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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第二話 恐怖の洗礼(2)

不可解な現象を説明できるはずもなく、沙耶は脳内でその記憶を巡らせていた。

泣きたくなるほどの恐怖と不安と孤独。

誰にも相談できず、誰かに助けてほしくて、気が付いた時には、沙耶は雑誌の背表紙裏に掲載されていた怪しい病院を訪れていた。けれど、入った記憶は存在しない。

そこから先に何があったのかが思い出せない。

誰かに助けてもらったような気がするのに、そこから先を思い出そうとすると頭の奥がキリリと痛む。



「なるほどな。」



耳元で短い金色の髪が低温を響かせる。



「若い人間の女は千年ぶりだ。」


「ッ?!」



ぷつりと何かが切れる音がしたと思った瞬間、沙耶の体はその男に強く抱きしめられていた。

手が動かせない。

力がうまく入らない。

うつろな瞳のまま薄暗い部屋の天井が沙耶の視界に、金色の髪と一緒に飛び込んでくる。



「壱月くん。催眠状態のまま食べるとかなしやわ。」



がっくりとどこか悲しそうに霧矢が嘆いてくるのが聞こえてきた。



「るせ。賭けに負けたくせにケチくせぇこと言ってんじゃねぇよ。」



鎖骨の上あたりからじゅるじゅると何かが吸いだされていく感覚が止まらない。首筋に埋まっているのは見知らぬ男の頭のはずだが、深々と差し込まれた牙の痛みが沙耶の神経を麻痺させているようだった。



「悲鳴くらい聞かせてくれてもいいんちゃうん。」



そういう霧矢の言葉を聞かないうちから、沙耶の目に涙が浮かび始める。

体が熱い。

逆流した血が本来なら巡回するはずの場所から抜け出ていくせいで、がくがくと体が勝手に痙攣を始めていた。



「た…っ…け…て」



かすれた沙耶の声が涙と共にこぼれおちる。



「たまんねぇな。」



どさっと沙耶の体は壱月に押し倒されてソファへと深く潜っていく。

はぁはぁと荒い息が沙耶の胸を上下に動かしていた。命の危険に高揚し熱く染まっていく体に反して、抜け殻のように絶望に染まっていく瞳の輝き。

だらりと人形のように力をなくした沙耶を見下ろすように、壱月はその体を半分馬乗りのまま引き起こす。

白い首筋に空いたふたつの穴。

けがれなき少女の柔肌に牙を突き立てることができる喜びと感動に、壱月の舌がぺろりと唇をなぞっていた。



「やべぇ、興奮する。」



沙耶の血で赤く色づいた唇が妙に妖艶で美しい。

ぽろぽろと人形のようにただ涙を流すだけの沙耶を見下ろしながら、壱月は抑えきれない衝動を吐き出そうと沙耶の服に手をかける。



「ッ?!」



ピクリと沙耶の指先が震えた。



「っ…や…め」



自分がどうして抵抗しているのかわからない。

血が飲まれるのはもちろんこれが初めてではないし、むしろ小さいころからこれが日課だった。沙耶も血を飲んだことがある。今でこそ受け付けないが、上にいる彼のように相手を陣取りながら血を楽しんだことがあった。

それなのに、なんだろう。



「へぇ、催眠を自力でとくんやろか?」



再び首筋へ埋まっていく壱月の舌に抵抗しようとする沙耶の意識に気づいたのか、霧矢の口元が面白そうに歪んでいる。

人間になり下がったか弱い少女が、吸血鬼に処女までも奪われようとするこの場面で、霧矢は何をどう感じているのか。実際、当の本人もよくわかっていなかったが、沙耶は目の前にうつるその綺麗な顔を殺意をこめてにらんでいた。



「ッア…っや」



意識だけが変に自覚している。

体は金縛りにあったように動かないのに、自然と零れ落ちる涙にぬれた世界の中で、男の息遣いと指先の感触だけが体の表面を走っていく。それがただひたすらに怖かった。

怖くて怖くて、泣き叫んで、逃げ出してしまいそうなほど怖くてたまらないのに───



「ッン~~ぁッあ」



───口からは、甘い雌の鳴き声が聞こえてくる。

指先しか動かせないこの状態で、名前も知らない男に犯されて喜んでいる自分がいた。



「人鬼じゃこうはいかねぇからな。」



くすくすと沙耶の葛藤を楽しんでいるのか、柔らかな肉の質感を確かめるように壱月はその胸をつかむ。



「気持ちよくしてやるから、抵抗しねぇで鳴いてろ。」


「ッ?!」



本当に、本当にもう一瞬、ダメなんじゃないかと思った。

それなのに、沙耶は急に動かせるようになった体で気が付いたら金髪の頭をガラス製の灰皿で思いっきり殴っていた。ゴンッと地味に嫌な音が荒い息遣いの隙間から二回響く。



「はぁ…っ…はぁ」



灰皿が一体どうして自分の手に握られているのかがわからなかったが、鈍器で殴られた哀れな男は、気を失ったように沙耶の上に倒れこんでいる。

そのとき、パチパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。

沙耶が灰皿を抱えて振り向くと、霧矢が満面の笑顔で手を叩いて笑っている。そして急に真面目な顔になって沙耶をじっと見つめてきた。



「壱月くん、殺してもーたらアカンのちゃう?」



ごとりと、沙耶の手から灰皿は床へと転がり落ちた。

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