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第2話 二人のケンジ

私は、その週も見知らぬサーファーからメールで指定された場所・・・鴨川グランドホテル前へは行かなかった。


誰だか知りたい・・・本当にケンジだったらと思いながらも、ケンジの性格からいってそれはないだろうという確信があった。


このまま、誰だかわからない人とのメールを続けることは、なんの意味もないことも頭ではわかっている。

けれど、心の奥でどうしても、本当に見知らぬ人だとは思えなかった。


私と同じメールアドレス。私の名前まで知っている。

気がつくと、私はメールの送り主のことを考えている時間がとても多くなっていた。


やっぱり誰なのか確かめてみたい。

もし、ケンジなのであれば、どうしてこんなに回りくどいやり方をするのかわからない。

別れた恋人というのは、なかなか普通の友達に戻ることは難しいと思う。

どちらかに、恋心が残っていた場合、すでにどちらかに新しい恋人がいるのであれば、それこそ三角関係の

泥沼になってしまうだろう。

お互いが新しい恋人ができて幸せに暮らしていて、それでも友達として再会したいという気持ちのタイミングが合わないと、別れてもお友達で・・・などというキレイな関係にはなれないだろう。



私は、思い切ってメールを送ってみた。

何日も考えた挙げ句、結局私がいちばん聞きたかったこと・・・「あなたはケンジですか?」と文字を入れ、目をつぶりながら深呼吸をして両手で送信ボタンを押した。


「はい。ケンジです。」

私は送られてきたメールを見て愕然とした。

そんなわけはない。この人は私が「ケンジ」という名前を出してしまったことをいいことに、その名前を利用しているだけなのだ。


「いたずらはやめてください。」

私がバカだった。相手にあえて自分から素性を明かすようなことをしてしまった。震えがくるほど後悔した。すると、メールが届いた。

「怒っていますか?」

これは、どういう意味だろう。やっぱりケンジという名前を私が出したから茶化されてしまったのだ。

「いたずらはやめください。怒っています。もうメールもしないでください。削除します。」

私は、それだけを送って削除しようとした。

すると「待って!」というメール。

続いて「俺は本当にケンジですが、あなたのケンジは

杉原ケンジですよね。」


杉原ケンジ・・・ケンジの名前だ。

やっぱり、この人はケンジを知っている。そして私のことも。かすかな記憶を辿っても、私はケンジ以外の

もう一人のケンジという存在を思い出すことができない。なんて返信をすればいいのか。私はこの前のメールで、自分のことをRIEではないと嘘をついてしまった。しかし、あのときは仕方がない。どこの誰かもわからなかったのだから。でも、このケンジは本当に私のこともケンジのことも知っていた。


「杉原ケンジとはお知り合いですか?私の知り合いのケンジがどうして杉原ケンジだとわかるのですか?」


すると、30分ほど時間があいて次のメールが送られてきた。


「あなたは、下北沢にある聖明学園に通っていましたよね。」

やっぱり、私のことを知っている。それも20年近く前の私のことを。

「だったらどうなんですか?私は下北沢の高校には・・・」と文字を打ちかけてやめた。

こんなところで嘘をついてもしょうがない。

実際この見知らぬケンジは、この何日かの間私にメールを一方的に送ってきたが、別にひどいことをされたわけではなかった。

私は、もうここからは正直になろうと心を決めた。

そうでもしないと、何も始まらないし終わらないこともわかっていた。


「はい。そうです。やっぱり、私のことを知っているんですね。」


「一方的に知っているだけです。高校生の頃、下北沢のホームにキーホルダーを落としましたよね。」


私は一瞬にして、そのときの光景を思い出した。

あれは、夏休みが始まる直前の期末試験の期間中だった。いつもなら学生がいない時間・・・お昼すぎくらいに、どの学校も同じ時期に試験があるので、その日は駅のホームに学生が溢れかえっていたのだ。

そんな中、私の学生カバンが誰かのものとぶつかって

カバンにつけていたサーフボード型のキーホルダーがはずれてホームに落ちてしまったのだった。

そのとき、一人の男子高校生がいきなりホームに降りて拾ってくれたことがあった。

でも、一瞬の出来事で私は顔も覚えていない。彼も・・・この人も私の顔など覚えていないくらいの一瞬のことだったはずだ。交わした言葉は「ありがとうございます」だけ。あまりの短い時間に私は電車が来るかも知れなかったそのときのことを心配する余裕もなかった。

このメールの相手は、あのときの人というのか。それなら、そのあと一度も会ったことがないはず・・・はずというのは、会ったことがあるのであれば、とっくにこの話が出ていてもおかしくないと思ったからだ。

その人がどうしてケンジの名前と私を知っているのか。そして、メールアドレスも。


「はい。もしかして、あのとき拾ってくれた方ですか?それなら、どうして私のアドレスを知っているのですか?杉原ケンジのことも。そして、あなたはなぜ自分をケンジだと言ったのですか?」


「杉原ケンジから、俺のことは聞いていませんか?もう一人のケンジ。」


「聞いていません。」


「だったら、チャンプという名前は聞いたことがありますか?」


チャンプ・・・チャンプとは、ケンジの同級生でケンジに最初にサーフィンを教えてくれた友達の名前だ。

チャンプという人は本当はケンジというんだ。知らなかった。みんながチャンプチャンプと呼んでいた。

そして、この私と同じアドレスの人が、まさにそのチャンプ。

そのチャンプが、どうして私のメールアドレスがわかったのか?


「チャンプさんという名前は聞いたことがあります。チャンプさんがあの時、駅のホームで落し物を拾ってくれた方なのですか?それが、どうして私だとわかったのですか?」


「すみません。ケンジが波乗りをやめたと聞いてずっと気になっていました。とにかく、そんなお話をしたいのですが、今度食事でも行きませんか?いきなりですけど。」


「私はチャンプさんの顔を知りません。そんな顔も知らない人と、どうやって待ち合わせをして食事するというのですか。どこかに、目印に赤い服でも着て立っていろとでもいうのですか?」


「それでは、いけませんか?」


それでは、いけませんかって・・・出会い系サイトのようで私は嫌だった。

すると続けてメールが来た。

「大丈夫です。俺が顔を知っていますから。」


そうだった。チャンプは私の顔を知っている。

私は、少し怖い気もしたが、このチャンプという人に、まったく見ず知らずの人でもなさそうだというほんの少しの安心と、ケンジのことについて話をしたいというところから、会ってみることにした。私のアドレスをどのようにして知ったのかも知りたかった。

それと、思い込みとはちょっと違うけれども、私はチャンプが悪い人ではなさそうだということだけは、メールのやりとりの中で直感的に感じていた。


「わかりました。土曜日の昼間ならいつでも大丈夫です。」


「了解!では、次の土曜日までに連絡します。あっ!言い忘れてました。俺の名前は岡庭ケンジです。」





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