第一章 人格破綻者と笑えない僕 -間2-
職場から帰る地下鉄の中で、僕は少しうとうとしていた。
いつ眠ってしまったのかはわからない。春眠、暁を覚えずとは言うが、夕焼けも覚えないんじゃないだろうか。車両の中が暖かいのは暖房のせいというわけでもあるまい。
また、夢を見ていた。
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やや濃い栗色の長髪をした、美しい女性が自分の目の前に立っていた。
クールな印象を受ける目だが、決して細いわけでもなく吊り上ってもいない。
あぁ…眼の色でそういう印象をうけるのか。どこでこのような美人に出会っただろう。件のシルバネーゼも美人だとは思ったが、こちらは10人いたら10人が確実に美人だと断言するレベルである。女性はうっすらと笑みを浮かべている。
黒い薄手のドレスのような服を着ているから、体のラインがくっきりとわかる。体の方も申し分ない。でかいしくびれている。シルバネーゼほどの身長ではないが、にもかかわらず脚長い。彼女と僕が同じ人類とは思えない。
「あらぁ…相変わらず面白いこと考えてるわねぇ」
「あい…変わらず??」
相変わらずといわれても困る。僕にはこんな美人の知り合いはいない。しかも向こうの方はこっちのことを知っているようだ。どういうことなんだ…どこで会ったか見当もつかない相手が、一方的にこっちのことを知っているとか、ストーカー的で怖い。
「あなた…私のこと忘れちゃったのぉ?」
これほどの美人なのに、何故か微妙に語尾を伸ばすのは何故なのか。…ふと、思い出した。この前の夢で見た。前回はそんなに近くにいなかったからちらっとしか見てはいないが、おそらくそうだ。
「思い出したぁ?って…あなた…誰?」
誰といわれても僕は僕だ。それ以上でもなければそれ以下でもないし、僕は僕であり続けたい、そう願う。
「…どうして… あの子があなたの中にいるのぉ?」
そういわれても意味がわからないし、僕の中に人なんていない。中に誰もいないのでお願いだからおなかとか切らないでください。
「あら… ずいぶんと、嫌われたものねぇん」
嫌うも何も夢の中でしか出会ったことのない人のことを、どうも考えられないだろう。美人というのは難しい生き物だ。
「ふふ。 目を開けなさぁい。面白いわよぉ」
…何を言っているんだ?僕は、目を…
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「ぃっ!!」
人間、びっくりすると声を十分に出せないものである。
僕が電車で座っている席の目の前に、夢の中の、美人が、夢の中とまったく同じ笑みを浮かべていた。
馬鹿な…ありえない。いや、待て、順序が逆なんじゃないか?これだけの美人なのだから、どこかの事務所に所属していても出るか何かをやっている可能性は高い。だからこの美人を雑誌で見た。…言うほど雑誌買わないんだよな僕。ではTVで見た?TVもあんまりみないし…最近だとAV女優とかも美人多いよな。大体前回の夢ではこの美人全裸だったからそっち系か?そもそも僕AVなんか見たことないぞ。
「残念ねぇ… 全部外れよぉ」
だから心の中を読まないでくれ。こっちはおこった出来事を整理しようとしているんだから。
「ではあなたは誰なんです?」
「それは、秘密よぉん」
秘密かよ。こっちはそっちの体くらいしかしりゃしない。どっかの温泉かどっかで体でも見たのかもしれないが、だからと言ってそこまで記憶に残すなんてことだったら僕は男子中学生と同じ思考ってことになる。
「でもねぇん、あなたに、忠告しにきたのよぉ」
「忠告?何をです」
「それはねぇん」
そういうと美人さん、僕の耳元に口を近づける。なんかエロいなおい、息がかかるけど残念だが僕はそっちの趣味はない。
「あなた…私たちと、来なさい、来ないと…大変なことになるわ」
「はぁ?何で急に行かないといけないんですか」
「…何も、思い出さないのぉん?」
美人さんが眉をひそめて、ため息をつく。そんなこと言われたってこっちは本当に何も思い出せない。夢の中で見た、というだけの関係では正直なところ将来をあづけるなんて怖くてできはしない。
「残念ですけど…殆ど何も」
失敗した からな
「失敗だったのぉん?やりなおす?」
「 それは どうだろうね 」
…僕は何を言っているんだ?何を考えているんだ?失敗?何のことだ?さっぱりだ。一体僕は何に巻き込まれているんだろう。誰か教えてくれ。
「あと一つ忠告しておくわぁん」
「怖いのでやさしくお願いします」
美人さん、笑顔なのに恐ろしい形相をしている。なんで僕は震えているのだろうか。
「あなたたち、いずれ私に行きつくわぁん。でもね、それだけじゃ駄目よねぇ」
「…え?え?」
「私に行きついて、もう一度私に行きつくのなら、少しは認めてあげるわぁん。でも、そうでないなら」
本日一番恐ろしい形相を美人さんがした。
「やりなおしなさい」
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ふと気がつくと、僕は電車の中の同じ席にいた。あれ、どこから夢だったのだろう。どこから現実だったのだろうか。そもそも、僕は美人さんにあったのか?考えると頭が痛くなってきたので、僕はもう一度電車の中で目を閉じようとして…乗り過ごしたことに気付いた。