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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

財布の孤児院

作者: 七瀬美織




 初雪が降る、朝のことだーーーー青年は、故郷の田舎町から、王都の新妻の待つ我が家に帰ってきた。


 しかし、妻は、何やら様子のおかしい夫に、どうかしたのかと尋ねた。

 すると、夫は、義父から聞いたという話をはじめるのだった。



 王都から、南へ馬車で1日ほどの田舎町に、最近になって身寄りのない少年が現れた。

 町の人々は、少年が何か悪さでもすれば、町役場の警備隊の詰所に通報して、捕まえてもらえばいいと大半が無視していた。


 しかし、少年は冬支度で忙しい家々を回って、薪割りや、煙突掃除、鎧戸よろいどの修理などと、器用に仕事を手伝ってわずかな駄賃だちんを受け取り、食べ物を手に入れて生活していた。


 だが、いつ雪が降ってもおかしくない季節だ。家のない子供が、一人で厳しい冬は越えられない。

 王都では、五日ほど前に、初雪が降ったという。この町は、海からの暖かな風が吹くので、王都よりも雪が降るのは遅い。が、昨夜、とうとう初雪が、この町にも降り積もった。


 町役場の警備隊の詰所に、少年がやって来たのは、そんな初雪の積もった朝だった。


 現在、田舎町の警備隊員は二人だった。一人は昨日、王都から赴任したばかりの新参者だ。どうやら、彼は、左遷させんされてきたらしい。馬車での移動や引越しの手続きで疲れた彼は、今夜の夜勤を申し出て、まだ寝ていた。


 古参の警備隊員は、少年を見て安堵あんどした。


 彼を見かけるその都度、身寄りが無いのなら王都の孤児院に送ってやると説得してきた。そのたび、少年は、プルプルと首を振って逃げていく。そんな数日を、繰り返しているうちに、今朝は目覚めると初雪が積もっていた。

 それを見て、警備隊員は焦った。今度こそ、冷たくなった少年を見廻りで見付けてしまいそうだと、覚悟と後悔をしていたのだった。


 だから、警備隊員は、雪が降って少年も観念したので、孤児院に行く為に詰所を訪ねて来たのだと思った。


 しかし、少年は孤児院を紹介してもらいに来た訳ではなかった。拾った財布を届けに来たのだった。


 その日暮らしの少年が、わざわざ財布を届けに来た事に、警備隊員は驚いた。落とし主が困っているだろうから、と言い終えて、そのまますぐに帰ろうとする少年を、警備隊員は、落とし主からお礼が出るかもしれないからと、引きとめた。礼などいらないと答える少年に、正直者が馬鹿をみるのは良くないと言ってまで説得した。

 そして、渋々、了承した少年と、拾った場所や時間、財布の中身を二人で確認して記録した。少年は、これから屋根の修理を手伝う約束があるそうだ。


 古参の警備隊員は、相変わらず、孤児院行きを断る少年を見送りながら、あとは、春まで自分が面倒をみてやるしかないかなと思案していた。

 自宅は、妻に先だ立たれてから、自分ひとりには広すぎた。少年は、真面目で働き者だし、そのまま一緒に暮らしてもいいかもしれない。出会ってから、短期間ではあったが、それぐらいの情はいていた。


 警備隊の詰所は、町役場の一角を改装したものなので、出入口は、役場と同じ玄関ホールを使っていた。


 ホールの右側の扉は、役場へと続き、中央の扉は、銀行に利用されていた。2つの扉は、夜には施錠されるが、左側の警備隊の詰所は、いつでも扉は開けられていた。

 そろそろお昼になり、降ったばかりの雪が溶け始めた頃、警備隊の詰所でひと騒ぎあった。財布を無くしたと、真っ青な顔の男が詰所にやって来たからだ。


 男が言うには、夕べ飲み屋で深酒して帰宅中に、財布を落としたらしい。朝、気が付くとふところから財布が消えていた。自宅と、酒場を何度も往復して探したのだが見つからず、届け出だけでもと駆けつけてきたのだった。


 そうして、男から財布の特徴と、金額を聞き、警備隊員は眉をひそめる。財布の特徴は、さっき、少年が届け出た財布の特徴と、同じだった。

 だが、中身の金額が違った。大金だ。どうして、そんなに持っていたのかと、たずねると、男の妻が、春に赤ん坊が産まれる予定だから、王都で半年間働いて稼いできた金だと言う。

 そんな大金、早く家に持ち帰ればよいものを、町に帰ってすぐ出会った友人達と、久しぶりだからと、飲んで羽目をはずした。

 しかも、友人達におごってもらい、財布の中身に手は出していないというのだった。


 古参の警備隊員は困惑した。


 財布はおそらく、この男の物だが、中身の金額が少なすぎた。しかし、黙っているわけにもいかなかった。おそらく、少年が拾う前に、金は抜かれていたのだろう。

 しかし、事情を正直に話した警備隊員に、男は怒り狂って出ていった。

 その後、男は、友人達と少年を探し出して、殴りつけたあげくに詰所に引きずり出したのだった。


 これには、警備隊員は激怒した。


 正直に届け出た少年に、なんて仕打ちだと、警備隊員は男達を怒鳴りつけた。

 この騒ぎは、帰り支度をしていた銀行員や役場の職員にも聞こえてきた。町の広場を行き交う人々も足を止めて、役場の中を覗き込むのだった。


 互いに、噛み合わない主張が続いた。男は、財布の中身を全て机の上にぶちまけた。数枚の銀貨と銅貨と、同じ絵柄が描かれた分厚い紙束があった。俺の半年の稼ぎがこれっぽっちか、と泣いた。男の友人達は、みな男に同情して、少年をかばう警備隊員は、クビにした方がましだと、口々にいった。


 少年は、警備隊員の立場を思い、中身は自分が抜いて隠したと話した。当然、隠したり等していないので、隠し場所など白状出来る筈もない。仕方なく、警備隊員が少年を地下の牢に入れるフリをした。


 遅ればせながら、騒ぎを聞きつけやって来た役場の職員の中で、昨日赴任してきたばかりの職員の男が、鬼の形相で詰め寄って来た。


 そして、彼は、財布の持ち主の男は、嘘つきの泥棒だから、捕まえろ! と、叫んだのだった。


 当然、警備隊員の詰所は、大騒ぎになった。そのせいで、まだ寝ていた新任の警備隊員が起きてきた。彼は、机の上の財布と、中身を見て顔色を変えた。


 財布は、ある事件に関わる物だった。


 冬のはじまり、王都の孤児院の院長が夕暮れの道端で死んだ。院長は、胸に持病があり、そのせいで亡くなったのだが、国から受け取ったばかりの補助金が、財布ごと消えていた。


 当初、新任の警備隊員は、事件の責任者として懸命に捜査したが、財布の行く先も大金の補助金も見つからなかった。


 役場の新任の職員は言った。自分は、元王都で出納係をしていたのだ。


 この年、王都は、新紙幣の普及に行き詰まっていた。貨幣以外に、紙幣を用いる事で不足する鉱石を補おうとしたのだ。

 しかし、国の発行したばかりの紙幣は信用度が低く、貨幣に両替することが出来なかった。なのに、出納係は上司から、規定の枚数を出すように言われて困り果てていた。

 そこで、人の良い孤児院の院長に、押し付けてしまった。紙幣一枚で、金貨一枚と、等価値だ。しかし、使用するには貨幣でなければ難しい。職員は、院長にどうしても両替が出来ない場合は、自分が引き受けて両替すると約束していた。


 しかし、職員の前に、再び院長は現れなかった。亡くなったからだ。


 更に、悲劇は起きた。孤児院の院長が亡くなった後、孤児院の予算の大分部を占めた国の補助金がなくなり、子供たちでさえ食うに困り、飢えて孤児院から逃げ出した。そして、死者が出た。


 そこでやっと、大問題になった。


 この孤児院は、王族の慈善事業の一部だった。王族の援助する孤児院が、そんな事態になるなんて、王族の恥とされた。

 それから、調べが進むと、院長が持病を悪くして死んだ原因は、補助金の紙幣を両替する為に、王都中の両替屋や商家を訊ね歩いていたせいだった。


  政府は、紙幣制度の導入の政策の失敗を棚上げし、大量の紙幣を孤児院長に押し付けた出納係の職員と、捜査責任者の警備隊員を左遷して事態を鎮静化させた。


 今、その消えた財布と紙幣の束が、町の警備隊の詰所の机の上にある。


 話を聞いて、財布の持ち主だという男は、また真っ青になった。


 あの日、男はかなり酔っていた。路地裏で冷たくなって死んでいた、老人の懐からこぼれる財布を確かに盗んだ。

 だが、貨幣は一つも入っていなかった。男は、入っていた紙束の、一枚が金貨一枚と等価値だなんて思いもよらなかった。

 酔った頭で、自分の穴のあいた財布より上等で、死者にはもう必要無い物だろうと考えて持ち去った。紙束は、暖炉の焚き付け用に丁度いいと、そのままにしていた。


 しかし、出納係も、王都から来た警備隊員も、そんな嘘は、通用しないと怒り狂った。紙幣制度の導入は、国家事業で一年以上前から告知されていた筈だからだ。


 そこに、銀行員が割って入った。確かに、王都から紙幣制度の導入の告知はあった。しかし、見本の一枚もなく、王都に近い町ですら、周知徹底されているとはとても言えないという。


 とにかく、新任の警備隊員は、男が死んだ孤児院長から、財布を盗んだのは事実なので、牢に入れる為に男を捕らえようとした。


 そこへ、妊婦が泣きながらやって来て、許して欲しいと言った。女は、男の妻だった。財布に入っていた貨幣を抜き取って、道端に財布を置いたのは自分だという。


 昨夜、妻は半年間王都で働いた夫の、無事の帰りを待ちわびていた。なのに、夫は、町に戻ってすぐに、妻が待つ家にも帰らず、深夜に飲んだくれて帰宅した。妻は、夫に反省してもらいたかった。それが、こんなことになるなんて思ってもみなかったと泣きだした。


 町の住民たちは、春に産まれる赤ん坊の為に、男が必死に働いたのも事実だし、何とかできるならして欲しいと、警備隊員に懇願した。


 本来、死者から財布を盗んだ罪は、ゆるされない。しかし、


 新任の警備隊員は言った。自分が左遷されたのは、王族の慈善事業のお粗末さのとばっちりだから、一矢報えればいいと言う。


 出納係だった職員は、実は孤児院の出身者で孤児院の院長と知己だった。困った自分の為に、優しい孤児院長に、無理をさせた事を悔やんでいた。男が、孤児院の為に何か償いをするなら許せると話した。


 古参の警備隊員は、少年を保護するから、町の住民に、優しく受け入れて欲しいと言った。


 娯楽のない町の住民は、このたくらみに参加する権利で満足した。


 翌日までに、皆で知恵を出し合い、ささやかな作戦が練られた。


 そして、作戦実行。


 まず、財布は男が王都からの帰り道に拾った事にした。中身が紙束だけなので、自分の穴の開いた財布の代わりにそのまま使っていた。紙束は、焚き付け用に丁度良いと、そのまま残した。嘘の中に、真実を混ぜながら作戦はすすむ。

 ある日、新任警備隊員と町役場の新任職員が、酒場で飲んでいたときに、支払いをする男の財布を偶然目にする。その財布が、王都で死んだ孤児院長のものだとわかった事にした。

 こうして男は事情を知り、大変な事だと理解した。そして、王都から来た二人と共に、財布と紙幣の紙束を王都の警備隊に届け出るのだった。

 そして、三人は、王都への道中、立ち寄る場でこの話を声高にしながら、国に揉み消されないように話を広めていった。


 この話は、紙幣制度の導入の、失敗談として庶民の間に広まった。話を広めるのに、町の人々も一役かった。紙幣制度は、完全に失策に終わった。


 そして、王族の面子を潰す原因にもなった、紙幣制度の導入について、更に詳しく調査が行われた。


 すると、甘い汁を吸う害虫がゾロゾロ出てきた。まず、見本の紙幣は、王都の貴族に大半が着服されていた。両替商は、大量の紙幣の換金を押し付けられていた。これでは、商売にならず困り果てていたが、貴族に逆らえず、しわ寄せが孤児院長をはじめとする庶民に及んだ。政策の失敗の責任と不正や収賄で、多くの者が処分された。


 そして、左遷された二人は、数ヶ月後、再び王都に戻っていった。


 男は、奇妙な財布の縁で孤児院を訪ね、孤児院長の墓参りをした。そして、人手不足の孤児院で働きたいと、希望して受け入れられた。

 こうして男は、償いを手に入れた。男の妻も、孤児院で良く働いた。春には、女の子を産んだが、その前から沢山の子供達のお母さんだった。


 町の住民は、真実について沈黙を守り、少年は、町の子供になった。


 少年は、古参の警備隊員に、引き取られる事になった時、一つだけ我が儘を言った。老犬を飼う事だった。寒空の下、夜は小さな洞穴で、老犬と肩寄せあって暖をとり生き抜いてきた。あの財布も、その老犬が雪の中から掘り出したものだった。


 警備隊員と、二人洞穴へ行くが、老犬はもういなくなっていた。


 月日が流れて少年は、成長して王都で働き、結婚した。


 久しぶりに、故郷に帰った夫は、父親がわりの警備隊員から、財布を巡った一部始終を聞かされた。


 そうして、自分の妻が、孤児院長から財布を盗んだ男の娘だったと知った。


 実は、妻は全てを知っていた。子供の頃から

 両親に、財布を取り巻く話を聞いていた。

 二人は、我が子と孤児院の子供たちを分け隔てなく育てた。生活は豊かでなくとも、心は豊かだった。

 妻の両親は、流行り病で数年前に亡くなったが、それまで献身的に孤児院で働いた。娘も、孤児院で働き続けた。

 そうして、成長した青年と、恋に落ちて結婚した。

 孤児院を抜け出した少年から、青年、そして、夫となった彼に、妻はたずねた。私の両親を許してくれるでしょうか?


 かつての少年は、言った。


「もちろんさ。君のご両親を許している。とても、感謝もしているよ。だって、あの事件が、義父と巡り会わせてくれたんだし、愛する君と結婚できたんた。俺は、とても幸せだよ」



 孤児院の財布事件。


 財布を取り巻く奇妙な事件は、当時の王都を、紙幣制度の導入に皮肉を込めて庶民に広まった。


 そして、事件のあった孤児院を『財布の孤児院』と呼んだ。


 やがて、事件は忘れ去られたが、『財布の孤児院』の呼び名だけは残っている。




童話を書こうとしたら、童話じゃない物になってしまったんです。


ご意見、ご感想がいただけましたら、ありがたいです。


最後まで、お読みいただきありがとうございます。



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