春、そのときはよろしく
「それじゃ横田君、この箱に種を入れてくれるかな?」
「はい、せんせい」
終業式の日、ぼくはみんなに遅れて「種おさめ」をした。これで三十一人ぶんの種がそろった。本当はひとつ足りないのだけど、もうここにはいないあすみちゃんのことは、先生も口にしなかった。アサガオの種の行方は、ぼくと、あすみちゃんだけが知っている。
「冬の桜、素敵だったわ。横田君、クラスでお花見会開いてくれて、ほんとうにありがとう」
「えへへ」
「どうして頭から花が咲くのか、横田君は考えたことあるかしら?」
「ぼく、ずっとかんがえてました」
「なにか思いついた?」
「うーん……大切なものが、たくさんできたからかな」
「ひとつじゃなくて?」
「うん。ひとつできたら、それにつづいてもっとたくさんの『大切』がふえたんです」
「それじゃ、くれぐれもその『大切』に埃がかぶらないように。先生からの、最後の宿題」
***
あすみちゃんからの最後の手紙は、何度も読んだ。緊張をほぐすために目をつぶると、自動的に一語一句思い出していまうので、心が落ち着かない。
手紙には、こう書かれていた。
横田健太郎さま
けんちゃん。って、もうこの呼び方恥かしいかな?
毎年この季節になると、みんな、頭の中が桜一色になるみたいです。高校の友達からお花見のお誘いを受けたり、今日はお母さんが桜色の和菓子を買ってきました。美味しかったです。
でもね、私にとっては十二月が桜の季節なんだ。あの日、夜中にこっそり抜け出して、アサガオラボで二人きりになって見た夜桜が、私にとっては本物なんだ。校庭でクラスのみんなと花見をしたときよりも、ずっと素敵でずっと綺麗だった。今でもそのときの招待状を、大切に保管しています。けんちゃんも、私が作ったアサガオの栞を今でも大切にしていてくれたら嬉しいです。
この文通も、数え切れないほどになりましたね。だけど、この手紙は今までとは少し違います。心して聞いてね。
私は今でもけんちゃんのことを大切に想っています。どれくらいかというと、この六年間咲いた全国の桜の花びらの数くらい、かな。
今のは予告です。来週会ったときは、もっとたくさんのことを伝えます。
そのときはよろしく。
中村あすみ
***
……六、
緊張で胸が高鳴るとき、
……五、
願掛けをする癖がいつのまにかついてしまった。
……四、
思えばその始まりは、六年間僕の背中と共にあったランドセルだったのかもしれない。
……三、
あの別れから六年間、十二月のさくらは枯れることを知らない。
……二、
六年という時間は、どうしてこんなにも僕を動かすのだろう。
……一、
目を開けて、あすみちゃんがいたら想いを伝えることにする。
「けんちゃーん!」
思い出の鍵が開く音がした。
こんな日は、名もなき想いがあちこちで花咲くことだろう。
おしまい
~~あとがき~~
皆さま、「十二月のさくら」をお読みになっていただきありがとうございました。
頭に花が咲くという奇妙な現象が小学四年生のけんちゃんたちに起こるわけですが、まじめにこれを想像するとシュールですね。書きながら、おいおい、シャンプーするときどうするんだよ、と自分にツッコミを入れました。なので、もう読んでしまった後では遅いですが、皆様がまじめでないことを祈ります(笑)
あすみちゃんのアイデアは私の実体験から生まれました。というのも地元に自衛隊の駐屯地がありまして、せっかく仲良くなったのにお別れするのは見送る側としても寂しかったのを記憶しています。去る側はきっとその倍だっただろうな。
当初のプロットでは冬のお花見シーンを詳しく描写して完結だったのですが、あえてそこを省き、思い出という形でちょこっと出してみました。なのでどういうリアクションが来るか不安ではありますが、読了後に少しでも皆様の心がぽかぽかになっていただけたら嬉しいです。番外編も随時追加していくので、よければ覗きにいらして下さい。
最後に……
けんちゃん&あすみちゃんに幸あれ!!!
本編はここでおしまいです。読者のみなさま、ありがとうございます。
番外編もお楽しみに~。