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知ってた


世の中には聖人なんていない。



そう思っていた時期が俺にもあった。





「透くん透くん。今からカラオケ行くんだが、一緒に行かないか?」


ニカッ


ま、眩しい…

輝く白い歯を惜しげもなく晒してきやがる目の前の彼に本気で目玉を潰される心地がした。


「嫌、あの、べ…別に俺は」


「な?行こうぜ?透くんが来てくれたら俺めっちゃ嬉しい!」


どんどん近づいてくる笑顔に後ずさりしたいけど、生憎と後ろは壁だ。

な、なんでこんなに俺に構うんだ。

俺が不細工だからか。知ってた。


「ごめん、きょ、今日は用事があって」


「そっかぁ…残念だけど用事なら仕方ないな!また今度遊んでくれよ!」


「う、うん」


約束だからなーっと大きく叫びながら掛けていった彼を見送り、俺は溜息を吐いた。

そしてそのまま、丁度良く近くにあった特等席に座った。

まぁ、そこに座ろうとして彼に捕まったので予定通りと言えばそうなのだが。

今の騒動でずれたパーカーのフードを深く被り直すのも忘れない。


食堂の端、壁に向かって置かれた二人がけのテーブルは便利だ。

だって視界には壁しか映らないし、ちょっと意識しただけで喧騒はただのノイズになる。

不細工は周りの平穏のために自分の顔を隠さなければいけない。

だって俺は歩く公害だから。

俺は彼のような人間を引き立てるにはもってこいなのだ。

知ってた。



「まーたそうやってドロドロする」


「つ、蕾!?」


突然聞こえた声に驚いて隣を見れば、ほんのさっきまで誰も居なかった筈の席に最近見慣れた顔があった。

気付かなかった。

なんでだ。

俺が間抜けだからだ。

知ってた。


「あー、もうだから暗くなんなってば。」


何だか疲れてしまってそのまま机に突っ伏せばフード越しに撫でられる。

何だか無償に甘えたくなってその手に擦り寄った。


「それで?今日は何があったんだ?」


優しく優しく降ってくる声が暖かい。

こんな俺には勿体ないのにどうしても手放せない存在がこいつだった。

何度も何度も遠ざけようとしたのに、彼は何時だって俺の隣に在ろうとする。


今日は朝から雨が降っていて頭が痛かった。

大学に来る途中に2回も転けた。

財布を家に忘れた。

教科書が足りなかった。

課題を無くした。

弁当が水溜りに落ちた。

食堂で休もうとしたらDQNに捕まった。

携帯の充電が切れてこいつに電話が出来なかった。


「ははっ、今日も今日とて不運だなぁ」


「全ては俺が不細工なのが悪いんだ。不細工はこの世に居てはいけない」


「いやいやいや、待て待て。まぁ何だ、腹が空いたなら何時も通り俺の弁当分けてやるから」


鬱々と荒んでいたらそんな声が俺を包んだせいでピクリと反応してしまった。

途端に弾ける笑い声に顔が熱くなって一層顔を机に擦り付けようとするけど物理的に無理があって断念する。


「煩い煩い煩い!だいたいお前の料理が美味しいのが悪いんだっ!俺は悪くな、ング…今日はハンバーグか」


不可抗力だか口に突っ込まれたお肉の美味しさになけなしの勢いは消える。

くそ、美味しいなくそ。

知ってた。


「そうだな。お前は悪くないよ。雨が降るのは秋雨前線さんが頑張ってるからだし、転けたのは道路の補整をサボってる俺達の市のせいだな。

財布を忘れたのはまぁ、必要を感じなかったからだろ。基本お前金使わないし。

教科書が無かったのはどうせ朝からバタバタしてたからだろ。そろそろお前の母さんと妹には早く起きるという事を覚えさせないとな。課題も多分同じだ。

弁当は良いんだよ。俺がやるから。」


話しながらも休まず口に運ばれる美味しいおかずと、俺好みな固めに炊かれたご飯を雛鳥よろしく頂く。

恥ずかしい?知るか。

この美味しさの前には無問題だ。


「絡まれたのはごめんな。ちょっと授業が遅れたせいでお前を待たせちまった。充電は後でバッテリー貸してやるからとりあえず落ち着け」


最後の一口を食べたあと、口の端に付いていたらしい汚れをティッシュで拭われ、そこで我に帰った。


「……死にたい」


「死んでくれるなよ?俺はお前が美味しそうに食べるのを見るのが好きなんだから」


クスクスと笑う声まで優しくてますます死にたくなった。

恥ずかしい。恥ずかしい。

だけど嫌じゃない。



中学の頃憧れて、高校でいないと知ったヒーロー。

不細工で不運で救いようない無い俺を救ってくれるような聖人はいないのだと、フード中という小さな世界で嘆いていた俺の前に突如現れたそいつ。


気だるげな雰囲気とだらしなく着崩された服は畏怖の象徴だったのに、ある日無理やり食べさせられたご飯に気付けば声を上げて泣いていた。

それからだ。

ほんの少し落ち込んだだけで、フードを深くかぶり直しただけで彼が現れるようになったのは。


俺は不細工だ。

人より不運な人生を歩んでいる。

全ては自分のせいなのに、それを空きあらば誰かに擦り付けようとするクズだ。

そんな俺にどうして彼が良くしてくれるのか分からない。


俺は不細工で不運なだけではなく馬鹿なのだろうか。

うん、知ってた。

田島透

大学1年生。不細工で不運だけど意外と体つきは恵まれてるので運動は得意。


斉藤蕾

大学2年生。動物なら猫とか犬よりウサギ派。料理上手。

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