第一章 人格破綻者と笑えない僕 -15-
会社に帝スポ…帝都スポーツを持ってくる人間について、皆様はどう思われるだろうか。おそらく僕と同意見だろう。おっさんか。競艇でもやるのか。エロページでも読むのかと問い詰めたい。少なくともそれは業務で使用する環境に持ち込むべきものではない。
大体トップページの見出しが
「エイリアンから覚せい剤検出…か?(この部分はおり返される)」
だぞ。どこから突っ込めばいいんだ。突っ込み疲れで有休取りたくなる。
しかし水島、そんな僕の気持を横に帝スポの後ろのページから読み始め、そしておもむろに記事を切り抜き、そして…捨てるのかと思ったら今度は連絡先を切り抜き…今度こそ捨てた。
…どういうことだ?さすがにその行動に意味がないとは思えない。仕方がない。帝スポを職場に持ち込む奴にこちらから意見をうかがうのもなんだが、聞かない方が気持ちが悪い。
「水島さん」
「ん?」
まるで普通の作業を終えたみたいな表情でこっちを向く水島。それは帝スポ切りぬいた奴のする表情じゃない。ここがモー編集部なら通常業務だと思うが…
「今切り抜いた記事ってなんです?」
「あぁこれか」
そういうと水島、何故かこころなし誇らしげに記事を見せる。どこか腹が立つ部分がないわけではないのだが、そうまでされると見たくなるのも人情だ。何々…
遺伝病の患者 完治 宗教団体発表
…?? どうなってるんだこれは? 遺伝病が完治だと? ありえない…そんなことがありえるわけがない。ご存知の方も多いと思うが、遺伝病というのは生まれ持った遺伝子そのものに、ある種の問題がある病気である。大抵は特定の遺伝子に変異があることが原因である。遺伝子は体の全細胞に存在するのだから、全ての細胞に問題が含まれている、といっても言い過ぎではない。
遺伝病を治療する方法というのは、20世紀末にはもうすでに実現している。ウィルスベクターを用いて、遺伝子を送り込むという方法である。しかしこの方法は万能というわけでもない。送り込みたい遺伝子が別の遺伝子を壊すことさえある。その場合細胞が破壊されれば問題はないのだが、悪影響がないとはいえない。
もうひとつ、研究途上の方法ではあるが、ゲノム編集という技術を用いる方法も存在する。遺伝子上の特定の並びを切断し、切断した部分に違う情報を挿入する方法である。この方法なら、特定の遺伝子を本来あるべき姿に修復できるという。…いずれにしろ宗教団体が関係することではないと思われる。
「…どうせやらせとかそういうものじゃないんですか?」
「甘い。甘すぎるぞ。そんなことならいろんな怪しい団体が主張しているじゃないか。だが実際には遺伝病を治療するなんてことは、無理だ。しかし」
そんな誇らしげな顔をされても何にも出せないぞ。正直なところ子供だよねこの人。僕の顔にそういう風に書いてあったのを感じ取ったのか水島、少々真剣な表情になる。
「今回の件がこれまでと一線を画してるのは、遺伝子そのものを調べてみたら…遺伝病の原因遺伝子が組み換わっていたことだ」
「…え? そ、それって」
「そうだ」
水島、おもむろに記事の後半に指をやる。
「わざわざ遺伝子検査の会社に遺伝子を送り付け、実際にくみ換わっていたことを証明してみせるというアピールをやらかしたんだ、件の宗教団体」
「でもそんなの、偽装する方法なんていくらでもあるでしょう」
「施術前の遺伝子セットと、施術後の遺伝子セットで、遺伝病の遺伝子以外が組み換わっていないとしても、か?」
そんな悪い顔されても、いろいろ怖いのでやめてほしい。だが、水島の気持ちもわからないでもない。人の遺伝子全てを調べて、特定の遺伝子だけが組み換わっていた、と主張するためにこれほど強烈な証拠品はない。
「それもよりによって、患者本人を連れていき、遺伝子をわざわざその検査会社に採取させ、施術後にもう一度同じことをしたっていうんだから…まぁそれにしたって細工できなくはないかもしれない。一卵性双生児を使うとかな。…それでも3組やるとなると、さすがに難しいんじゃないか」
…これは黙ってお… いや…
おそらく、本当に遺伝子を操作する技術があるのだ、この宗教団体。というより宗教団体名乗るなお前らといいたくなる。
「まさか、本当に遺伝子を操作できるってことですか、その宗教団体」
「おそらくな。…俺たちも見てきただろ。人間の遺伝子を操作することができる奴がいないわけじゃないことはよくわかってるはずだ」
確かにその通りだ。巨乳化したりハゲ治療したりというふざけた奴だが、やっていることはほぼ同等の内容だ。それぞれが別々の事件の可能性ももちろんある。だが…少なくとも関係はあるかもしれない。
「どうします、その宗教団体…調べた方がいいですか?」
「いいですか、というより調べるべきだろうな」
リーダーがいつの間にかやってきていた。
「おはようございます」
「おはよう。…いうまでもないことだが、これからが本番になりそうだな」
珍しく真剣な顔をしている。宗教団体を相手にするというのはなかなか骨が折れそうだとリーダーも感じているのだろう。
「それはそうと水島」
「なんだ」
「帝スポは経費では落ちないぞ」
そういうと、リーダーはくしゃくしゃの紙を水島に渡した。
「…くそっ」
「しかし一体どこでそんな情報を入手した?」
「くろちゃんねるだ。あそこ見てたらたまたま、帝スポにそういう記事が出てることを知ったんだ」
よりによってそんなもの見てるのか…と言いたいところだったが、おそらく僕やリーダーではたどり着けなかっただろう。なるほど確かに水島はこの組織に必要なのかもしれない。非常識人が必要な組織ってどんな組織だ、少々頭痛がする。
気付いたのか 意外に早かったな
…頭の中の声が増えている気がする。