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ヤルダバオトは眠らない  作者: 羽賀智基
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第一章 人格破綻者と笑えない僕 -2-

それにしても、何がどうなったら波動カウンターとやらを破壊炎上できるという、闇の波動とやらを発生させられるのだろうか。僕はこのおかしな男へのいらだちを隠せない一方、この男が人を妙に引き付けられる部分を持っているように感じた。


「…闇の波動って何なんですか!そもそも波動って物理的な波なんですか!」

「それだよ」


檻の向こうの猛獣の目をした男がぽつりという。


「波というからには、何かを伝達することになる。何かを伝達するというのなら、何らかの方法でその波とやらを検出できるはずだ」

「…はい」


僕は思わず、帝都大にいたときに何度か授業を受けたとある物理学の教授のことを思い出していた。あの教授に付き合わされていた刑事さんたちって大変だったろうなあ…どこか他人事のように感じるが、まぎれもない現実だ。


「そこでだ」


猛獣は頭を軽くかきながら、檻の中をうろうろし始める。この檻はこういう社会不適合者を収容するためにあるのだろう。


「とあるエステティックサロンの店長が、ある機械を買わされてしまったんだ。それが件の波動カウンターってやつだ」

「なんていうか胡散臭い名前だな」


リーダーは野獣の方を見た後、不意に僕の方に向き直る。な、どう思う、とでも問いかけるような顔をしている。


「実際、うさんくさいのは名前だけではないだろう。どういう機能があるのかを営業マンに聞いてみたんだが、人体から放出される波動を測定するっていうことらしい」

「どんな波動を放出するんでしょう」

「それをいろいろ聞いてみたんだけどな。最初は光だ、とか言い出すんだ。光を放出っておかしい…ってこともまぁないのか。赤外線だとするなら。ということは赤外線カメラですかって聞いたわけだ。そうすると違うっていう」


魔獣の咆哮は止まらない。おまわりさんたちが胡散臭いものをみる目でこっちを見ている。そんな目で見ないでくださいお願いします。


「ではどんな波長か聞いてみた。何ナノメートルの波長なのかを。可視光とかだったらびっくりするから。そうすると、答える気はない、ときたもんだ」

「…そういいたくなる気持ちはわからんでもないな」

「こっちとしては聞くこと聞けないんで消化不良で困ったわけだ。仕方がないので店長と営業マンがいないうちに、こっそり中をあけてみた。すると電流テスターとよくわからない機械が入っていた。何のことはない、電気調べてたのかと」


おいおいそれはおかしいだろ、と僕は少し心の中で思った。勝手に機械ばらしたりしたらクーリングオフだって効かなくなる可能性は高い。


「それで、次に営業マンがやってきたときに聞いたんだ。これは電気抵抗を調べていたんですかと。またも違うっていいだす。では何だっていうとだんまりで、とうとう営業妨害だとか言いだした。自分としてはわからないから聞いただけなのに営業妨害とか言われると心外だ」


…それはもう完全に営業妨害だ。リーダーはというとにやにやしている。な、こいつ面白いだろ、とでも言いたげな顔だ。面白いかもしれないが、胃が痛くなるのは絶対僕だ。


「で、結局もうこれクーリングオフでいいんじゃないかという話を店長としたんだ。そうしたら営業マンが逆上して、波動のことを何もわかっていない素人とか言い出したんだ。だからその波動って何なんだよ。縦波なのか横波なのか、媒質は何でエネルギーソースは何だよと。そうしたらだ」


不意に、珍獣がにやりとわらった。悪い笑顔、というものがマンガの表現などであると思うが、大体そんな感じだ。この人絶対悪いこと考えたなぁ、みたいな。


「急に営業マンが、あなたから闇の波動を感じるとかいうんだよ。そんなにいうならその波動カウンターで測ってみろよ、と言ったんだ。そうしたら、よくわからないけど突然マイナス方向にメーターの針が振れたんだ」


あーあ。小さな声で僕はつぶやいた。そんなことをするからこの頭のおかしな男にひどい目にあわされるんだろうなぁ営業マン。おまわりさんたちは遠くの方でこちらをちらちら見ている。


「中をみたときによくわからないコイルが存在したが、どうやらそこで電磁波を感知して、何らかの方法で針をマイナスに動かすことができるようだ。そこでいったわけだ。マイナスの波動とやらはこんなもんでは済まないぞと」

「で、一体何をしたんだ」

「次に営業マンが来た時、クーリングオフするしないでまたもめたわけだ。そこで、自分がこっそり仕込んでおいた電磁波照射機、といっても廃品の電子レンジをばらしただけだけの代物だが、こいつを機械に向けて照射しつつ言ったんだ。闇の波動の真価を思い知れ、と」


もう何だかいろいろ痛い。こんなのと一緒に仕事とか絶対に無理だし、仮に仕事になったらいろいろ後悔する。


「…ちょっと針がマイナスに振れればいいなあと思ったんだが、何故か機械が炎上して正直びっくりした」

「…やりすぎだろ」

「さすがにやりすぎたと思っている。今は反省している。だがちょっとすっきりした」


僕は頭を抱えた。もういろいろ駄目だこいつ本当に早く何とかしないと。


「結局自分がその代金は支払った。ただ、営業マンはどうにも俺のことが許せなかったらしくて、それで警察に通報、器物破損で書類送検としたかったんだろうけど、すったもんだがあって」

「まだ何かやったのか」

「警察だってこんなのでいちいち動きたくないだろうし、民事不介入を貫こうとしていたようだ。そうしたら今度、営業マン、放火したと主張しだしてな」


なんだか順番がおかしいような気もしてきた。大体機械に着火したのは事実じゃないのだろうか…少なくとも過失ではあるわけで。


「それでこっちもおさまりがつかないんで、闇の波動で燃やしてやった、といったら警察のお世話になってしまったと」

「お前は頭いいかもしれないけど馬鹿だな」


リーダーの感想にはつくづくうなづかされる。


「しかしそれにしたって、そんな胡散臭い商品売る側が警察に行くもんなんですね」

「いや、そういう奴らほど法律とかよく読んでいるからな。結局のところ、法律ってのは詳しい奴の味方だってことだ」


僕はもう一度、荒ぶる獣、じゃなかった同僚(予定)の方を見てみた。少しは落ち着いたのだろうか。


「それで、わざわざこんなところまで来たのは何でです」

「そりゃ、君のことを水島の家から頼まれてるからな」


露骨に男が嫌な顔をした。家のことは関係ないだろとかぶつくさ言っている。この男、実家との関係はあまりよろしくなさそうだ。


「あの、水島の家って…」

「あぁ知らないのか。水島君の家はな、水島寒月先生、って聞いたことあるか」

「あの『首くくりの力学』の?」

「知ってるのか。そこの一族でな。代々学者の家系という人たちなんだが…」


水島はリーダーの方を一瞥したが、目をそらして黙り込んでしまった。


「彼も一応帝都大出てるんだがなぁ…」

「生物系でDもとれなかった未熟者だけどな」


いろいろあるんだなぁ、とだけ僕は思った。

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