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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第二話 恐怖の洗礼(6)

霧矢と出会ったのは今から七百年ほど前の話だが、まだ人間がこの世で生を受けていたころを懐かしむように、壱月は火をつけたタバコの灰をとんとんっと軽く灰皿の中に振り捨てた。

もくもくと静かな店内に静寂な白煙だけが漂っていく。



「千年分の愛情は必要やろ?」


「そりゃ、人鬼ですら死んじまった愛し方だろうが。」



人間はもろい。

人鬼は、始祖と呼ばれる吸血鬼と人間の間にできた子供たちの総称。人鬼は人鬼とさらにむすばれ、いつしかこの世には人間と呼ばれる種族はすべて息絶えた。

それは当然といえば当然で、寿命が違い、力の差が歴然とした異種同士では、相容れようとするほうが難しい。



「この年でまた人間に会えるなんてな。」



どこかしみじみとした壱月の感想が霧矢を見つめる。



「壱月くん、じじくさいで。」


「誰がじじぃだ、こら。」



そこでふっとお互いに笑みをこぼした。

何を思っているかはお互いにわかっているけど、それを言葉にして確かめ合うほど浅い関係でもない。いや、壱月は思ったことをそのまま口にしてしまったらしい。



「五十年は退屈しねぇですみそうだな。」



泣きはらした顔をした沙耶の寝顔に視線を落としながら、そっとつぶやく。



「人間の女ってのは、無自覚に始祖の本能を乱しやがる。」



理性が吹き飛ぶほどの本能への刺激。その昔、人間の中から遺伝子の突然変異で誕生したといわれる最初の始祖エヌマは、人間の女に対して異常なまでの執着心をみせていたという。今でこそ世界は人鬼が世界の九割以上を占めているため、浮き立った噂話も聞かないが、人間と人鬼に感じるものの違いを知れば、誰だって人間のほうを味わいたくなるだろう。

外見や中身などどうでもよくなるほど、その血に秘められた甘美なる味が始祖を虜にして離さない。

彼らは思う。

元が人間である以上、帰省本能が働くのだと。

人間であり、人間でなくなった彼ら鬼は、本能では人間であることを求め、望んでいる。遺伝子の突然変異がもたらした現象とは言え、血液摂取のみで永遠に生きながらえる稀有な人生を満たしてくれるのは、自分とは全く正反対の人間のみ。

苦しいほどの飢えは、いつも渇望している。

それは、儚い人生を送る人間への執着。

狂おしいほど愛しくて、散り行くことのできる人生への熱望。



「で、霧矢。これから先、どうすんだ?」



ふーっと長い白煙が壱月の口から霧矢のほうへ流れていった。



「大学生だろ。監禁すると後がややこしいし、箱入り娘っぽいしな。」


「壱月くんはそういうところ、意外と真面目やんな。」


「は?」



てめぇ馬鹿にしてるのかと、壱月は悪態づくが本気で怒っているわけではない。霧矢の憎まれ口にいちいち感情まで付き合っていては身が持たないと、たばこを口に含むことで大人しくなったのがその証拠だ。



「んー。せやなぁ。」



大人しく返答を待つ構えをみせた壱月に賛同するように、霧矢の思案の声が室内に響く。



「人間への先祖返りに出会う確率は低いからなぁ。」


「それも女のな。貴重とかそういう次元の話にすらならねぇほどの贅沢品だ。」



いくらでも金を積むやつはいるだろう。

それこそ国を買えるほどの金額まで行き交う事態が起こることも十分想定できる話だった。



「人鬼でも気づく奴は気づくやろし。」



本能とは恐ろしいことに、たとえ始祖でなくても血が濃い人鬼であれば、匂いで人間かどうかの区別をつけることはたやすいと霧矢は言う。もちろん壱月にもそれは理解していたが、そのうえでどうすればいいかの案が欲しいと黙秘で霧矢にその先を促した。



「簡単に奪われて殺されるんはかなわんしなぁ。」



人間とは想像以上にもろいことは経験上知っている。けれど今の世の中、それを知っている人鬼も始祖もどれほどいるのだろうか。人間は千年も昔に絶滅している以上、もろさの想像が「思っていたよりも違った」では取り返しがつかない結果となってしまう。

だからといって、壱月の言うように監禁するわけにもいかないだろう。

いくら人間とは言え、十日ほど前までは人鬼として日常生活を送っていた普通の女子大生がある日突然姿を消してしまえば、捜索願どころかマスコミ沙汰になることは明白だった。



「飼いならすしかないんちゃうかな。」



ゆっくりは出来ひんけどと、霧矢はとぼけたように唇を舐める。



「俺らのところから逃げたくても逃げられへんように、死んでも戻りたくなるように、教えてあげるのが一番いい方法やと思うわ。」



狂ったような発言も霧矢が口にするとなぜかそうすることが当然という風に聞こえてくるから不思議だった。沙耶が起きていれば再び気絶したくなるような内容を話す霧矢に、壱月も反論しないのかうんうんと素直にうなずいている。



「けど、大学はどうするよ?」



そもそもの原因が解決されていないことに気づいた壱月が思い出したように、霧矢のほうへと体を向けた。



「俺らが大学に行くのか?」



変装する姿を想像したのかクスクスと壱月は笑う。

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