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ヤルダバオトは眠らない  作者: 羽賀智基
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-序- 「僕」が生まれた日

僕、の最初の記憶はいつのものだろう。

あれはそう、社に祀られている御神体を子供だった自分が見ている記憶だ。


いつからか、僕は自分のことを僕というようになった。恥ずかしい話だが、結構な年齢になっているというのに、未だに止められない。悪習というものはなかなか止められないものだ。おっと。

ともかく、僕の最初の記憶は、揺らめく炎の光が透明な御神体を通して不思議な模様を壁に描き出している、それをきれいだなぁというだけではなく、「守らなければいけない」、と思ったことだ。


僕が、その光を守らなければいけない。


御神体を見るたび、不思議とその感情は強くなっていくのだ。

あたかも子供を守る母親のように、愛する者を守る家族のように、そう、思えるのだ。


僕以外にも御神体を見守っている村人は、実に多数いたのだ。

かなり以前から限界集落だ何だといわれていた僕の出身の村だが、その村の心のよりどころには御神体があった。年に1度、村人たちが社を開き、その前でかがり火を焚く。そのたびに村の結束は強くなっていく。

結束している村人の中には僕の両親、祖父母、そして僕もいた。

世間でいわゆる排他的な村、というやつだったのかもしれないが、そんなことは当時の僕らにとっては大した問題ではなかった。


…それが変わったのは、僕が12歳になった時のことだ。


その日も変わり映えのしない、だけれども緑が映える美しい初夏の風景を横目に見ながら、もうすぐ廃校になる小学校から自転車で帰宅した僕だったが、その日が年に一度の日だということを思い出していた。


「父さん、今日ってあの日だよね」

その日はたまたま休日だったので家にいた父に、なんということもなく聞いていた。

「そうだがどうかしたのか?」

「うん、なんでもない」


父は怪訝そうな顔を一瞬だけしたが、特に気にするそぶりもなく、ただ、忘れずいくんだぞ、とだけいうとそのまま台所に入ってしまった。無駄に濃いカルピスを飲んで、母に怒られるんだろうなぁ、子供みたいだなぁと子供ながらに思った。


夕方、食事が終わった後、僕らの家族はだれが言い出すともなく

「そろそろ行くか」

「そうしましょう」

などと連れだって社に向かうことになった。


「あ、そうだ」

社にまで行く道は結構暗いので、僕は懐中電灯を忘れずに持っていくことにした。

時代に取り残されたこの村でも、懐中電灯と言えばもうLEDを使うのが当たり前になっている。

当時は開発者のことなどよくわからなかったし、どれだけそれがすごい発明だかもわからなかった。しかしこの光が、逆に僕の人生を奇妙なものにしたきっかけだったとしても、開発者に謝罪を求めるわけにもいかないだろう。


暗い道を、家族と一緒に社まで向かう。

あたり一面真っ暗である。昼の変わり映えのしない、だけどあれほどまばゆかった風景は一変していた。

木々の間から見える夜空は、どうしようもなくきれいで、それでいてどこか恐ろしくもあった。

僕はちょっとだけ身震いした。


「どしたぁ?」

祖父の気の抜けた声で僕は脱力した。

「ん、どうもしないよ」

「おめぇちょっとこわいんでねぇか?」

「そんなことないよ」


などと他愛のないことを話しているうちに、社についた。まだ社には誰も人が来ていなかった。

僕はふと、持っていた懐中電灯で御神体をてらしたらすごくきれいなんじゃないかと思った。

…そうだ、これはチャンスかもしれない…。


年に一度、御神体を奉じるその祭りはとても静かなものである。

僕の村の祭りというのは、よその村や町の祭りをのちに知るようになってから比較すると、あまりにも静かである。静かすぎるのだ。皆が御神体に映るかがり火の光を凝視する。それだけなのである。


世間一般の祭り、についての知識をあとになって初めて知った時、少しだけうらやましいと思った。

出店も出ない、花火も、盆踊りもない。不思議な、さみしい静かな祭り。

それでいて僕の中ではそれが当たり前だった。その時までは。


皆が凝視している。

「では、今年も皆様お願いいたします」

そういうと皆、村人たちは津々浦々に帰宅を始めた。


「帰るよ」

母の声がした。少しずつ村人が境内から出ていく。

もう少し… 僕の心の中の何かが、 照 ら せ とつぶやいた。

周囲に人がいなくなったその瞬間、僕は御神体にライトを照らした。


 不意に、人の顔を思い出した……いや、まったく知らない人の顔が思い浮かんだ


頭に痛みが走る。知らないはずの知識が脳内に流れ込む。

 

 …この時代の知識は遅れているな…いや、部分的には我々以上か…


一体何のことを意味するのか理解できない。まるで自分の中に「知らない誰かが存在する」そんな不快感を覚える。


「うああああああっ!!」


次の瞬間、僕は懐中電灯を落としていた。


「ちょっと、あんた何してるの」

僕の叫び声で家族や、村人がびっくりしてこちらを見た。


「…い、いや、なんでもない、お化けかと思っちゃった」

「そんなわけないじゃないの。まったく、しっかりしなさいよ」

そういうと母はまた家への道を歩き始めた。


よかった。誰にも見られなかったようだ。


 そうだ、まだ誰にも気がつかれてはいけない


この日を境に、僕は無性に何かを知りたいという意思が非常に強くなった。いや、僕自身が、ではない。僕自身の中の何かが、無性に何かを知りたがっている。

周囲から見れば、単なる勉強熱心な子供としか映らなかった。


勉強熱心でそのままいい学校に進学できた。


 なんの問題もない


大学もストレートに進学でき(自慢ではないが、村一番どころか県一番の学力になっていた)、そのままいい就職先に恵まれ…世間的にもそう


 なんの問題もない


…すべて順調なはずだった。あの男に会うまでは。

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