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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第三話 盟約の接吻(3)

壱月は盛大に息を吐くと、ぐしゃりと短い前髪をかき上げる。



「わーってるよ。」



赤い直線に痛みはなかったが、壱月は舌打ちをしたあとで悔しそうに負けを認めるそぶりを見せた。



「ちょーーーっと、興奮しちまっただけだろ?」


「そのちょっとの差で人間は死ぬんやで?」



わかってると思うけど。

にこりと笑いかけられた顔に壱月の顔は引きつる。けれど、今更そんなことで怖気ずかないと壱月は肩でとぼけた仕草をした後でゴホンと咳ばらいを一つこぼした。



「にしても、随分と入れ込むじゃねぇか。」



気をとりなおしたのか、霧矢の反応が意外だと鼻で笑いながら壱月はソファーに埋もれる沙耶を両脇から手を入れて抱え上げる。

ぐったりと力を失った沙耶は人形のように壱月に引き起こされるままでいた。



「ま、千年ぶりの人間に惚れ込む気持ちはわからなくもねぇけどな。」


「ほんまは一人で味わい尽くしたいんを我慢してるんやで?」


「は?」



ふてくされたように本音をぶちまける霧矢の青い瞳の中に、あんぐりと口を開けた壱月がうつっている。沙耶を抱える腕を弱めることはさすがにしなかったが、それでも「おいおい」と壱月は困ったように眉をしかめた。



「ひでぇなぁ。永遠の人生を共に歩むことを誓った相手に対して、その言い草はねぇんじゃねぇの?」


「誤解されるような言い方せんとってほしいわぁ。永遠なんか誓てへん。」


「そんな寂しいこと言うなって。俺らみてぇに寿命のない生き物は助け合ってなんぼだろ?」



クックっと壱月は沙耶の首筋に鼻先を押し付けながら視線だけで霧矢の反応を確かめる。

もう気が遠くなるほどの長い年月を一緒に過ごしてきた相手に、いまさら不服も我慢も必要ない。本能も本性も知り尽くしているのだから、遠慮すらしないと壱月の瞳はそう物語っていた。

霧矢ももちろん壱月の性格は知っている。知っているからこそ、その牙の味に魅せられた少女の末路も手に取るようにわかっていた。



「やっぱりちょっと待ってくれへん?」


「は?」



今度こそ壱月は不機嫌極まりない声を上げた。



「霧矢、てめぇ。いい加減にしろや。」



噛みつこうとしていた沙耶の首筋から顔を上げて、碧眼の双眸に壱月は怒りの炎を宿していた。その、あきらかに気分を害したらしい壱月の怒声に、半分意識を飛ばしていた沙耶の腕がピクリと震える。



「っ…ん…ぁ」



ひくひくと引き付けを起こすような呼吸が始まった沙耶に気づいたのか、壱月が霧矢からその視線を沙耶に向けてくる。

青い瞳。

その目に自分が映っている間は、ふわふわと心地よい眠りの中にいられるような気がする。



「ぁっ…壱月…さっ…ん」



肌を滑る男の手の厚みに、沙耶の体が抵抗の腕を差し出していた。

半分をソファーに寝かせたまま、上半身だけが壱月の腕の中に包み込まれていく。確かにこれ以上、機嫌の悪そうな男を近づけたくはないのに、力を籠める乙女の意図を無視するように壱月はその唇を沙耶に重ね合わせる。



「ッンぅ」



優しい唇は、ほんのわずかにタバコの味がした。



「っはぁ…ンッ…ぁ…んぅ」



角度を変えて重なり合う唇の感触がやわらかくて気持ちがいい。他に何も考えられなくなるほど、徐々に激しさを増して襲ってくる壱月の圧力に気おされて、沙耶の上半身は再びソファーに埋まろうとしていた。



「なぁ、沙耶。体の芯から逝っちまう感覚を味わったことがあるか?」


「ッぁあ…~ふ…っんンぅ」



頭がボーっとする。

他に何も考えることができない沙耶の脳に、壱月の声がクスクスと響き渡る。



「特別に気持ちよくしてやるよ。」


「ッ?!」



その瞬間、大きく見開かれた沙耶の瞳には涙がにじみ出ていた。

見間違いじゃなければ、壱月と沙耶の体の間で距離を保つために仕事をしていた沙耶の腕は、役割を放棄して壱月の首筋に手を回そうとしている。

あり得ない現象。あり得ない反応。

舌を吸い上げるように突き刺さった壱月の牙の感触に、沙耶は息をするのも忘れてしがみつく。



「ッぁァアっ…~ンッぁ」



何が起こったのか、本当は理解したくなかった。



「どこがちょっとの興奮なんやろか。口の中からとか、ほんまありえへん。」



霧矢の言葉を信じたくはなかったが、現に壱月の牙は沙耶の舌にめりこんでいる。



「~~~ッアぅ…っ…あぁぁあ」



引っ張り上げられる舌の奥、のどから出た声がそのまま沙耶の鳴き声を叫んでいた。

この状態で壱月を振りほどけば、舌が裂けてしまうかもしれない。それがどれほどの恐怖を与えているのかわかっているのか、いないのか。壱月は青い瞳を閉じながら、ゆっくりと味わうように舌をからませてくる。

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