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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第三話 盟約の接吻(5)

それなのに、泣き叫びたいほど恐ろしくて怖かった。

ドキドキと心臓が早鐘を打っているのが手に取るようにわかる。

それは蛇に睨まれたカエルといっても過言ではないほど、捕食者に狙われた獲物の緊迫感に近い。



「へぇ。それほどバカじゃないらしいな。」



低音に変わった、壱月の声色に逃げ出したくなる。その青い瞳の濃さでわかってしまった。

どうして気が付かなかったのだろう。

壱月はあのとき、催眠状態ですらおかまいなしに牙を突き立ててきたというのに。残虐な本性を至るところで見せていたというのに、(トロケ)けるほど気持ちのいいキスですっかり騙されていた。



「残念だったな。惚れさせるのは霧矢の得意分野だ。」



耳元で囁かれた言葉に、沙耶の体から血の気の引いていく音がする。

直感が叫んでいる。

彼は───


「逝っちまうほど感じるぜ。俺の牙は、な。」


「ッ?!」


───危険だと。



「死ぬ間際のうつろな人間が最後の最後に絞り出す断末魔の叫び声ほど、俺を興奮させてくれる歌はねぇ。」



本当にそうなのだろう。

想像しただけでたまらないといわんばかりに、頬をつかむ壱月の指先に力がこもっていた。とがった爪先で切り裂かれるほど張り詰めた肌の質感に、沙耶の口からは恐怖の声も出てこない。

涙で少しぼやけた視界には、薄暗い店内の天井とオレンジ色の照明、かすかに見える壱月の金髪だけ。これが最後の記憶になるかもしれない現状に、沙耶の鼓動は最速の心拍数を記録していた。

痛みを与えるのが専売特許だと思わしめるには十分なほど、耳元に流れていく壱月の興奮が伝わってくる。



「いい声で、鳴けよ。」



たぎるほど熱く溶けそうな壱月の声に、身体の奥から震えるものがこみ上げてくるようだった。



「ヤッ…っ…あ…ぁぁ」



食卓に乗せられた獲物が生きて帰ったことはない。



「沙耶、殺さねぇから覚悟しろ。」


「ッ?!」



ブツリと首筋に走った痛みと同時に、沙耶の悲鳴が店内に反響する。

痛いなんて言葉じゃ表現できないほどの熱さが沙耶の首を逆流していた。先ほど舌から体の中に流し込まれた媚薬は、このための麻酔だったのかと納得させられるほどの激痛。いっそ殺してほしいと願ってしまうほど、沙耶の血液は音を荒げて壱月のノドを潤わせていた。



「ッ…~ぁあ~~っ」


「まじ、うまいな。」



クスクスと笑う壱月の声が首筋に刺さる牙の間から聞こえてくる。



「いッ…~つき~~さっ」



じゅるじゅると吸い上げられていく感覚が徐々に麻痺し、壱月に陶酔し始めた沙耶の瞳から色がなくなっていく。



「沙耶、最高に可愛いぜ。」



身体にしがみつきながら悶える沙耶を抱きしめ返すように、壱月は赤く染まる肌を重ねていった。


───────────────

─────────────

───────────



「まじ、半端ねぇな。」



キラキラとした壱月の瞳が散らかったソファーの上から起き上がる。



「霧矢が独り占めしたくなる気持ちはわかるぜ。」



そう言いながら、まるで一仕事終えたといわんばかりにタバコに火をつける仕草は壱月の満足度を全身で表していた。ふぅーと、灰に吸い込んだニコチンの毒が体の中を一周する。それが壱月の肺の中から出てくる頃には、白い息となって吐き出されていった。



「このタバコが一番うめぇ。」



首でカキコキと小気味い音をたてた壱月は、形のいい唇にタバコを加える体勢でおさまると、同意を求めるように霧矢に笑顔を向けた。

侮蔑(ブベツ)の眼差し。

終了の合図がそんな形で聞きたくはないとでも言いたげに、霧矢は足を組んで壱月のほうを冷めた目で見つめている。



「壱月くんは、ちょっとの意味知らんやろ。」



足を組み替え、腕を組んで説き伏せようとする霧矢のその姿は、本当に絵になるなと壱月は思う。

そうはいっても、ふてくされた霧矢の頬は膨らんでいて、美男子と呼ぶには少し風貌が違う印象が備わっていた。



「ちょっとって、ちょっとやねんで?」



ふんっと、霧矢は沙耶の横で煙を愉しむ壱月にジロリと嫉妬の視線を傾ける。



「なんだよ、その子供みたいな言い草は。」



ハッと、鼻で笑う声のまま、壱月も霧矢をじっと見つめ返す。

嫉妬する権利はお前にはない。

口には出さないものの、明らかに壱月の態度は霧矢にそう告げていた。



「壱月くん。さっき僕の目の前で美味しくいただいたからって、沙耶ちゃんは壱月くんのもんとちゃうんやで?」


「同じ言葉をてめぇに返してやるよ。」


「直接手を下さへんのは当たり前やけど、ちょっと食べすぎやわ。結局、壱月くんがほとんど味わったせいで、僕の食べるところあらへんやん。」



相変わらず口がたつ。

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