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冬、十二月のさくら

「千手観音って知ってる?」

 給食をクラスのだれよりも早く食べ終えて、ぼくとあすみちゃんは真っ白な校庭に飛び出した。お日様が出ている日は、どんなに寒くても日光浴をしなくちゃいけない。植物エネルギーをたくわえないといけないんだ。

「せんじゅ、かんのん?」

「そう。こうね、手がいっぱいあるの。ちょうど、けんちゃんの頭の上の枝みたいに」

「かんのんさまかあ。福がいっぱい来そうだ!」

「けんちゃんはのんきだなあ。寒くて花が咲かないかもしれないっていうのに」

 

 あすみちゃんはまじめだ。ぼくの花はいっこうに咲くけはいがなくて、スケッチのしがいがない。それでもあすみちゃんは、毎日かかさず十二本の色えんぴつをランドセルに入れてもってくる。ノートだって、二冊目にとつにゅうした。


「きっと、すぐに咲くよ」

「植物エネルギー、感じてきた?」

「ううん。あすみちゃんがいてくれるから。あすみちゃんはぼくの『大切』だから、きっと花も会いたがってるにちがいないよ」

 くもったメガネをきゅ、きゅ、とふく。晴れた視界に、照れたあすみちゃんが映った。

「もう、けんちゃん大胆なんだから」

 そう言ったあすみちゃんは、ぼくの耳元で、

「わたしももけんちゃんが大切」とささやいた。

 あつくなった耳をおさえて、ぼくはドキドキをぐっとこらえた。今なら月にほえるオオカミの気持ちがわかるようなきがする。


***


 ほうかご。ぼくはげた箱のなかに、小さくたたまれたノートの切れはしをみつけた。


 はいけい、よこたけんたろうさま


 よこたくん、このあいだはごめんなさい。

 田中さんのこともゆるしてほしいの。本当はちょくせつ言えたらいいんだけど。

 それと、もう一つあやまらなきゃいけなくて。夏休みのあと、黒板に相合傘書いたのわたしなの。だれもいない教室で、はじめはわたしと、けんたろうくんの名前を書いたの。そしたらクラスメートが来ちゃって、いきおいで、あすみちゃんの名前に書きかえちゃったの。なんであんなことしちゃったんだろう。二人の仲がへんになったの、わたしのせいなんだ。ごめんなさい。


                             栗林美菜子より




「栗林さん!」

 校門をくぐる栗林さんになんとかおいつくと、ぼくはランドセルをぎゅっとつかんだ。何度か呼びかけても、知らんぷりをするから、こうするしかないと思ったんだ。思いのほかおどろかれて、ぼくはおもわず「ごめん」と口にしていた。


「手紙よんだよ」

「あ、あの……ほんとに、ごめんなさい」

「ほんとにごめんって思うなら、ぼくの言うことひとつ聞いて」

「うん」

「あすみちゃんと、友達になってよ」

「え、ええ?!」

「嫌だった?」

「ち、ちがうの。もう、話しかけないでとか言われるとおもって」

「そんないじわる言わないよ」

「だよね。けんたろう君、やさしいもんね」

「栗林さん、このあいだカラフル読んでたでしょ。ぼくも、あすみちゃんも、あの本すきなんだ」

「ほ、ほんとう? わ、わたしね。プラプラのものまねできるの!」

「意外だなあ。ぼく今まで、栗林さんのことごかいしてたね。ごめん、仲直りしよう」


 その日のよる、ぼくはあすみちゃんに電話をかけた。栗林さんのことをさっそくはなすと、あすみちゃんはぼくをお人好しだと言った。でも、そのなんばいも気持ちをこめて、ありがとうとも言ってくれた。そのときはじめて、植物エネルギーーを感じた気がして、ぼくはクリームコロッケをおかずに三杯もごはんをおかわりしてしまった。


***

 あれから、ぼくの周りでたくさんの変化がおこった。あすみちゃんは女の子のグループに自然となじむようになったし、栗林さんはひと皮向けてものまねが上手なおもしろキャラになっていた。ときどき暴走するので、田中さんはそれをあきれて見守っている。ぼくはというと……

「けんちゃんもこっちに来なよ!」

 読書をするひまもないくらい、あすみちゃんや栗林さん、田中さん、それから吉田君や立川君などとあそぶようになった。

 そして、その日はとつぜんやってきた。

「け、け、けんちゃん! 鏡見て、はやく!」

 あやうく女子トイレへつれていかれそうになりながら、ぼくは男子トイレに飛び込んで、鏡にじりじりちかづいた。あすみちゃんってば、せっかちなんだから。そういうぼくの心臓もドキドキだった。 

 すうっと息をととのえる。そして、ようくかんさつしてみる。

 髪をかきわけなければ見えなかった木の芽が、いつのまにかぼくの頭をすっぽりおおうようになった。せんじゅかんのん様の手はあちこちにのびて、その先をぽつぽつとぴんく色にそめている。

 ほんのすこし、木のえだをゆらしてみる。

 あたりまえだけど、ざらざらの手ざわりと、えだが重なるやさしい音はほんものだった。

 ピンクのつぼみをやさしくなでてみる。

 なんとなく、くすぐったい気がした。

「すごいや! ほんとに花がさくんだ!」

 じぶんの番がようやくまわってくると思うと、とっさに、あすみちゃんの顔がうかんだ。

「あすみちゃん、これってさくらの木だったんだね」

「ふふふ、わたしも、おんなじこと思った」

 

 なんとなく、あと一週間で満開になるような気がして、ぼくはとっておきのアイデアを思いついた。

 次の日、ぼくはあすみちゃんの下駄箱に、こっそりと招待状をしのばせた。


次回が最終話ですが、番外編も考えております。

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