第一章 人格破綻者と笑えない僕 -間1-
こんな夢を見た。
僕の前に、一人の男が現れる。表情は読み取れないが口角を上げているようだ。その笑みはどことなく僕には不快に感じられるのだが、不思議なことに夢の中で僕が演じている役の存在は、男の笑みを見て微笑んでいる。
夢の中で僕はその男に弄ばれていた。
そのことが僕自身にはとてつもなく不快なのだが、僕が演じている夢の中の存在はそのことに快楽を感じているらしい。どうしようもない変態だ夢の中の僕。
この夢を見たのは初めてのような、そうでないような気がする。夢の中ではあるが、妙な現実感がある夢であった。にもかかわらず、この夢が現実の何かをモチーフにしているとは到底思えないのだ。
その最たる理由は、男の持っている機器だった。どうみても水晶玉にしか見えないものを、妙な石に組み込み、その機械を寝室に男が設置している。そして、別のレンズのようなものが、機械音を立てて動く。まるでビデオカメラのようである。
…そうか、これはカメラなのか。僕はなんとなく思った。その機械は現在存在するいかなるビデオカメラとも違う。にもかかわらず僕は理解してしまった。要は録画がしたいのかこの男は。そして、よりによって夢の中の僕は自分たちの行為を録画されることに快感を感じているのか。
夢の中にもかかわらず、僕は吐き気すら感じた。不快感がこの上ない。しばらく痴態と嬌声を「自分自身が」上げているのを見ているしかなかった。何の抵抗もできない。一体何なのかわからないが、とにかく早くこの悪夢が覚めてほしかった。
悪夢は終わらない。それどころか別の女たちがやってきた。服を着ていない。寒いのではないかと思ったが、部屋には寒さを感じない。自分も服を着ていないが、別に寒くはない。むしろ快適ですらある。温度調整機能もあるらしい。その機器となるのが、天井からつりさげられているミラーボールのようなものだ。明りと空調を兼ねているらしい。
しかしそれにしてもだ、この悪夢にはいくつもおかしな点がある。まず第一に僕は21世紀の日本を生きているので、このような光景を見たことがないことだ。この魔法文明だか別の高度文明だかは知らないが、少なくとも自分たちの痴態を録画できるほどろくでもない方向に進歩している文明、これを僕自身は知らないのだ。映画やアニメのようなものですら、このような光景は見たことがない。
第二に、僕自身はこのような男となんら接点がないし、何より女たちがこんなに複数やってきて嬌声を上げるような光景も見たことがない。さらにこのようなものを、少なくとも自分が望んでいるとは到底思えない。にもかかわらず、僕がこのような夢を見ているということだ。これは単なる僕の妄想なのか?
いや…たぶん違う。何らかの理由で僕はこの情報を知ったのだ。TVで見た?違う。本で読んだ?それもありえない。石に水晶をはめ込んで録画するというのはどういうメカニズムだ?少なくとも僕の知る限り、そのような文明が地球上にあったという記録はないはずだ。
地球…地球なのかここは?そもそもこの夢の中の存在は人間なのか?…皮肉なことに地球であるかもしれないヒントを一人の女が持ってきた。上半身裸であるが、どうもこの女は夜伽の相手ではないようだ。
…女が持ってきたのはトウモロコシである。ここは古代アステカかマヤか、ともかく中南米である可能性は高そうだ。トウモロコシを受け取ると、男はおもむろに食べ始めた。そして何かをつぶやいた。上半身裸の女は寝室から出て行った。
この男は王かもしくはそれに類する存在であろう。それなら女くらい複数侍らせてもおかしくはないし、さらに部屋に空調くらいついてても問題ないだろう。
…いやいや、おかしいって。古代アステカに自撮りAVがあったなんて話は聞いたことがないし、万が一そんなものがあったらモーとかでとっくの昔に取り上げられているはずだ。さらに古代アステカに空調や照明があるのも変だ。というより王が自撮りAVを作製するというもの変な話だ。この男、一体何者なのだろう。
と、ここまで来た時、不意に男が恐ろしい形相でこちらを見た。
僕は思った。まずい、気づかれた。だが、次の瞬間には男はもとの顔に戻り、下卑た笑みを浮かべつつ僕や他の女たちとの行為に没頭し始めた。そして、一連の行為が終わった。僕はほっとした。
…それがいけなかったのだろうか。男がまた先ほどの形相でこちらを見る。
その次に男が僕に何かを話しかける。言ってる意味がわかるわけないだろ、と思ったが口と言葉がまったく合っていない状態で、男が考えていることが伝わってきた。
「貴様…見ているな」
どこかの吸血鬼の言葉だろそれは。周りの女たちが恐怖の形相におののいている。古代アステカだったら心臓えぐり位されるかなぁ、と僕が思っていると、
「なるほど…そうなっているのか。面白い」
男が言っていることが今度はわからない。まさか心でも読まれたのだろうか。読んだのがどこかわからないが、読んだならきちんと何ページの何行目位を読んだのか言ってほしい。次はのりづけしとくから。
「…ククッ…面白いな。つくづく面白い…」
まさか心の中のボケが受けるとは思わなかった。水島だったらもっとこいつを効果的にいじれるのじゃないかと思った瞬間。
「…なんだ…貴様ぁ!馬鹿にするなぁ!!」
急に男がキレる。あいつをイメージに出したのが原因だろうか。いや別に僕あいつと何の関係もないし、何よりあんたさっき散々僕にあんなことやこんなことしてたじゃん。なんなの。
「ん?戻ったかと思ったが戻ってないのか。仕方ない。中途半端な状態では役に立たん。お前はまだ目覚めていなかったのか…」
そういうと男は何やらぶつぶつ言いだし、そして今度は僕が夢の中で眠りにつくことになった。おいおいさっき散々あんなことやこんなことしといてまだ睡眠プレイとかやるの?プレイの幅広すぎの上頑張りすぎだろ古代人。
「…うっとおしい思念だ…神に対する冒涜…いずれ…」
…とここで目が覚めた。
一体なんだというのか、この夢は。神に対する冒涜とか古代人が言っていたが、あれはどういう意味なのか。そもそも人間が神を名乗るとか、おこがましいにもほどがあると思うのだが古代人。
妙に濡れた下着を見つつ、僕は古代人がいろいろと気持ち悪い奴だなぁとしか感じられなかった。大体お前のものになった覚えはない。人間が自分から神を名乗るなど、よしんば神に近い力があったとしても、そいつは許されることではないだろう。人が名乗った神など僕は神と呼びたくない。そういう奴は「偽神」とでも呼んでやることにする。
とにかく、今の僕にできることはくそったれの偽神のせいで濡れた下着を選択することくらいだ。僕は深くため息をついた。