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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第三話 盟約の接吻(8)

人の楽しみを奪うことは許さないとでもいいたげに壱月はその体をひねったが、次の瞬間、何かを思い出したように勢いよく飛び跳ねた。



「しまった。」



気のせいじゃなければ、焦げ臭い匂いが室内に充満し始めている。



「あーあ。」



裸エプロンのまま店の奥へと一瞬で消えた壱月の姿に、霧矢の雰囲気が元の温厚さを見せながら笑う。

たぶんこの状況では誰もが想像つくほど、壱月が飛んで行った場所では悲惨な出来事が待ち構えているだろう。案の定、台所から壱月の雄たけびが聞こえてきた。



「だぁぁっあ、くっそ。やっちまった。」



そうして現れた壱月の右手には、得体のしれない物体がのったフライパンが握られている。

真っ黒な消し炭。一体何を作ろうとしていたのか、今となっては知ることもできない。



「そんなん食べられへんし、食べたくないなぁ。」


「さすがにコレを食わせるほど、理性は失ってねぇよ。」


「ほんまかなぁ。」



心配やわぁと、本当に心配そうに眉をしかめた霧矢の視線が壱月の右手辺りに集中していた。異臭を放つように焦げ臭い煙は、まだそこからゆらりと巻き上がっている。



「沙耶を殺されてもかなわんし、料理は壱月くん一人で頑張ってな。」


「ッげ。」



にこりとした霧矢の笑みが壱月の顔を蒼白に変えていく。



「まじで?」



裸エプロンにフライパン。

もくもくと焦げた物体と霧矢を交互に見比べた壱月は、観念したように天井をあおいだ。



「わーったよ。」


「ほな、よろしゅう。」



交わされた約束は、彼らを日常へと戻していく。

フライパンを台所に戻す壱月と、ふらりと店内の扉に手をかける霧矢。



「ぅ……っ……ん」



沙耶が苦しそうに寝返りを打つ頃には、店内から人の姿は完全に消えていた。

ボーンボーンと時計の音がまもなく正午を伝えようとしている。


───────────────

─────────────

───────────


正午。それは、昼夜が逆転した人鬼にとっては真夜中に等しい時間帯。

太陽が最も高く昇り、そして影が一番小さくうつるとき。



「ふぁぁあああ…っ~~ね、みぃ」



ほとんどの人が好まない明るい室内は、白を基調としたインテリアに包まれ、太陽光を浴びて眩しいほどに輝いていた。

この時間帯。ここ「何でも屋:陽炎(カゲロウ)」と看板が立てかけられた建物に、来客はほとんどやってこない。人鬼は人間であることを忘れて以来、すっかり昼間の活動が苦手になってしまったのだから、それも仕方がないことなのだろう。



元宮(モトミヤ)さん、そんな場所でゴロゴロしないでくださいよ。」



目の前をパタパタと先ほどから何度も往復する姿に、欠伸をこぼしていた彼は眠そうな瞳を向ける。



「大体、こんな時間にそれだけ活発に動いてるのはお前くらいだっつの。」


「何を言っているんですか。これだけ天気がいいのに、掃除をしないなんてもったいないですよ。」


「何がもったいないのかわかんねぇ。」


「それは、元宮さんが動かないからですよ。」


「んなこと言って、昨日もお前、同じことしてたじゃねぇか。」



毎日変わり映えのない様子に飽きたのか、清潔を売りにする室内で彼は大きなあくびをこぼしていた。



「掃除は毎日するものなんですってば!」



ガサゴソと飽きもせずにせわしなく動き回る影が広い室内の端から端まで動いている。傍目で見れば、もうなにも動かす必要も拭きとる必要もないように見えるのに、目の前の青年には許せない何かがあるのだろう。

けれど残念ながら、その行為自体に、退屈な彼の心を動かすほどの魅力はない。



「ふぁぁあっぁ…っ…ひま。」



ごろごろ、だらだらと朝の忙しさがひと段落したあとのこの時間帯は、毎日暇で仕方がない。そんな風に言えば、まるで彼が働くのが大好きな人物のようだが、実際それは当てはまらなかった。



「朝からゴロゴロしっぱなしじゃないですか。少しは体を動かしてくださいよ。」


「いや、普通起きてるやつの方が珍しいから。」


「徹夜なんかするからですよ。」


「だから、今から寝るんだっつの。」


「ちょっと元宮さん!!」


「あー?」



白い三角巾を頭に乗せ、両手で蔵書をいくつも抱えた青年が、だらけきった男を少し怒ったように眺めている。



「いい加減、働いてくださいよ。」



ふんっと荒い息と同時に床に置かれた分厚い蔵書の束が、白い室内にキラキラとした粉塵を巻き起こした。そのホコリに、わざとらしくせき込んだ男、元宮大貴(モトミヤダイキ)は、寝転がっていた体を起こしもせずにその青年を横目だけでチラリとみる。



「だりぃ。」



そして、また大きなあくびをこぼすと、彼は本格的な眠りに入る体制をとった。

これはいつもの見慣れた光景。

三角巾を頭に乗せた青年は置いたばかりの蔵書を持ち上げ、また部屋のどこかに消えていく。



「あー、朱烙(シュラク)。」


「なんですか?」



だるそうな声で名前を呼ばれた青年は、部屋の隅から顔を半分だけチラリとのぞかせた。



「血ぃくれ。」



先ほどから一ミリも動かない男に向かって、青年はしまいかけたばかりの蔵書のひとつを投げつける。けれど、それは何冊投げても寝転ぶ男にあたることはなかった。

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