、落ち着いて今すべきことをしなければならなかった。
オレは両親を穴に埋め、簡単な墓を作って、弔った。ここには頼るべき大人の人もいなければ、警察もいない。両親の死体を放置して立ち去れば、魔物や獣に食われてしまう。墓を作って埋めてやるのが、ベストだと思った。
いろんな事が一遍で起こって悲しむ暇もなかったが、墓を作り終えて、少し落ち着くと、悲しさが襲ってきた。オレは泣いた。わけもわからず、ただひたすらに泣いた。泣きながらも、これからの事を考えた。絶望と悲しみと混乱の中でも少しは冷静さを保てたのは黒野時雄の魂のおかげかもしれない。
町で売ろうとした収穫物はそれを積んだ荷台ごと龍のブレスで燃やされていた。今から村に引き返すよりもセシルの町に向かったほうが近い。セシルの町の近くならセシルの町に向かう旅人や近隣の住人に保護してもらえるかもしれない。女神さまがおっしゃったようにセシルの町に向おう。セシルの町に着いたら女神様がおっしゃった通りおじさん夫婦を頼ろう。そうと決めたら、一刻も早く出発だ。オレたちが流した血が他の魔物を引き寄せるから。
オレは道中魔物に襲われることもなくセシルの町に着くことができた。セシルに向かう旅の商人の馬車に途中で拾ってもらったからだ。オレは旅の商人にお礼を言うと、おじの家に駆け込んだ。おじは町の守護者である騎士団に連絡をしてくれて、両親の死体の回収と村の墓への埋葬、葬式も執り行ってくれた。オレの家や畑は、村に住んでいるもう一人のおじに貸すという形で引き受けてもらった。子供のいないおじ夫婦はオレを養子として引き取ってくれると申し出てくれた。