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ある日の夜のオカンの店  比奈編

********


 最近のことなんやけど。雅章さんが休みを取って家に絵美里に会いに来ることが増えてきていることにうちは、ものすごく違和感を感じている。


 多分、絵美里ももうすぐ3歳になるし、人の見分けもだいぶついて来てるのと、これはオカンの影響もあってなんやろけど……口も必要以上に達者になってきてるから、雅章さんは雅章さんなりに父親としての立場に危機感を感じて努力してるんやということがひしひしと伝わってもくる。そやけど。もう二年もこんな生活をしてると、雅章さんがおることにどないしても、違和感を感じてしまっていた。


********


「どないしたん? 大きなため息吐いてたで?」

「ああ。たいしたことやないから、気にせんといて!」

「そない言われると気になるやん!」

「あれや! 雅章さんがな! 今度の日曜もこっちに来るんやて!」


 仕込みも終わって店を開ける作業をしながら、うちがついつい考え事をしてしまって大きなため息をついたもんやから、オカンが心配そうな顔をしてうちの顔をのぞき込んで聞いてきた。


「そういうことかいな~。やっぱり、普段からおらん雅章さんがおると……やり辛いんか?」

「そやねん。こんなこと思ったらアカンってわかってても、どうしてもおらんことに慣れてしもたもんやから、おるとめっちゃしんどいねん」

「それは危険やな! 絵美里がまだまだ小さいんやから、雅章さんとはこのくらいのペースで会っておかんと絵美里のためにならんやろ?」

「わかってる! それもな、良くわかってるつもりやねん。そやけど……しんどいねん」


 あれこれ考えすぎてしんどくなってしもて、うちが座敷で寝てる絵美里の横へ倒れ込むのと同時くらいに。たまにうちの店にもふらっと顔を出す、他人の不幸しか占わないことで有名な占い師のマリアが店の戸を開けて入って来た。


********


「おかえりー! あれ? 珍しいなマリアちゃん。今日は、どないしたん?」

「お久しぶり♪ 店の中から、めっちゃ不幸な気配が漂ってたから、ついつい足がこっちへ向いてしもたんよ」

「あー! それ、うちやわ。頭の中どんよりしてるから、マリアに悟られたんやわ」

「なんや! 比奈やったん? どう? 占ったろか?」


 不幸なことに敏感なマリアは、私のどんよりとした気持ちを素早く悟って、店に入ってしまったらしい。座敷に座り込んだマリアは大きな瞳をキラキラさせて、腰まで真っ直ぐに伸びた見事な黒髪を、手首に付けていたピンクのシュシュで一つに後ろで纏めると、マリアはタロットカードを私に見せて占ってやると言ってニコニコ笑っていた。


「ええやん! 占ってもらい。マリアちゃんのタロット占いは、変わってるけど。こんな時は、占いもええ気分転換になるんちゃうか?」

「そやろか? マリアのタロット怖いやん。不幸なことしか、当たらんねんもん!」

「しょうがないでしょ? 私。人の幸せなんて興味無いんやもん!」


マリアは、ケラケラと笑いながらタロットカードをテーブルの上に広げて、占いを始めようと準備万端やった。うちは、この際やから雅章さんとのことを占ってもらう覚悟を決めてマリアの横に座った。


********


「あーん! 比奈~! 残念やけど、雅章さんとは、別れられへんみたいやわ。ほんまに残念や!」

「マリア! マジで悔しがってるやろ?」

「あはは♪ マリアちゃんらしいやん。マリアちゃんの占いは、それが売りやし」


 マリアが、うちと雅章さんが別れることは無いとわかると。ほんまに心の底から残念がっていたので、うちがマリアにおしぼりをぶつけて突っ込みを入れてしまったら、オカンがケラケラと笑ってマリアを庇っていた。


「たしかに、こんな占いで人気あるんやから、不思議でしゃーないわ(笑)」

「ええことばっかり占う占い師よりも、マリアちゃんみたいなんのほうが、現実味があるからとちゃうか? 私は好きやで!」


うちとオカンがマリアのことを話ながら笑ってると、横でマリア本人がうんうんと頷いて嬉しそうにオカンに抱きついていた。


********


「ただいまー! お腹空いた~!」

「おかえりー! 美花ちゃん。お疲れ様~♪」


 そろそろ、常連さんたちが仕事を終えて帰って来る時間やと思ってたら、勢い良く店の戸を開けて美花ちゃんが一番先に帰って来た。


「あれ? もしかして? マリアさん? どないしたん? 比奈ちゃんが占ってもらってたん? なんで? うわー! 気になる~!」

「おかえり! 美花ちゃんも占ってもらう? 不幸なことしかマリアは占わんけど。どない?」

「えええーー! 不幸って!? 何を占うん?」

「大体はカップルがいつ別れるとかやねんけど。たまに勤めてる会社が倒産するとかも占うで!」


 めずらしくこんな時間にマリアが店におったから、やっぱり美花ちゃんは驚いて目を丸くして、なんでおるんかを聞いて来たから、美花ちゃんをうちと入れ替わりで座敷へ座らせてから、うちはカウンターへ戻った。


「どうしよ~! 比奈ちゃんは? どうやったん?」

「うちは雅章さんと当分は別れることないらしいわ!」

「そらそうやろ! うちも宗ちゃんと別れることなんか絶対無いし、不幸なことってあとなんやろ?」

「比奈~! この子は幸せいっぱいみたいやから、面白くない」


 マリアは美花ちゃんを見て残念そうな顔をして少し姿勢を正すと、タロットカードを一つの山にして目をつぶって何かに集中していた。


「来る! もうすぐ来るわ! 不幸な人が近付いてる」

「嘘やん! 誰? 誰やろ?」

「怖いな~! マリアが悪魔に見えて来たわ~」

「比奈! それは言い過ぎやで! せめて小悪魔くらいにしといたり! フフフ」


ジッと目を閉じたままで、誰かを待っているマリアを眺めてうちらが少し緊張していると店の戸がゆっくりと開いた。


「ただいまー! なんか今日は飲みたい気分やからこんな時間に来ちゃったわー!」

「おかえりー! 亜夜子ママやん! 今日は店休みやったか?」

「休みじゃないけど。店は平日で暇でしょ? それに蘭子たちに任せて来たから何かあったら連絡くれるわよ! とにかく今日は飲みたい気分なのよ! オカン、生ビール!」

「はいはい! ほんならようさん飲んでスッキリしたらええ!」


マリアが待っていたのは間違いなく亜夜子ママだったみたいで、カウンターに座って生ビールを一気に飲み干してる亜夜子ママにマリアは嬉しそうに釘付けになっていた。


********


「それで? 何があったん? 荒れてるみたいやけど」

「彼がね。仕事でシリアへ行くって言ってんのよ! あんな危ない国へ仕事だからって……死んじゃったらどうすんのよ」

「死ぬわよ! 行ったらその彼、死ぬわよ!」

「ちょっと、ちょっとマリア!! それマジ?」


 マリアが死神のカードをこちらへ向けてちらちらと見せながら、ニヤッと笑ったもんやから、うちは慌ててカウンターから出てマリアが口にしたことが本当に占いで出たのかを確認していた。


「彼をここへ呼んだ方が良いわよ! シリアへ行ったらおしまいって出てるんだから」

「高田さん。今日はどこにおるん?」

「きっとマンションにいるわ。占いで死ぬって言われても彼はきっと行くでしょうけどね」

「ええから! とりあえず呼び! マリアちゃんの占いって不幸なことはよう当たるんママも知ってるやろ?」


すでに酔いがまわってきている亜夜子ママに、オカンが必死に急かして高田さんを今すぐ店まで来るように連絡させていた。


********


「こんばんわー!」

「ああ! 高田さん! 良かったー! 来てくれたんやー!」


 30分位経った頃に、亜夜子ママの恋人の高田さんがゆっくりと店の戸を開けて入って来て一番ホッとしていたのは、オカンみたいやった。


「どないしたんですか? あはは。ママはすでに出来上がってるみたいやし、陽子さんも比奈ちゃんもえらい真面目な顔してるけど……なんかあったんか?」

「あなたがもうすぐ死ぬからよ! シリアへ行ったら死ぬんだって! マリアのタロットがそう示してるのよ! それでも、あなたは行くんでしょうけどね」

「ちょっと! ママ! マジでペース早過ぎやわ! アカンアカン! しばらくウーロン茶飲んどき!」

「うわっ! ほんまや! ボトル来た時はまだ半分くらいあったのに……もう無いやん!」


 なんかうちらの様子が変やってことは、高田さんにもわかったみたいやねんけど。それよりも亜夜子ママが酔いつぶれてしまっていたのでマリアの占いのことは後回しにして、とにかくママを座敷へ横にならせて休ませた。


********


 亜夜子ママが酔いつぶれて眠ってる間に、うちとオカンでマリアの占いのことを高田さんに説明すると、高田さんも少し青い顔をして真剣に話を聞いてくれていた。


「そういうことやったんですか。確かに占いは当たってるかもしれません。今日も知り合いが向こうから連絡をくれたんですけど。あんまり良い状況では無いそうなんです。それに、トルコまでは行けるようなんですが、シリアへは入国出来そうにないらしくてね」

「マリアの占いが当たってるってことやね。なんか、高田さんのこと占ってて死神のカードが絶対に出るみたいやねん」

「比奈! その人シリアに行かないみたい。死神が出なくなっちゃった。つまんないわ~。変わりに恋人たちのカードが出ちゃった!」


 高田さんは知り合いからの情報でシリアへ行くことを迷っていたみたいで、マリアの占いのことを聞いてシリアへは行かないことに決めたようだった。だからなのか? マリアがもう一度占うと、死神のカードの変わりに恋人たちのカードが出てマリアはつまらないと言って嘆いていた。


********


「ただいまー! 今日も暑かったわー! 外回りはマジで死ぬ」

「おかえりー! 宗ちゃんがそんなこというのめずらしいな!」

「僕もたまには愚痴りますよ! ほんまに今日は暑かったし、変な客の相手はせなアカンしで疲れました~」


店の戸を開けて宗ちゃんがこうちゃんと帰って来た。オカンから冷たいおしぼりを受け取りながら、宗ちゃんはYシャツのボタンを二つ外して座敷に座ってる美花ちゃんに向かい合ってこうちゃんと並んで座った。


「なんか、幸せそうな人たちばっかりになってきたから私は帰るわね。駅前で不幸な人を待ったほうが楽しそうやし」

「ほんまにマリアは不幸にしか興味ないんやから、おかしな占い師やでな! でも、今日は助かったわ! ありがとう♪」

「フフフ。たまにはこうやってお礼を言われるのも悪くないけどね。また、気が向いたら遊びに来るわ」


 マリアは居心地が悪くなったみたいで、こうちゃんたちと入れ替わるようにして帰ってしまった。抜かりの無いオカンは占ってくれたお礼やと言うてマリアから代金は受け取らなかった。亜夜子ママは閉店前に目を覚まして高田さんに抱えられて、幸せそうに帰って行った。


 そして、日曜日。うちも雅章さんと絵美里と久しぶりに幸せなデートを楽しんだ。


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