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第3話 ケンジとの出会い

私とケンジが知り合ったのは、高校2年の時だ。

私の友達ナオミと、その彼が、私たちを引き合わせた。


「RIEのこと気に入っている人がいるのよ。会ってみない?」と、ナオミが私の顔を

覗き込みながら、少し(お願い!)という気持ちが彼女の瞳から感じ取れた。

ちょうど、そのころ、私は見事にサーフチームの先輩への片思いがブレイクしたばかりで、

この、なんともいえない敗北感をどう自分でも受け止めていいのか、そして、どう浄化さ

せたらいいのか毎日悶々としていたのだった。

「気に入ったって、いったいどこで私を見たの?」

「駅・・・だって聞いてるけど。」

「駅って・・・ホントにそれ、私なの?」

「絶対間違いないよ。日焼けしてて、一人だけ制服に白いソックスはいている子って言って

たから、RIEしかいないでしょ?」


白いソックスと言われてしまえば、確かに校則違反のソックスをはいているのは、私だけ

かもしれない。


「そうなんだ・・・」

興味があるような、ないような。正直なところ別にどっちでもよかった。

そんな私の気持ちより、ナオミは頼まれた手前、なんとか私とその人を会わせようと必死

だった。

「彼もサーフィンをやっているらしいの。一緒にサーフィンに行くということで、まずは

友達からさぁ、会ってみない?」

「サーフィンお見合いツアーですか?」

「まぁ、そういうことになるかな。」

「いきなり二人で?いきなりサーフィンに行くよりも、それならまずご飯とかお茶とか、

普通そういう流れじゃな〜い?」

「それがさぁ、プロサーファー目指していて、海に行く以外全然街に出たりしないらしい

の。そんなお金使うくらいなら、一回でも多く海に行ったほうがいいって。」

私は、勝手に無口でぶっきらぼうな人を想像していた。

「で、そんなに遊んだり出かけたりしない人が、私を気に入ったって、どうやって会った

り遊んだりすればいいわけ?デートは毎回海ですか?」

私は、少し呆れ気味に聞いた。本当に、そんな彼が私を気に入ったなどと言うのだろうか。

そして、気に入ったからどうというのだろう?

「サーフィンおたくなのよ。かっこいいんだけど、サーフィンに異常に執着していて、

いい人らしいんだけど、ちょっと近寄りがたいんだって。彼女ができたら変わるんじゃ

ないかって彼が言うのよ・・・」

「それで、私に?それって私は爆弾処理班ってこと?」

「そういうつもりはないけど、そうなっちゃうかなぁ?でもね、彼がRIEのことを気に

入ってるっていうのはホントみたい。」

「じゃあ、一回お茶だけしてみるわ!あとは、どうなっても知らないから!」


そして、ナオミとナオミの彼と私とそのサーファーの彼との4人で、渋谷の公園通りにある

喫茶店で会うことになった。

「はじめまして。RIEです。」

私は微笑みながら、軽く頭を下げた。

「はじめまして。杉原ケンジです。」

これが、私とケンジとの出会いだった。

彼は、私の想像していた人とは全然違い、一見ハーフかと思わせるような顔立ちをしていた。

普通にかっこいいと言われるであろう整ったルックス。少しブラウンがかった目が彼の日焼

けしている肌を余計に際立たせた。しかし、中身はというと、ナオミから聞いていた通りの

よく言えば個性的、悪く言えば・・・相当変わっている人だった。

「俺と付き合いたいの?」

ずっと私たち三人の会話に入ってこないで、いきなり口を開いたと思えばこんなことを口走った。私たち三人は思わず顔を見合わせてしまった。あまりにいきなりの言葉だった上に、まるで私が彼と付き合いたいみたいな方向に話が進んでいる。

「おい!ケンジ!いきなりそれはないだろう?」

ナオミの彼が場を和ませるように、笑いながら話を変えようとした。

「付き合いたいって言ったら付き合ってくれるの?」

ナオミの彼の気遣いも無視して、私は彼に聞いた。ナオミとナオミの彼は、少し(まずいな)

という顔をしながらも、こちらを見守っていた。

「条件がある。」

いったいこの人はなんてことを言うのだろう?気に入ったと言ってきたのは彼のほうだ。それ

なのに、自分と付き合いたいのかと私に聞いてきて、おまけに付き合いたいなら条件があるだ

なんて、いったいどれだけ高飛車な人なのだろう?最初に聞いたちょっと近寄りがたいという

意味がすごくわかった気がした。

「条件?なにそれ?」

私も、少し無礼なこの初対面の人に同じように少し無礼気味な言い方で返した。

「校則を守らないヤツは嫌い!」

「えっ?」

私は、ナオミとナオミの彼のほうを見て(なんなの?この人?)という顔をした。

「そんなに目立ちたいの?」

「えっ?」

「キミさぁ、あの子ならすぐヤラせてくれそうって、いろんな男子から言われているの知ってる?」

「え〜っ?なにそれ?」

「自分のことって自分がいちばんわかっていないものなんだよね。きっと俺もそう。だけど、

キミには誰もそんなこと言わないでしょ。それを言ってあげられるのは俺しかいないって思ってたから。」

「それって、大きなお世話だよって言ったら?」

「俺は、他人から、ヤラせてくれそうだから付き合ったって言われたくないからさ。だから、俺と付き合うんであれば制服くらい普通に着たら?一緒にいても目立ってしょうがないよ!」

自分だって、しゃべらなければ、ものすごく軽そうで、遊んでそうな感じに見えるよ・・・と言いたかったけれど、彼の言うとおり、自分のことって自分がいちばんわかっていないだろうから、きっと彼も私に言われても(そんなことはない)って思うだけだと思ってやめた。

この時点で、私は彼に少し興味を持っていた。確かに、今まで出会ったことがないタイプ。

校則を守って普通にしている私というのを、初めて想像してみた。

でも、想像できない。未知の世界。そして、私はその想像できない私の姿というのを見てみたくなってしまったのだ。

「制服、普通に戻してみようかな・・・」

その言葉に驚いたのはナオミとナオミの彼だった。それは、私が普通に目立たない女子高生に

なるかもという驚きではなく、(付き合うんだ!)ということへの驚きだった。

「とにかく、また会おうか?」

「そうだね。」

これだけだった。付き合うとか、よろしくお願いしますとか、そんな言葉もなく、また会おう

か?そうだねで、私とケンジは始まった。

付き合ってからも、「私たちって・・・どういう関係?」みたいな話は一切なかった。そして、別れる時も。まさか、この日から私とケンジは15年間も一緒にいるなんて誰が想像した

だろう。なんの音もたてずに風が通り抜けていくように、私とケンジはふたりになって、そして、何も言わずに別れた。

今、考えれば、私はケンジに慣れすぎて、ケンジの本当のやさしさに甘えていたのだと思う。そのために、ケンジのことを思いやる気持ちを、長年付き合っていくうちにすっかり忘れてしまっていた。最後は、ケンジのわがままに付き合いきれなくなって別れたが、

あれは、わがままではなく、ケンジが抱いていた孤独を私が分け合えなかっただけなのだ。

人は誰でも孤独だ。それも、ひとりでいるときより、誰かと一緒にいるときのほうが孤独を感じる。ふたりでいても、どうしてもひとつにはなれない。当たり前なのだけれど、ひとりでいるときよりも、ふたりでいるときの方が、決してひとつにはなれないもどかしさを感じてしまうものだ。ケンジは今どうしているだろう。幸せに暮らしているなら、それでいい。少し嫉妬してしまうけれど。私は、ケンジに何も気持ちを伝えずに黙ってケンジの前から姿を消した。

いまさら、気持ちを伝えることなどできないし、伝えたところで、どうにかなるわけでもない。でも、元気にしているということだけは知りたかった。元気でいてくれればいい。そんな

思いが、私にケンジへ匿名のメールを送らせたのだった。

そして、付き合っている間、いつもケンジは自分に波乗りを教えてくれていた人の話をしてくれた。あの性格からか、波乗りばかりをやっていたせいか、あんまり友達らしい友達がいなかったケンジが唯一心を許せた友達だったのだろう。そして、ケンジはサーフィン雑誌を買うたびに、いつも後ろのほうのページの大会での表彰コーナーで、彼の名前を探していた。

「また出てるよ〜!すげ〜なぁ・・・チャンプ。アイツだけは、本当にプロになっちゃうかも

しれないなぁ・・・」

チャンプが載っているたびに、いつも目を細めながら表彰のページを眺めていた。

「どれ?チャンプって?写真は載ってないの?」私は聞いた。

「載ってるよ。ほら!」

そう言ってケンジが見せてくれたページは、表彰台の上でウエットスーツのまま片手に持ったトロフィーを持ち上げている日に焼けた笑顔と、ライディングの写真だった。

表彰台の笑顔は、肌の色が黒すぎて顔が判別できない。ライディングの写真も横顔だった。そして、写真のうえには、「優勝:チャンプ」といつも書いてあって、私はチャンプもケンジと

いう名前だったなんて知る由もなかった。


「言い忘れてました。俺の名前は岡庭ケンジです。」

チャンプからこのメールをもらって私がどんなに驚いたことか。

岡庭憲二プロ・・・ケンジの唯一の心を許せた親友が、私とケンジが別れてからのこの10年近い時のあいだにプロサーファーになっていた。それも、今や日本を代表するトッププロ。世界選手権にも出場している数少ない日本のトッププロだ。彼のライディングは、芸術の域に達しているといっても大げさではないだろう。実際、彼がシリーズで出している「岡庭憲二のサーフィン紀行DVD」は予約していないと購入できないほどの人気ぶりだ。

そして、岡庭憲二といえば、「ALWAYS WIDE OPEN」。岡庭憲二の、どのDVDにもその言葉が

パッケージに記されてあった。

私が好きなのは「サーフィン紀行〜HAWAII編〜」。そこには「ALWAYS WIDE OPEN HAWAII NALU」というサブタイトルがついていた。私は、その言葉を自分のメールアドレスに使ったのだった。そして、その本人のメールアドレスも同じ。それだけだったら何の不思議もないが、どうして、そのアドレスの主が私だとわかったのかが不思議だった。



そして金曜日の夜、1件のメールが受信された。

岡庭憲二からだった。

「チャンプです!明日の夜6時半に、渋谷のモツ鍋の店を予約しました。大丈夫ですか?」

私もチャンプからのメールを待っていた。やっと明日会える。そして、どうして私のメールアドレスがわかったのかやっと聞ける。そしてケンジのことについても。

「大丈夫です。場所がよくわからないのですが、どこに行けばいいですか?」

「ハチ公の前はどうですか?人が多すぎてイヤかなぁ?」

「わかりました。あの・・・私、赤い服を着ていったほうがいいですか?(笑)」

「ハチ公にまたがって待っててくれればわかります(笑)」

私は、メールを見て思わず笑ってしまった。

チャンプが岡庭憲二だとわかった以上、もう私もチャンプの顔を知っている。

私が冗談で、赤い服と言ったら、彼もハチ公にまたがってなどと冗談で返してきた。

そのおもしろさが、「やさしさ」という言葉に形を変えて、私の心の中にすっと入ってきた。

(ケンジには、こんなにユーモアがあってやさしい友達がいたんだね・・・)

そう思うと、なんだか私も幸せな気分になって眠りについた。










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