ドタバタ温泉旅行の巻
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火事で店が燃えてしまってから二週間が過ぎようとしていた。南公園の側の新しい店舗付き住宅の改装もだいぶ進んで。予定通り四月からは営業を始められそうでホッとしていた。空き家になるこの家には四月から私の市外に住んでる甥っ子の誠二に住んでもらうことに決まった。職場も市内やから誠二も快く引き受けてくれたので、安心して私らは新しい家へ引っ越せることになったというわけや。
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「オカン! 用意出来た?」
「バッチリやで! もういつでも出かけられるで!」
「ほな、出よか? きっとこうちゃんら、待ってるで!」
みんなで温泉旅行へ行くという私の提案に。店の常連のこうちゃん夫婦や宗ちゃん夫婦に健ちゃん父子も日をあわせてくれて、オトンとは現地で合流ということで、ちょうど私と比奈は戸締りをして家を出る所やった。
がんもとミケは一泊だけの旅行やから、若先生の病院で今朝早くから預かってもらっている。地元から一番近い温泉やから何かあってもすぐに帰ってこれるしね。がんもとミケのことやから、きっとどこででものんびりくつろいでると思うわ。フフフ。
「ママ~! だっこ~。だっこ~~」
「あー! 絵美里~。ちょっと待って。ママまだ靴履けてないねん」
「はいはい。ばあちゃんが抱っこしたる! おいで! 絵美里」
この三月で三歳になった絵美里は、だいぶ口が達者になったんやけど、まだまだ甘えん坊さんで、今は何かあるとすぐに比奈に抱っこをせがむから親の比奈は大変や。
泣いてる絵美里を私が抱っこして、あやして二人でバタバタしながら、なんとか家を出て急いで駅へ向かった。
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駅に着くと。やっぱり、こうちゃんたちが首を長くして待っていた。予定を組んだ時にこうちゃんから、レンタカーにしようと言われてんけど、「たまには電車もええやん」と、軽い気持ちで言ってしまった私のわがままで電車にしたけど。やっぱり、絵美里や桃香ちゃんのことを考えると、レンタカーのほうが良かったかもしれへん。
「おまたせー。ごめんなー! なんか知らんけどバタバタしてしもてこんな時間になってしもたわー。桃ちゃんは? 大丈夫か?」
「かまへんかまへん。桃は大丈夫や! 結構、朝からご機嫌さんやで! 絵美里のほうが大変ちゃうか?」
「へへへ。わかる? もう、うち。今からへとへとやー!」
私は待たせてしもたことを誤って、こうちゃんの娘の桃香ちゃんの様子を心配すると意外にも桃香ちゃんは、ご機嫌らしくて比奈がうらやましいと言ってすでに疲れ果てて顔を引きつらせていた。
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何度か電車を乗り継いで目的の温泉街へ着いたのは、昼を過ぎた頃やった。それでも、絵美里が電車の中から見える景色にキャッキャと声をあげて喜ぶのを見れて私は満足していた。
「オカン! 帰りは土産とか買うから荷物増えるし。やっぱりレンタカー二台予約しとくで! ええか?」
「うんうん! そうしてくれる? ごめんな。比奈がもうすでにヘロヘロやから、そうしてもらえると助かるわー!」
「こうちゃん。ありがとう~」
こうなることを多分、予測していたこうちゃんと健ちゃんが一緒に帰りのレンタカーを予約してくれていたので、比奈が少しホッとした顔をしていた。小さい幼児を連れての電車の乗り継ぎは結構大変なんよね。私は比奈を連れて旅行に行ったことが無かったから、今回。絵美里を連れて来て身にしみてよくわかった。
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部屋へ案内されて私と比奈が部屋へ入ると、すでにオトンが部屋でくつろいでいた。部屋は各自で別にしたけど、夕飯は宴会場を借りてみんなでワイワイ楽しもうということになっている。
「遅かったな! やっぱりちいこいのがおると、なんやら大変やったんちゃうか? 大丈夫か?」
「もう~! めっちゃ疲れたー。ちょっと横にならせて。オトン! 絵美里たのむわ~!」
「ごめんなー! 私が無理に電車でって言うたもんやから。比奈がもう絵美里に振り回されてヘロヘロやねん」
部屋へ荷物を置くと比奈は畳の上にそのまま倒れこんでしまった。
「はははは。そやから、ワシも車にせえって言うたのに。帰りは車にするんやろ?」
「うんうん。こうちゃんと健ちゃんが予約してくれてたわ」
私は仲居さんが入れてくれたお茶を座って飲みながら、オトンに電車の中での絵美里のはしゃぎっぷりを話してやった。十分ほどしてみんなが浴衣に着替えて部屋へ来て、さっそく温泉に入ろうと誘ってくれたのでみんなで浴場へ向かった。絵美里にも小さい浴衣を着せてやると嬉しそうにクルクル回ってオトンに見せびらかしていた。
絵美里の子守りが増えたので、比奈もだいぶ楽になったみたいで温泉に浸かって疲れをゆっくり癒していた。絵美里はオトンと健ちゃんが見てくれていたので私もほんま初めてこんな温泉にゆっくり浸かってのんびりさせてもらっていた。
「ええな~。ホッとするなぁー!」
「ほんまや。雅章さんもこれたら良かったのになぁー。ほんま、仕事人間やからなぁー」
一応、比奈の旦那の雅章さんにも声はかけてんけど。やっぱり仕事が忙しくて予定が合わなかったので、またの機会にと断りを入れてきた。
「亭主元気で留守がいいっていうし、ええんちゃう? 私はゆっくり羽が伸ばせるから有難いわ。へへへ」
「わっるい嫁やなぁー! 亭主は一生懸命働いてるんやからな! ちゃんと、感謝せなアカンで!」
「おーい! あがるで! 絵美里がのぼせるわ!」
「「はーーーい!」」
のんびり温泉に入って疲れを癒していた私と比奈は。オトンにあがるで~と言われて二人で同時に返事して顔を見合わせてクスクスと笑った。
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夜の宴会までには、時間があったので私とオトンは絵美里を連れてお土産を見て回ることにした。比奈は少し部屋で休みたいというのでそのまま放置してきた。好奇心旺盛な絵美里は目を丸くして、土産品を眺めている。
「欲しいもんあったら、じいちゃんが買ったるで。なんでも言えよ」
「ほんま? そしたら、これなんかどうやろ?」
オトンが絵美里になんでも買ったると言うてると、後ろからこうちゃんがオトンに向かって温泉饅頭を差し出していた。
「浩二は自分で買え! ワシは絵美里に言うたんや!」
「えええー! えーやん。温泉饅頭買うてえなぁ~!」
二人のやりとりはほんまにほんまの父子みたいで微笑ましかった。私がオトンとこうちゃんを見てケラケラ笑ってると、桃ちゃんを抱いた麻由美ちゃんが横でこうちゃんの後頭部を軽く叩いていた。
「絵美里ちゃんがポカーンとした顔で見てるで! 教育に悪いからやめとき!」
「イテテ。冗談やて、冗談。オレとオトンのコミュニケーションやん!」
麻由美ちゃんに叱られて、頭を撫でながらこうちゃんは少し舌を出して笑っていた。結局。オトンはその温泉饅頭も自分の土産と一緒に買ってたんやけどね。フフフ。
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辺りがすっかり暗くなって、そろそろ宴会の時間やと言ってみんなで旅館へ戻って宴会場へ行くと、ちょうど宴会の準備が整ったところやった。部屋で休んでいた比奈も来て、みんながそろったところでやっぱり乾杯の音頭はこうちゃんの役目やった。
「えーーー。それでは、今回はいつも休まず頑張ってくれているオカンの慰労会ということでオレたちまで参加させてもらいました。オカン! ほんまにいつもありがとう~! 店がリニューアルしても頑張ってください。それでは、カンパーイ!」
「「「カンパーーーーーイ」」」
「みんな、ありがとうな! ほんまにありがとう。リニューアルしたら、絶対また頑張るから……。ほんまありがとう!」
こうちゃんの言葉に私が少し感極まって涙してると、オトンが背中を優しくトントンしてくれてニィッと笑って頷いていた。
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私は人に作ってもらった料理なんか。毎朝行く『黒猫』のマスターにモーニングセットでサンドイッチを作ってもらうくらいやったから、次から次に運ばれてくる料理がこれまたどれも美味しくて。私は来年もまた来たい。と、こうちゃんらに声を大にして言うてみた。
「ええんちゃう? 年に一回慰安旅行っちゅうのも」
「そやなぁー! ええかも知れへんな! ここなら近いし」
「ほんまに? また、みんなが付きおうてくれるんやったら、来年もまた、温泉旅行を考えよう~。うれしいなぁ~」
こうちゃんたちも賛成してくれたので、私はオトンにも比奈にもまた来年来ようなと笑って約束していた。
宴会の途中で美花ちゃんが具合悪そうに抜け出して化粧室へ駆け込んでいた。私が気になって追いかけて行くと美花ちゃんはつらそうに食べたものをもどしてしまっていた。私は慌てて美花ちゃんの背中をさすってやってもしかしてと思って聞いてみた。
「もしかして? おめでたか?」
「そうかもしれへん。先々月から月の物が来てなかったし」
「あかんやん! 病院は? 行ったんか?」
心配したとおりでどうも美花ちゃんは妊娠しているようやった。私は、宗ちゃんを呼んで美花ちゃんを部屋で休ませるように頼んだ。妊娠初期に無理したら流産とかの可能性があるからね。
「ほんまですか? 赤ちゃん出来たんや!」
「まだわからんで! 病院へ行ってへんし」
「それでも、用心するに越したことないからな! お酒はアカン! ゆっくり部屋で休んどき」
美花ちゃんは渋々やったけど、宗ちゃんと部屋で休むことにしてくれた。私は仲居さんに事情を話して、口当たりの良さそうなものを後で部屋へ届けてやってくれと頼んでおいた。
「いよいよ美花ちゃんもお母さんかぁー。凄いなー」
「結婚してもうすぐ一年やからな。ええ感じやん」
「桜絵ちゃんとこが、もうそろそろ生まれる頃やからな!」
店がリニューアルしたら赤ちゃん連れが増えるねと比奈と麻由美ちゃんが顔を見合わせて笑っていた。その後は、小さい幼児も連れてることやしと宴会は早めに切り上げてみんな部屋へ戻ってゆっくり休むことにした。
翌朝。少し土産屋を少しまわってから、予約していたレンタカーで無事にみんなで帰路へ着いた。車の中からの景色を見ても。絵美里はキャッキャと嬉しそうにはしゃいでいた。