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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第一話 卑しい体

陽光がまぶしい朝の太陽に目が覚める。

時刻は朝の八時。

思いがけないほどの早起きに驚きながら、沙耶は何度も時計と窓から差し込む光を見比べていた。



「はぁ。」



窓を開ければきっと、不気味なほど晴れ渡った青空が広がっているのだろう。

太陽の光がこれだけ室内に差し込むということは、それだけ天気がいい証拠。昔から朝日に弱かったので、せっかくの休日くらい夜まで寝ていたかったと、沙耶はだるそうに窓まで近づいていく。



「あぁ、いい天気。」



カーテンを開け、その空の青さに笑顔が零れ落ちる。

んーと、伸びをしてつぶやいてから、沙耶はあわててカーテンを閉めた。



「なに、私、今、何って言った?」



無意識につぶやいた言葉に体が震えだす。



「青空を見て、いい天気って言った?」



誰にでもなく沙耶は繰り返す。

答えてくれる人なんて、もちろんいない。

沙耶は自分の体に感じた矛盾に、異変を確信せずにはいられなかった。夜に活動する人鬼が、朝日をあびて「心地いい」と感じるということは、ありえない。



「もう、いや。」



部屋の片隅で小さくなる。泣くというより、絶望感が勝っていて涙さえ出てこなかった。

代わりに、大きくて深いため息が沙耶の口から漏れ広がっていく。



「あ、高森さんだ。」



携帯が昨晩のうちに誰かから連絡があったことを告げている。家族との通話以降、まったく気にも留めていなかった携帯だが、そういえばと沙耶は心当たりがあることを思い出した。



「親睦パーティーのこと忘れてた。」



大学が主催する親睦パーティーが昨日の夜にあったことを今更ながらに思い出した沙耶は、独り言をつぶやきながらそのメールを開封する。そこには座席の隣にいた女の子から沙耶の体を気遣う文面が踊っていた。

内容はいたってシンプルで、要約すれば沙耶と血を交換しあえるかもしれない相手に複数声をかけておいたということ。偶然、席が隣だっただけなのに随分と気前のいい優しい子だと思った。



「ありがとう。」



その気遣いが嬉しくて沙耶は早速メールを返すことにした。

そしてふと思う。

自分は、相手に「牙を突き立てられる」のだろうかと。



「え?」



無意識に自分の歯に指をあてて沙耶は蒼白になる。

舌で歯をなぞっても見た。



「うそでしょ!?」



携帯を放り投げて走りついた洗面所で、沙耶は口を開けてから茫然と突っ立ていた。

鏡に映る自分の顔が真っ青で、まるで別人のように哀れな少女がうつって見える。



「牙が、ない。」



何度も何度も、何度も何度も確認してみた。

角度を変え、距離を変え、舌で触り、指で触り、口を開けて確認してみた。それでも見つからない。たしかに一週間前までは存在していた人鬼の証ともいえる歯が、きれいさっぱりなくなってしまった。



「どうしよう。」



ペタンと鏡の向こうの自分が、手を伸ばした沙耶と向かい合わせでなぐさめるように手を重ねてくる。

昔、髪型が気に入らないと鏡の向こうの自分に怒って割ってしまったことがあるが、今は割れてほしいはずの状況でも鏡は割れないどころか、熱くなった沙耶の手形に白く曇るだけ。

ありえない。

小さくつぶやくこと以外に、ほかにどうしろというのか。

空腹感は当面の非常食でやり過ごすはずだった。フラスコ瓶にはいった血も、新鮮なものではないからだと自分に言い聞かせたつもりだった。それでも、この現実だけはあまりにも受け入れがたい真実。



「私、本当に人間になったんだ。」



人鬼として必要不可欠な牙がなくなったら、誰とも共存できない。それどころか、生きていくために摂取しなければならない血を飲むことすら出来ない。

いや、もう必要ないのだろう。

体がそう判断したに違いない。だからなくなってしまったのだ、人鬼としての力も牙も何もかもが沙耶の体から消えてしまった。



「と、とりあえず、落ち着こう。」



誰にでもなく沙耶は再び口走る。鏡の中の自分だけがそれに賛同するように、うんと力なく首を縦に振ってくれた。

大丈夫。

自分に言い聞かせるように、沙耶は両手で顔をパンっと鳴らす。

それに少し気合が入ったのか、洗面所でひとまず顔を洗い、歯磨きをして、沙耶はとくに変わったことのない身支度をすることにしてみた。

人鬼は総じて力が強い。握力や指先に込める力加減ひとつで物は簡単に破壊できる。だからといって力のコントロールも出来ずに手あたり次第に破壊行動を楽しむのは赤ん坊くらいなもので、物心つく頃には大抵の人鬼はそれなりに日常を過ごす力の配分を身につけている。けれど、昔に祖父が言っていたが、祖父がまだ子供のころには存在していた人間のものは、あまりに儚くて、誰もがすぐに壊してしまうため、人鬼は些細な日常生活品でさえ人鬼専用のものに作りかえていく必要があったと。

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