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春、あすみちゃん


 ほうか後。

 ろうかの水道で手をあらってから教室にもどると、あすみちゃんがいた。田中さんや、栗林さんも一緒だ。

 ゆび先がまだくさい。今日のきゅうしょくはサバの塩焼きだった。ぼくはまだ魚を上手に食べれないから、手をつかって骨をとってるうちに、きっとにおいがうつったんだ。ズボンに指をこすりつけて、ぼくはせっせとランドセルに教科書をつめこん

 ここのところ、開け閉めするときになんとなくはりがない。


「けんちゃんのは革でできてるから、だんだん使いやすくなっていくのよ」


 あのときお母さんが言ったのはこのことなのかな。

 みんな同じものしょっていると思っていたけど、いつのまにか「ぼくのランドセル」になっていた。それがちょっとうれしい。

 小学校をそつぎょうするころには、ぼくはそのランドセルを六年も使ったことになる。ぼくは、同じものを六年も使ったことがまだない。パンツだって、くつしただって、古くなったねと言われてすぐすてられてしまうから。

 二年後、ぼくはきっといい気分になっているにちがいない。ちょっとした、ぼくの自慢だ。


「あすみのランドセル、ざらざらして牛のべろみたい。べーろ、べーろ!」


 ぼくは田中さんと栗林さんが苦手だ。

 いつも大きい声をだすし、教室でだれかが口げんかを始めると、

「先生、たいへんです!」

 と大事件っぽくしてしまう。

 授業のあいまに本を読んでいるぼくにとっては、とても迷惑だ。しずかにしてほしい。


 あすみちゃんは何も言い返すことなく、ひとり残された。

 教室にはぼくとあすみちゃんのふたりだけ。


「あすみちゃん、気にすることないよ。牛の皮はいいやつだとお母さんが言っていたよ」

 ぼくはそう言って、くたくたになった自分のランドセルを見せた。いい味が出るのだと。


「ほんとうだ。でもわたし、別にしょげてなんかないよ」

 田中さんと栗林さんは、とっかえひっかえにクラスメイトの悪口を言うので、時間がたてば台風みたいにどこかに行ってしまうのだと教えてくれた。


「けんたろう君はいつもしずかだから何も言われないのだと思う」

「そうかなあ」

「ああでも、一度だけふくろうって言われていたかも」

 分厚いめがねのせいでもともと大きい目がさらに大きくなってしまうからだった。

「中学生になったら、コンタクトレンズにかえるんだ」

「ふうん」


 今までどうして気づかなかったんだろう。ぼくとあすみちゃんは帰り道が同じだったらしい。

 学校を背にして、だるま工場のところを右にまがって、歩道橋をわたったらずっとまっすぐに歩いて行く。


「花が咲くって、痛いのかな」

「え?」

「あすみちゃん、ちゃんと先生の話聞いてた?」


 小学四年生ごろになると、みなさんの頭の上には花が咲くようになります。

 それぞれ違う花です。

 とくに手入れは必要ありませんが、くれぐれも引っこ抜いたりしないように。

 早い子もいれば、遅い子もいます。その時期に良し悪しはあしません。

 その「違い」を尊重しあいましょう。


「痛くないよ」

「誰かからきいたの?」

「ううん」

 

 あすみちゃんの顔に得意げな笑顔がひとつ、ぽっと照った。


「わたし、もう芽が出てるの」

 あすみちゃんはかがんで、その頭のてっぺんをぼくに向けた。

 少し背伸びして、ぼくはおそるおそる髪の毛をかきわけてみる。


「あ、あった!」


 さらさらの髪の毛のあいだから、緑色のちいさい芽が出ていた。



 一ヶ月前の四月。

 ぼくはあすみちゃんに出会った。転校生だった。

 愛知県からやってきて、来年にはまたどこかへ引っ越してしまうという。


 僕の学校ではよくあることだった。

 それで、とりあいになる。これもよくあることだった。

 だれが理科室まであんないするとか、給食当番のこととか。

 あすみちゃんがトイレに行こうとすると、そのあとを五人くらいが追いかけた。

 

 ぼくは、それをひそかに「スター現象」と呼んでいる。

 クラスの仲間に加わったスターにゴマをすって、みんなそのおこぼれをもらおうとする。

 田中さんと栗林さんは、たぶんそれが気に食わないのだと思う。


「わたし、こういうのはもう慣れちゃった。こう見えて、プロ転校生なの」

 ぼくはそんなあすみちゃんを大人だなと思って、「すごいや」と素直にほめた。

 あすみちゃんは照れくさそうに「ふふ」と笑った。


 

「わたしの家、ここだよ」

 あすみちゃんの指が、ドミノみたいに立ちならぶ建物の一つをさした。


「官舎っていうんだ。わたしのお父さん、自衛隊さんだから」


「じゃあ、自衛隊まつり行った? 桜がとてもきれいなんだよ」


 ぼくらの村の自衛隊まつりは毎年四月にある。

 ヘリコプターを見ることができるし、テントのなかに入るとお風呂があるのだ。きれいなエメラルドグリーンをしていて、いい匂いもする。手をいれてみたら、温かくて気持ちよかった。


「ううん、仕事でお父さんが行っただけ。うちは毎年四月はいそがしいから」

「じゃあ、お花見もしない?」

「うん、したことない」


 あすみちゃんが難しそうな顔をするのでぼくまでつられてしまった。

 足元にちょうどいい大きさの石ころをみつけると、僕はそれをころころと転がす。

 ときどき上目であすみちゃんの様子を確認しながら、話しかけるタイミングをはかった。


「どんな花が咲くかな」

「え?」

「あすみちゃんの、それ。きっとすごくきれいなのが咲くと思うよ」

「じゃあ、あげる。思い出にとっておいてよ」

「たねをだれかにあげちゃだめなんだよ」

「内緒にすればだいじょうぶ。それに、来年は私、福岡だし」



完結しましたので、毎日一話ずつ投稿していきます。

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