秋、はじめてのけんか
ものごとの原因をさぐるのは、とってもむずかしい。でも、それはだいじなことなんだって。お父さんが、そう言っていた。同じまちがいをしないように、ぼくらは賢くならなければいけない。
だから、ぼくはうんと考えた。考えて、考えて、それはもう学者になったつもりで考えた。だけども、ちっとも賢くなった気がしない。それに、やっぱりわからないのだ。どうして、あすみちゃんが口をきいてくれなくなったのか。
よこたけんたろう、小学四年生。人生さいだいのピンチです!
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「けんちゃん、もうスケッチはいいの?」
ぼくは少しどっきりした。お母さんは、ときどきエスパーになる。考えていることを、ぴたりと当ててしまうのだ。たとえば学校の帰り道。ぼくはその日の夕飯のことを考える。コロッケがいいな。カレーがいいな。そうすると、本当にコロッケが出てきて、次の日はカレーなのだ。おそるべし、ぼくのお母さん。だから、ぼくとあすみちゃんの間におこった事件のことも、もう知っているみたいだった。まいりました、お手上げです。
「うん。花はちって、もう種だけになったから」
「そう。もうすぐ秋になるものね。でも、今度はけんちゃんの番じゃない?」
「ぼくのは、まだ生えてきていないから」
「きっと、大きな花が咲くのよ。だから今はがんばってエネルギーを蓄えてるの。お母さん、けんちゃんのお花見るの楽しみだわ」
「いつ咲くかな」
「焦らなくていいのよ。でも、お花はけんちゃんがハッピーじゃないと生えてこないのかもしれないね」
「どうして?」
「お花は頭の上に生えてくるでしょう?」
「うん」
「だから、けんちゃんは直接見ることができないの。わかるでしょ?」
「うん」
「その代わり、一番大切なお友達が見守ってくれるの。だから二人が離れ離れでハッピーじゃないとお花だって出てくるのをためらってしまうんじゃないかな」
「でも、あすみちゃんはぼくのことが嫌いみたいなんだ」
「あら、そう言っていたの? 勝手に決めてはだめよ。あすみちゃんが大切なら、優しくそう言ってあげるの。けんちゃんはお母さんの自慢の、優しい子。だいしょうぶよ」
「あした、あすみちゃんに一緒にかえろうって言ってみる!」
ぼくは、その夜寝る前に、明日のよこうれんしゅうをした。
あすみちゃん、ごきげんいかがかな。今日ぼくといっしょに帰りませんか。
(ううん、なんだかぼくじゃないみたいだ)
あすみちゃん、さいきん元気ないね。だいじょうぶ?
(元気がないのはぼくのせいか……)
あすみちゃん……
あすみちゃん……
*
「けんたろう君、ちょっといい?」
「あ、うん……」
田中さんだった。栗林さんも、後ろにいる。
なんとなくいやな予感がして、
「トイレ、いいかな」と言うと
「ランドセル持っていく必要はないでしょ」とあっさりうそがばれてしまった。
「それじゃ、短めにおねがいします」
「質問その一。けんたろう君、中村さんが好きなの?」
「ええと……なかむら……あ、あすみちゃんのこと?」
下の名前で呼んだのがまちがいだった。田中さんは目を三角定規みたいにつりあげて、栗林さんはすこしさみしげにしていた。
「じゃあ質問その二。好きな女の子は?」
「え?」
「いるの、いないの?」
「ええと、ううんと……」
田中さんは、まるで昨日見たドラマから借りてきたように大人風に腕をくんで、ぼくを通せんぼした。答えるまで、帰さない。
ぼくは困ってしまった。
たぶん田中さんは、ぼくがもじもじしていると思ったにちがいない。続けてこう言った。
「けんたろう君、ひどいよ。すぐに転校しちゃう子のことなんて好きになっちゃって。こんなにも、みっちゃんがけんたろう君のこと好きなのに!」
み、みっちゃん?
なにがなんだか分からない。だけど、田中さんはぷんすか怒っていて、栗林さんは顔を赤らめている。栗林さん。栗林美菜子さん。みっちゃん……。
「ええ! うそだ、だってぼく栗林さんと話したことなんてないのに!」
そのあとは、まるで台風だった。
田中さんはぼくの悪口を言いたいだけ言って、最後に「ろくでなし!」とどなると、ずいぶん満足していた。ぼそぼそと泣いている栗林さんは、好きだというわりには、ぼくのほうをちっとも見ない。
ふたりが帰ったあとで、ぼくはめったに言わないグチをこぼした。
「はじめての告白だったのになあ」
すると拍手がきこえてきて、ちょっと音痴な歌といっしょに知っている顔がひょっこりあらわれた。
「はっじめっての~、こっくはっくは~」
「あすみちゃん!」
「はい、あすみです」
「あの、おこってるよね?」
「ううん。もうそんなの忘れたよ」
その日のほうかご、ぼくたちは久しぶりに帰り道をいっしょにあるいた。田中さんの怒った顔をまねすると、あすみちゃんは大笑いした。ついでに「よくぞ言ってやった」と上機嫌だった。
「それじゃあ、また明日」
「うん、また……ちょっと待って!」
あすみちゃんは、ランドセルの中から取り出したものをぼくに握らせた。
「あ、これ!」
「うん。ずっと渡そうと思って、でも渡せなくて」
「ありがとう。ぼく、すごくうれしいよ」
「世界でたったひとつだけなの」
あの夏のにおいがする気がした。終わってしまったと思ったあすみちゃんと僕の夏は、まだ終わっていなかった。ううん、きっと終わらない。世界でたったひとつの、このアサガオのしおりに、僕たちは夏をとじこめたんだ。
「大事にするよ、あすみちゃん」
「約束ね」
「それじゃ、また明日」
「うん、また……ちょっと待って!」
ぼくは、またしても引き止められた。ちょっと雑な手つきで、あすみちゃんはぼくの髪をかきわける。
「芽だ! 芽が出てる!」
「え?どんなの? ねえ、どんなの?」
「ええと、あれ? これ芽なのかな」
「どういうこと?」
「だって、木みたいなんだもん」
ぼくたちは顔を見合わせた。
もしかしたら、すんごいのが、生えてくるぞ!
小学生の頃、給食で鯖の塩焼きが出ると、必ず母は「今日は鯖だったでしょ」と当ててしまうのです。わたしもやけになって上手に食べようとするのですが、あれはダントツで厄介な献立でしたね。そんなわたしのお気に入りは八宝菜で、自分が給食当番の日は多めにウズラの卵をよそっていた思い出があります。ああ、懐かしい。