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ヤルダバオトは眠らない  作者: 羽賀智基
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第一章 人格破綻者と笑えない僕 -14-

「きゃああぁあぁぁ!見るなぁ!」

「うわあああぁぁぁ!」


皆様に聞きたい。この悲鳴をきいてどっちの性別が見られる側で、どっちの性別が見てしまった側だと思われるだろうか。


「きゃあって何ですかきゃあって。女子高生だって今時そんな悲鳴あげませんよ!」


そう、正解は見てしまったのが僕で、見られたのが水島というわけだ。

…何が悲しくて好きでもない男性の全裸見なければならないんだよ僕。そもそも一人称が僕ではあるが、あいにくそちらの趣味もない。でも結構いい体してたしでかいな。


「何まじまじ見てるんだよ!閉めろ!ドア閉めろ!つーか寒い!」

「すいません…って何でこんなところにシャワー室があるんですか!」

「連休中にできたんだよ!わかったら閉めろ!」


そういうことになった、のか。職場に住むというのは非現実的というかなんというか…そもそも一般的なオフィスは住むように出来ていない。水島家ってなんなんだよ。何がしたいんだよ。


連休中に起きた事件のことを思い出すと憂鬱な気分になる僕だが、この馬鹿な騒ぎで若干憂鬱な気分が晴れたのは少しは感謝しなければならないのだろうか。

…しばらくして水島がバスタオルを腰に巻き付けて出てきた。


「服着てくださいよ」

「持ってくるの忘れたんだよ」

「大体朝風呂に入るってどういうことですか。夜入ればいいでしょうが!」

「朝シャワー浴びたら気持ちいいだろう」


いいから早く服を着ろ。僕は目で命令したが、残念ながら僕の目には強制的に命令を執行できる機能はない。水島はゆっくりと、自分の部屋の方に何事もなかったかのように入っていった。


「まったく」


僕はそれだけ口にすると、持ってきた土産のきび団子の包みを解き始めた。


---


リーダーもやってきたので、僕らは連休前に行ったジェネシスウェルネス社での調査内容を簡単に報告した。といっても、おそらく彼らも被害者側だ。一方、僕があったことがある謎の女、霧島佳那は重要参考人だ。加害者メンバーである可能性もある。


「霧島佳那は東京にいる可能性があるのか」

「はい」


僕は電車内のことを思い出していた。もう一度たどり着けなければやりなおせ、まったく意味がわからない言葉だった。僕たちはそもそもたどり着いたのだろうか。たどり着いたとして、もう一度とはどういうことなのか。


「といっても地下鉄に乗っていただけですから、どこにいるかまではわかりません」

「23区から他県に移動した可能性もあるな。バイオ系ベンチャーもあちこちにある」

「霧島佳那はバイオ系の経験者ではないだろ」


そこである。発見されない遺伝子導入ベクター、バイオ知識がなさそうな経歴の女性によるバイオテロ…何かがずれている。意図的にずらされているのだろうか。


「そうだ。君らがジェネシスウェルネスに行っている間に私もある人物を訪問していてな」

「誰です」

「例の旦那だ」


リーダーはどうやら、件の巨乳事故を引き起こしてしまった旦那の収監されている留置場を訪ねたらしい。警官たちは水島がいなくてホッとしていたことだろう。


「本当のところはわからないが、多分あいつはシロだと思う」

「何故です」

「何にも知らないんだ。遺伝子関連の知識ってものがないんだろうな」


それは仕方がない。高校時代生物選択した僕だって、大学に入ってからはせいぜい教養クラスで学んだ程度だ。よほど興味がない限り、それ以上勉強しようなんて発想は浮かぶまい。


「そもそも口腔粘膜をとるのが大問題だってわかっていなかったくらいだ」

「え?」

「口の中にある何かで判定するのだろう、くらいに思っていて、全ての遺伝情報が丸裸になるなんて知らなかったようだ」


…無知とは、時に罪であると思う。


「知らなかったとはいえ、後悔していたようだ。軽い気持ちでやったことが…ってな」

「それはまぁ…後悔してくださいとしか言えないですね」

「結構言うなぁ」


それくらいは言ってもいいかもしれないんじゃないだろうか。水島は女ってこわいなぁって顔でこっちを見ている。そんな目をしないでくれ。悪いことしなければ責めるつもりもないんだから。


「結局旦那の方からはろくな情報が得られなかったってわけさ」

「想定の範囲内だな」


どこぞのIT企業家かお前は、と心の中で僕は水島に毒づいた。

…いずれにしろ、こうなるとあとは霧島佳那の調査を警察に依頼するしかないだろう。水島が新世代シーケンサーで依頼した受託解析(ってんだっけ?)の結果もまだ出ない。ひとまずこの件についての調査は一時中断ということになりそうだ。


「今のところはこの件に関してはできることはないってわけだ」

「そうだな。何心配するな。仕事は山のようにあるから安心しろ」

「全然安心できません」


やれやれ。リーダーが持ってきたファイルの分厚さに、僕は少しため息をついた。羊が踊る冒険だっけ。そういえば図書館で借りてまだ読んでいなかったな。安心できないのは僕だけではなく水島もだった。当たり前だ。


「ふと思ったんだが」

「ん?どうした」

「遺伝子改変テロみたいなのが他にもあった、っていったよな」

「あぁ…髪の毛が生えてきた事件ですか」


水島が眼光鋭くファイルをにらむ。そんなににらんでもファイルはどうにもならないとは思うのだが。


「他にもあったりしないよな?」

「さすがにないと思うんですが…この中にあるかもしれないってことですか」

「…あるかもしれないな」


それから僕らは、ファイルを調査しながらレポートを書きつつ、僕が買ってきたきび団子を無言でつまむのだった。


  あまい うま


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