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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第三話 盟約の接吻(2)

ぞくぞくと背筋を駆け抜ける悪寒は生理的な恐怖からくるものに違いない。

ぞわぞわと立つ鳥肌に、沙耶は霧矢の腕の中でぶるっとその身を震わせていた。



「そんな怖がらんでも何もせぇへんよ。」



この状況でその言葉のどこを信じればいいのか、逆に教えてもらいたい。



「沙耶の初めては昨日全部もらったから。」


「っ?!」



悪びれもないどころか、耳元で囁く低音の心地よさに心臓が鳴く。

唇の形通りに出てきた息の甘さが、そのまま声になったのではないかと思うほどの色気で、一体何人の女を虜にしてきたのだろう。さすが西を支配するといわれる青の麗人だと沙耶は思わずにはいられなかった。



「顔、赤いで?」



クスリと至近距離で微笑まれる顔が、本当に卑怯だと思う。そして同時に、その美貌にすべてを許してしまいそうになっている自分の心臓にも、随分とげんきんじゃないかと沙耶は悪態づく。

忘れてはいけない。

昨日、自分の身に何が起こったのかを。

その犯人は誰だったのかを。



「あ、あっ赤くありません。」



思わず視線をそらして、そう口にするだけでいっぱいいっぱいだった。

心臓がこれ以上持ちそうにない。

お願いだから、引き寄せられるほどの瞳の強さでじっと見つめないでほしい。



「沙耶は可愛いなぁ。このまま絞め殺したくなるわ。」


「ッ?!」


「いややわぁ。冗談に決まってるやんか。」



もう泣きたくなってくる。

どこまでが冗談で、どこまで本気なのかがまったくわからない。

人の心情をかき乱すだけかき乱しておいて、楽しそうに笑う霧矢の顔を沙耶は涙をためた目でにらむことにした。

負けるもんか。

女をあまり舐めないでほしいと、沙耶はにじむ視界の中で自分を抱きしめたまま離さない男の視線をとらえる。



「ああ、ほんまに───」



霧矢の顔が、なぜか上からゆっくりと降り落ちてくるのが見えた。



「───たまらんわ。」


「ッや…っ…ヒッ」



首筋から鎖骨に流れる霧矢の舌先に沙耶の体がびくりと硬直する。



「イヤッ…痛いのイヤなの…っ霧矢さ…」



首の静脈に全神経が通っているのではないかと思えるほど、ほかの感覚がよくわからない。あれだけうるさく自己主張していた心臓でさえ、首に移動してしまったんじゃないかという錯覚が、蒼白した沙耶を襲っていく。

怖い

こわい

コワイ

蜘蛛の巣に捕えられた蝶はきっとこんな気分なのだろう。

捕食者にじっくりと食べる場所を探される感触。今すぐにでも逃げ出したいのに、指の先まで張り巡らされた見えない圧力に気抑えれて微動だにできない恐怖。それなのに、無意識に呼吸が早くなっていく。

鼻から繰り返される荒い呼吸の音が沙耶の思考回路を奪っていく。



「霧矢さんっ!」



はぁはぁはぁはぁと、沙耶は全力疾走をしたあとのように肩で息をしていた。

何がどうなって、自由の身になったのかは説明ができない。気が付いた時には、がたがたと震えながら沙耶は霧矢に開放された自分の体を抱きしめていた。



「おいおい、あまりいじめてんじゃねぇよ。」



ノドの奥で笑いながら、足を組み、たばこを吸う壱月が沙耶の目の前に腰かけている。



「そ、ん…な…っ」



誰かにきちんと説明してもらいたかった。



「てめぇも俺以外で泣いてんじゃねぇ。」


「ッ?!」



本当にたった一回まばたきをしただけなのに、壱月と霧矢の場所が入れ替わっていた。

いくら人鬼でもお互いの居場所を一瞬にして入れ替えることは不可能。聞いたこともない。彼らが有名なマジシャンなのだとすれば、この不可解な現象も納得がいくかもしれないが、彼らから沙耶を楽しませる気配は微塵も感じられない。



「イヤァアァァァァァッッ」



ブツリと首筋に埋められたのは壱月の牙。

ずりずりと逆流する血の流れは、今まで吸われた量の比じゃないほど熱く全身を吸い上げてくる。



「はは、まじでうめぇ。」



ぺろりと妖艶に舐め上げる舌が、彼の唇を沙耶の血で赤く染めていた。

信じられなかった。

貧血にくらくらと眩暈のする頭が、ドサリと沙耶をソファーの中で眠りにつかせようとしてくる。



「おっと。」



血を味わうことに興奮して気が回らなかったのか、かすれた息を吸うことでわずかに命をつなぎとめる沙耶に気づいた壱月がニヤリと口角を上げた。

けれど、次の瞬間、再び沙耶に食らいつこうとした壱月の行動がピタリと止まる。



「壱月。」



普段は「くん」づけで呼ぶくせに、こういうときは冗談が通じない。



「沙耶を殺したら、ほんまに殺すから。」



光をうつさないほどうつろな瞳で胸を上下に動かす沙耶に、その雰囲気の違いはわからなかっただろう。

一瞬、冷気のような殺気が交差し、実際、壱月のホホには鋭利な刃物で切られたように赤い直線が描かれていた。

つかの間の沈黙。

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