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ヤルダバオトは眠らない  作者: 羽賀智基
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第一章 人格破綻者と笑えない僕 -13-

僕は久しぶりに実家でごろごろしていた。

いいじゃないかごろごろしたって。なんだかんだでこの1カ月は疲れることが多かったんだから。いきなり出向ってのは正直どうなんだと思う。


結局あの女性…霧島佳那とは何者なんだろう。


彼女がこの一連の事件を引き起こしたのだろうか。…いや、それはないはずだ。

経歴が詐称されていないならという前提だが、彼女は遺伝子工学のノウハウなど持ち合わせていないはずである。仮に遺伝子工学のノウハウを持っているとして、ではどこでそれを学んだ?


少なくとも、彼女が生物学を学んでいたという情報は僕たちは入手できなかった。ならば共犯者がいるのだろうか?その場合誰が、ということになる。仮に存在するとするならばだ、少なくとも僕らはその共犯者について何もわかっていない。


それより何よりだ。何故僕を知っている。

僕は彼女を…いや、夢のことは置いておこう。夢のことまでカウントするとなると、胡蝶之夢の例えではないがそもそも僕は誰だ、という話になってしまう。アイデンティティは何者だ。僕こんな僕イヤだ。


どうも引きこもってごろごろしていると気分が悪い。久しぶりに自転車で外出でもしてみようと思い、僕は母に出かけてくると告げて外に出た。


五月の日差しは想像以上に強い。…日焼け止め塗っとけばよかった。

日陰を探しながら自転車をこぐ。緑が生い茂る山の間を駆け抜けるのは気持ちがいい。子供のころ自転車でかけ下りた時にはこんなになだらかだと思わなかったのだが…僕も少しは大きくなっていたんだ。


ふと思った。神社だ。


子供のころ見たあの神社の、あの御神体。今もあそこに安置されていることは間違いない。理由もなく僕は御神体が見たくなった。…いや、理由もなく、ではない。どうしても見たくなった。


自転車で神社まで一気に駆け抜ける。息が荒れる。服がべたついてきた。こんなことならスポーツブラにしておけばよかった胸が痛い。僕はなんでこんなにも衝動に駆られているのか。


この時僕は、自分の行動がおかしいとまったく気が付いていなかった。


---


神社には誰もいなかった。普段はさびれた神社である。こんな真昼には誰もいないのもおかしくはないだろう。毎朝地元のお年寄りたちが掃除をしていることもあり、掃き清められている。心が落ち着く場所だ。


それなのに僕の衝動は小さくならない。鼓動が大きくなる。…みたい。


そして僕は本殿の前に足を進めた。普通だったら鍵がかけられているし誰も入ることも見ることもできない。そのはずだったのに…


  何故か カギが開いていた。


僕はこのとき御神体が見られるということでわくわくしていた。夏になれば見られるものなのに、何故ここまで心惹かれるのか。


靴を脱ぎ昇殿する。あった。御神体だ。一見すると水晶玉のような、そんな形をしているが、よく見ると内部に模様がある。CDやDVDの裏側みたいな虹色の縞模様が形成されていてとてもきれいである。


さて、ここからどうしよう。


子供の頃のことを思い出した。あの時僕は懐中電灯でこれを照らしたのだ。それに類するものは…あった。携帯だ。最近のスマートフォンには何故か懐中電灯のLEDが搭載されていて、しかも結構強力な光を放つ。


よし、あの時の続きだ。…不意に僕はこの行動を止めるべきではないかと思った。不法侵入じゃないか。僕は一体何をしているのか…しかし僕の手はまるで自分の手ではないかのようにLEDを御神体に向けてしまった。


  あ 


---


気づいたら僕は倒れてしまっていた。一体何があったのか。時計を見てみると…1時間はたっていたようだ。僕は何をやってしまったのか。


  また 


奇妙な言葉が脳裏をよぎる。侵食されている?御神体にむやみに触れたことで神罰でも下ったというのだろうか。


  程遠い 完全 過去の私には 適合率61.89%… いあ


「うあああぁぁああああぁぁ!!!」


僕は一体どうなってしまったのか?おかしい。心の中に自分でない誰かがいる。かつてそう思った時をはるかに上回る情報量が脳内を駆け巡っている。頭が割れるように痛い。這うようにして本殿を出る。かろうじて靴を履いたところで、僕は手をついてしまった。


「おやまぁ…箱崎さんとこの…のぞみちゃん?」

「え」


近所のおばさんがたまたま神社に通りかかっていた。


「ちょっとあなた大丈夫?酷い顔してるじゃない」

「あ… ちょっと暑さにやられちゃって… 」

「ダメよ若いからって無理しちゃ。最近はとんでもなく暑くなってるんだからね」

「はは… …はい」


僕は力なく笑った。それにしても不法侵入がばれなくてよかった。ばれたらいろいろと問題になるだろう。


結局そのあと、親に連絡して車で迎えに来てもらってしまった。

家族はみな僕のことを心配してくれていたが、そのことが僕を余計に心苦しくさせた。神社になんか行かなければ


  いずれ行く必要があった


…行かなければよかった。そうだ。


---


父親が伝統の一戦とやらを見ながらビールを飲んでいる。僕はその姿を見ながら…


  結構薄いなこのヴィジョンは


増えた心の中の声を押し殺していた。

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