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第1話 私からのメール?

もう、あれから何年経ったのだろう。


あれからというのは、ケンジが夢をあきらめた夏。

そして、ケンジが波をおりた夏。


ケンジとの恋が終わりを告げてから、ずいぶんと時が経って

しまった。


「さよなら」を告げたのは私の方だった。

プロサーファーになる夢を追いかけて、湘南に移住してから

6年が経ったころだった。

今、振り返ってみても、あんなに傷つけ合い、でもあんなに愛した人には

もうめぐり合えないだろうと思う。


別れてからもずっと、ケンジのことを愛している私がいることを、

ケンジは知らない。


私は、自分でも(なんてネクラなことを・・・)と思いながらも、

年に1度だけは、ケンジの携帯に電話をしていた。

「はい」というケンジの声を聞いて、携帯番号があのころと変わっていない

ことを確認した。

私は、そのたびにわざわざ携帯を非通知設定にしてかけていた。

ケンジの声。変わらないちょっとぶっきらぼうな投げやりな感じのする声。

私が、さよならを告げてからも変わらないケンジへの想い、そして、ケンジにも

そうであって欲しいという願いが、ケンジの携帯番号が変わらないことを

自分なりに確認して、安心していたのかもしれない。


私は、自分のメールアドレスを変えた。

ケンジと別れてから。

そして、これもまた年に1度くらいケンジにメールを送っていた。

「最近調子はどうですか?今週は伊豆の大浜あたりにいい波が

きそうだよ!」

波乗りをやめてしまったケンジには、どうでもいいメールだった。

おまけに知らないメールアドレスだ。

文章からいって、サーファーだと察しがつく。

でも、まさか私からだとは思わないだろう。

ケンジの知っている私のメールアドレスは「rie.lani.always.you」。

そして、私の今のメールアドレスは「always.wide.open.hawaii.nalu」だった。

英語とハワイ語をミックスさせて作ったアドレス。

男のものか女のものかもわからない。

でも、きっとサーファーだろうと思わせるようなアドレス。

それだけで、知らない人からのメールでも気味悪さは半減していることだろう。

勝手にそう思っていた。


こんなことを続けて、私はどうしたいというのだろう。

共通の友達から何気なく聞いた話だが、ずっとケンジは私の話や海の話になると

ブルーな感じになるらしい。

いっそのこと、誰だかわからない私からのメールで、「メル友」というだけで

楽しんでくれたらなんて思ってしまう。

それが私だと知ったときは、ますます取り返しのつかないことになりそうだが。

私だったらどうだろう。

見ず知らずの人からのメール。

男か女かもわからない正体不明の送り主。

でも、「サーフィン」という共通の話題があったら、メールの上だけでも

楽しんでしまうかも知れない。

絶対に会うことがないからという安心感から、何を書いてもいいという自由な

メール。自分をかなり良く見せることもできれば、お互いが知らない人だから

こそ、核心にせまった話もできるかもしれない。

ふとした瞬間に、ケンジがまだ私のことを引きずっているということが聞きた

いのかもしれない。いや、うらんでいるということを聞くかもしれない。

でも、私は別れるときに(ケンジの記憶に私がずっと残るなら、うらんでいても

いいから、お願い忘れないで。)と思った。

どっちにしろ、私の知りたいことが聞けるチャンスになるような気がしていた。



金曜日の夜だった。

残業を終えて疲れて帰ってきた私は、そのまま着替えてベッドに倒れこみたい

気分だったが、一週間の疲れをとるべく、バスタブにお湯を入れてのんびりと

疲れを癒すことにした。

いつもよりかなり長い入浴を終えて、バスタオルをカラダに巻きつけたまま

部屋に戻ると、携帯電話のランプが光っていた。

「1件のメールが届いています」

私はメールを見た。知らないアドレスからだった。

「調子はどう?今週は伊豆の大浜あたりに、いい波がきそうだよ!」

私はメールを読んで全身に鳥肌がたった。

誰?見知らぬアドレス。それに、私がケンジに送ったものとほとんど内容が

一緒だった。

もしかしてケンジ?そんなわけはない。ケンジのアドレスはこれじゃない。

でも、内容からいってサーファーなことは察しがつく。

私はとても怖くなって、そのメールを削除した。

それと同時に、ケンジもきっとこんな気持ちで誰だかわからない、

(けれど本当は私が送っている)メールを削除しているのだと思った。

気味が悪いと思いながら。


次の朝、私は目が覚めるとすぐにメールの受信を確認した。

受信メール0件。

やはり、単なるいたずらか?それとも誰かと間違えて送られたメール

なのだろうか?

間違えて送られていたなら、きっと送り主も困るだろう。

今週はどこのスポットでサーフィンをするかのメールだったに違いない。

「送り先のアドレス、間違っていますよ」と親切なメールを送ることも、

もう削除してしまった私にはできない。

送り主は相手にメールをスルーされてしまったと思っているだろう。

でも、間違えて送ったのは送り主のほうだ。

別に、私が申し訳ないような気になることもない。

実際、昨晩は怖くて気味が悪くて削除してしまったのだから。


しかし、夜になって、また昨晩と同じようなメールがやってきた。

「どこにする?今週は大浜でいい?メール見たら返事ちょうだい!」


これは、いたずらメールではないのか?

完全にアドレスを間違えて送っている。

私は、同じサーファーとして、仲間と合流できないかもしれないその人を

少しかわいそうに思い、今日は親切心から「アドレス間違えていませんか?」と

メールを返信してみることにした。


「どちらにメールをお送りですか?間違えていませんか?」

ちょっと冷たい感じのする文章だったが、あえてフレンドリーにする必要も

意味もない。私は、それだけを送って返事を待った。

「間違えました!」というメールが届くに違いない。

そして、携帯のメール受信のメロディが鳴った。

開けてみると、「間違えてませんよ!」それだけだった。

そんなわけはない。私は、送り主のアドレスを知らない・・・と思ったところで

私は送り主のアドレスを見てハッとした。

「always-wide-open-hawaii-nalu」

私のアドレスと一緒だった。違うのは「.」か「-」かだけだった。

ということは・・・やはりいたずら?

いや、絶対にいたずらだろう。私は、いたずらだとわかると、やっぱり気味が

悪くなってきた。

どうしよう?返信するべきか?でも、このアドレスでは、相手も私のことを

男か女かわからないだろう。

自分と同じアドレスだから、きっとサーファーに違いないとでも思ったか?

でも、それなら何のために?

私は一応、私なりの理由があってケンジにメールをしていたが、

いったいこの人は何がしたいのだろう?

寂しいから?それとも暇つぶし?

私は「あなたはサーファーですか?」と送ってみた。

すると返事はなかった。


次の日は、もちろん私は伊豆には行かず、いつもの茨城のポイントに入った。

そして、夜になってもメールの受信はなく、次の日の朝になってもメールは

来ていなかった。

そして、次の日も。またその次の日も。

何か悪いことでもしてしまったのか?それとも怒らせてしまった?

そんな訳はない。もとはと言えば、いたずらで送られてきたメールだ。

怒らせてしまったとしても、私は悪くない。

それとも傷つけてしまった?いや、傷つけたとしても私は悪くないだろう。

いきなり勝手に送られてきたのだから。

どこの誰かかもわからないのに・・・

(どこの誰か?)

伊豆に行こうというのだから、「どこ」というのはそんなに遠くはないかも

しれない・・・

その人は、伊豆で友達と会えたのか?

でも、なぜ「間違えていない」などと断言したのだろう?

それとも、私のことを本当に知っている人なのか?


気がつくと、私は誰だかわからない私と同じメールアドレスの人からの

メールを待っていた。


そして次の週末、またメールがやって来た。

「先週、読みどおり、やっぱり大浜よかったよ!今週はどうしよう?

寒くなってきたから、そろそろ茨城は無理かもね」


どういうつもりだろう?

先週「サーファーですか?」とメールしたら返事をくれなかったくせに。

私も、このままメールを送るのをやめようか。

そもそも、返事をする意味もない。

私は、意味のないことに一週間も(悪いことしたかな)と思っていたことを

後悔した。ばかばかしい。知らない人相手にメールなんかまともに返して、

どういう人だと思われたか。これでは、出逢い系サイトと何の変わりもない。

すると、またメールが来た。

「もう、メールくれないの?」

いったいこの人は何がしたいのだろう?そのうち会う約束でもしてくるの

だろうか?そんな会ったこともない人にメールで会う約束をするほど、

私は好奇心もなければ暇もない。

私は、相手にするのをやめようと思って、メールを削除しようとした。

すると、またメール受信。

「削除しようとしてるでしょ?会おうなんて言わないから返信してくれる?」

なんなの、この人は。男か女かもお互いわからない。そして年齢も、もちろん

顔も。でも、送られてくる文章は、そのとき私が考えていたことをズバリ的を

得ていた。すると今度は、

「オレはサーファーです。あなたもだよね?」

もちろん返信しなかった。

「今週は鴨川の方へ行こうと思っています。」

「どこの板乗ってるの?Lostの板かなりいいよ!」

「君はレギュラー?」

立て続けにメールが来たけれど、ますます私は返信ができなくなっていった。

返信してしまったら、本当に出逢い系サイトのようなものをやっているような

気になってしまいそうだからだ。

サーファーという連帯意識からくる独特の安心感は確かにある。

でも、私が返事をする義務はない。

こんな人からのメールを一週間も待っていたなんて、自分でばかばかしく

なってしまう。

しかし、次に来たメールで私は一瞬にして気持ちが変わった。

「君さぁ・・・RIEでしょう?」


えっ?やっぱり私のこと知っているの?

それなら、あなたは誰なの?

もしかしてケンジ?

そんな訳はない。ケンジは知らない人にこんなメールを送る人ではない。

少なくとも、私の知っているかつてのケンジであれば。

でも、私の胸は高鳴りを抑えることができなかった。

そしてついに私はメールの返事を送った。

「RIEじゃないです。あなたは誰ですか?自分のことを何も言わないで

失礼じゃないですか?」

嘘だった。私はRIEだ。心のどこかで、この送り主がケンジであるように

と願った。本当にケンジだった場合、私が私だということを知られていない

方が都合がいい。

「オレが誰だか知りたかったら、週末鴨川のグランドホテル前に来れば

いいよ。そしたら、オレが誰だかわかるから。」

私は一瞬、今週は鴨川で入るか〜!と思ってしまった。

しかし、すぐそのひらめきを頭から消した。

ばかばかしい。ケンジでないなら別に誰でもいい。

でも、どうして私のことを知っているのだろう?

もしかしたら、本当にケンジ?

私は、真実を確かめるべきか、このままを続けるかで朝まで眠れずに悩んだ。









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