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提供人形 -Donor Doll-  作者: 皐月うしこ
第一章 先祖返り
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第一話 卑しい体(7)

咀嚼する音が複数回続き、ゴクンと飲み込んだ義治が、再び同じ言葉をくりかえす。



「あいつは、はじめっから、その子を狙ってた。」



片目が隠れるほど伸ばされた前髪越しに、義治は沙耶をじっと見つめた。

自分の腕を振りほどけなかった女の子が「人間だ」とわかったあの時から、いつかどこかでこうなることはわかっていた。まさか、これほど早く訪れるとは思っていなかったが、結果としてすでに義治は沙耶を連れてこの玉響に足を踏み入れている。



「人間の女の子やからしゃーないわ。」



義治の考えていることが手に取るようにわかるのか、霧矢が義治の思考を遮断してくる。



「か弱くて、非力で、極上に甘くてやわらかい一級品が目の前にあったら、始祖の血はたまらんくらい、うずいてまうもんなんや。」


「そんなに違うのか?」



うっとりと男でもぞくぞくさせる色気を放つ霧矢に、義治は身を乗り出して訪ねていた。



「あぁ、まったく次元がちげぇ。」



じゅっと、灰皿にたばこをこすりつけた壱月が、野生の瞳で義治の横から身を乗り出す。

真横で繰り返された同じ動作に、義治は霧矢から壱月のほうへと顔の向きを変えた。



「男と女は匂いも味も何もかもが違う。人鬼は良くも悪くも血の味に違いはねぇが、人間は特別だ。噛んだ時の感触も血の味も匂いも、女と男では天と地ほどの差があんだよ。」


「ふぅん。」



さほど興味がないのか、義治は乗り出していた身を元の体勢に起こしながらコーヒーを一口静かにすする。

人間である自分には理解しがたい話だった。

そもそも人間は千年も昔に絶滅したはずだというのに、彼らはなぜその味を知っているのだろう。彼らが一体何年の時を生きているのかはわからないが、人間の味を知れるころには生まれていないはずだ。

日本で始祖と同じ血を持つ人鬼が発見されたのは今から325年前、聖暦1860年のこと。

東京で陽炎(カゲロウ)と呼ばれる集団を率いる元宮大樹(モトミヤ ダイキ)がその渦中の人物だったように記憶しているが、その彼でさえ人間の生きていた時代は知らないだろう。



「あ、せや。義治くん。」


「はい?」



コーヒーを含みながら想像の世界へ旅立っていた義治は、思い出したように声をかけてきた霧矢に顔をあげる。



「この子とどこで出会ったん?」



襲われる前、義治は沙耶と出会った場所を思い返す。そして、素直にその場所を口にした。



「ルノック医院。」



言ってからいけないことだったかと一瞬ためらう。

それほどまでに霧矢と壱月の反応はいつもと違って見えた。



「また、てめぇはあの辺うろちょろしてやがんのか?!」


「え?!」



どうやら本当に地雷を踏んでいたらしい。義治は隣から伸びてきた腕に胸倉をつかまれて、思わずコーヒーカップを床に落としてしまった。カシャンと無機質な音が静かな店内に染み渡る。

けれど、そんなことにはおかまいなしに、壱月は義治に怖い顔を向けていた。



「ちっちがうよ。たまたま見かけたんだ。」



義治は待ったとばかりに、両手で壱月の強行を止めようと弁明を図る。

その様子に、壱月も少し聞き入れる様相を見せてくれた。



「何時間もルノック医院を見つめたままボーっと突っ立ってたから気になって声をかけたんだ。」


「おっ、ナンパか。やるじゃねぇか。」


「ちっ違うよ。ルノック医院に行くのを迷っているようなら、止めようと思っただけだ。」



解放された胸倉を確認するように軽くせき込みながら、義治は壱月と霧矢にことの発端を説明した。

引き留めようと声をかけたこと、つかんだ腕の非力さにすぐに彼女が人間だと気づいたこと、食料をもたせて夜までに家に帰らせようとしたこと、そして急に襲われたこと。その経緯をかいつまむことなく順当に話した義治は、最後に沙耶を見てこう締めくくった。



「その子は薬のせいで人間にされた子じゃないと思う。」


「は?」


「へぇ。」



壱月と霧矢の反応はそれぞれ違った。

義治が見る限りでは二人とも興味深そうに沙耶を見つめているので、その胸中は同じことを思っているのだろうが、考えていた方向性が違ったのだろう。



「じゃあ、先祖返りだってのか?」


「義治くんもそう思ったんや。」



壱月と霧矢の納得の仕方にはその差が見える。



「霧矢、てめぇなんか知ってやがったな。」



悔しそうに霧矢をにらみながらタバコに火をつける壱月に、義治は理解が追い付かずに黙って成り行きを見守ることにした。というより、そうする以外にできることがなさそうだった。



「義治くん、運んでくれてありがとぉ。」



にこりと微笑む霧矢の言葉の意味が分からない。

その意味を問いただそうにも、急速に襲ってきた睡魔に義治は何も言い返せなかった。



「ゆっくり眠って、今夜のことは忘れてまい。」


「な、に…が…っ」



ゆっくりゆっくり意識が落ちていく。

こじ開けようとするまぶたは重く、壱月が吸い始めた独特の香りに意識が朦朧と白く染まっていく。

ボーン、ボーンと重心の低い古時計の音がどこか遠くで聞こえていた。


────────To be continue.

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