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蛍の光のクリスマス

作者: 辛井 蛙

「ゆきのまち幻想文学賞」落選作品の改稿です。

京都を舞台に、大学生を主人公に書いてみたら、なんか森見登美彦氏の二番煎じみたいになってしまいましたww

 京都の河原町今出川の交差点のほど近く、河原町通の歩道に僕はいた。まだ午前中だというのに、猛烈な人混みと雲一つない五月晴れで真夏のように暑い。南側から、紫やオレンジ色の派手な装束を着た男たちの列が近づいてきた。今日は、京都三大祭の1つに数えられる「葵祭」の日。そして、僕の右隣にぺったりと密着して立っているのは、サークルの後輩で清水きよみず女子大学1年生のミヨちゃんである。密着しているといっても何も人目もはばからずいちゃいちゃしているというのではなく、ましてや痴漢行為を行っているというのでは決してない。人混みに押されてやむを得ず密着しているのだということを念のため申し添えておく。

 

僕は、我が国で一、二を争う有名国立大学であるみやこ大学法学部の3年生だ。大学ではソフトボールサークルに所属し、主に三塁手を務めている。中学時代にバレーボール部のリベロとして鳴らしたレシーブ力で、ホットコーナーを守る守備力は折り紙付きだ。打っては絶妙のバットコントロールで放つセンター返しと流し打ちが身上で、打率は常にチームで首位打者を争う。にもかかわらず、サークルの同回生5人の中で、キャプテン1人、副キャプテン2人のいずれにも選ばれなかったのは、ひとえにソフトボールの練習よりもアフターの飲み会やカラオケばかりに注力しているという生活態度によるものであることは、サークルのメンバーにとっては公知の事実であった。

 このサークルは、都大学と清水女子大学の合同サークルである。主に都大学の男子学生と、清水女子大学の女子学生(当たり前だが)から構成される。4月、新入生が入ってくると、サークルの男子学生は新入の女子学生の品定めに余念がない。目がぱっちりと大きく誰が見ても美形のチハルちゃん、小柄で童顔でアニメ声のリカちゃんあたりが人気を集めているようだが、僕が目をつけたのは違った。

目が細く、鼻が低く、顔は十人並み。性格もおとなしく地味。でも、そんなミヨコちゃんの、豊かな胸と大きなお尻が、僕の目をとらえて離さなかった。スケベだと?ヤリモクだと?何とでも言うがよい。それが事実だ。仕方がない。

 新しい女子学生が入ってきて浮つく男子学生たちを引き締めようと、よりいっそう厳しい練習に精を出すキャプテン、副キャプテンを尻目に、僕はよりいっそう飲み会やアフターに精を出した。そしていつもミヨちゃんの近くの席に陣取り、話を盛り上げつつその胸とお尻の眺めを堪能した。そんな僕にミヨちゃんが懐くのに時間はかからない。いつしかアフターのときにはミヨちゃんの方から僕の近くの席を取るようになり、僕は毎回サークルの度に労せずしてその胸とお尻を間近から鑑賞した。

 ミヨちゃんも僕に気があるに違いない。その頃になるとそう思えてきたのだけれど、自信はない。それに僕はサークルの先輩であって、ミヨちゃんは後輩だ。僕がミヨちゃんに付き合ってくれと言ったら、ミヨちゃんはイヤでも立場上断りにくいだろう。いわば職場の対価形セクハラのような関係であるともいえ、それも私をためらわせる一つの要因だった。毎回サークルのたびアフターを盛り上げるのに精を出してばかりではなく、ミヨちゃんの体内に精をぶちまける関係になりたいものだ。と願うも、最初の一歩が踏み出せずにいた。

 新学年が始まって1か月ほど経ったある日、携帯にメールが入った。見ると、何とミヨちゃんからだった。急いで開くと、

 「もしご都合がよろしければ、葵祭見に行きませんか」

 とあった。

 これは・・・デートの誘い?

 いや、ソフトボールの練習の指揮をキャプテンらに丸投げしていわば「アフター担当」みたいになっている私の立場を考えれば、「サークルのメンバーで葵祭見に行くってイベント企画してくれませんか?」という意味かも知れない。デートの誘いと思い込んで返事して、違いますよ、サークルのみんなでですよ。何勘違いしてるんですか?なんて言われた日にゃ目も当てられない。そこで私は、

 「来週だよね。まあいいけど、メンバー集まるかな」

 と返信した。

 その後10分ほど返信はなかった。やっと着信したメールは、

 「サークルでじゃなく・・・私とじゃだめですか(T_T)」

 と、顔文字つき。

 

 そんなわけで、今、ミヨちゃんと二人で葵祭の行列を観覧している。目の前を、大きな馬が横切る。馬のペニスは、勃起していた。コレをどんな顔で見てるのだろうと気になり、ミヨちゃんの顔をちらっとのぞき込むと、なぁに?という感じで見上げてきたので思わず愛想笑いをした。

 行列の最後尾が到達すると、歩道を埋める人の波も行列の最後尾とともに移動しようとし、僕たちは押し流されそうになった。はぐれたら困るので(という名目で)、僕は右手でミヨちゃんの左手を握った。えっ、という小さな声を聞いたが、すぐにミヨちゃんは口元に笑みを浮かべて僕の右手を握り返した。二人は手をつないで、人波に流されるまま河原町通を北上する。河原町今出川の交差点にさしかかったところでやっと人波は分散する。僕たちは出町柳駅方面に右折した。歩道の混雑は解消し、鴨川の橋を吹き抜ける風が、汗ばんだシャツに涼しかった。押し流されるのではなく自分の意思で歩ける状態に戻り、「はぐれないように」という名目は失われたにもかかわらず、手はつないだままだった。

 高校時代の部活の話、大学受験の時の話、昨日見たドラマの話、AKB48の新曲の話・・・とりとめのない話をしながら、今出川通を東向きに歩いた。途中、都大学前の学生街の行きつけの定食屋に入り、昼食をとることにした。安い値段で大量に食わせてくれるという、腹をすかした大学生に人気の店で、女の子には多すぎるのではないかと心配したが、ミヨちゃんはミックスフライ定食をぺろりと平らげた。この食欲がこの豊かな胸と大きなお尻の秘訣だったのか。と僕は勝手に納得した。

 食事が終わっても、教科書を広げて何やら勉強する学生、何人かで法律学の議論をしている学生らに紛れて雑談に興じた。ミヨちゃんは「キティちゃん」が好きだと言った。そういえば君、目と鼻が小さいあたりキティちゃんに似ているね。というと、キティちゃん口ないじゃん!とミヨちゃんは怒った。そうこうしているうちにいつの間にか夕方になった。僕たちは店を出て、更に今出川通を東に歩いた。この先、銀閣寺には僕の下宿がある。さて、どう言ってミヨちゃんを下宿に招き入れたらいいものか。歩きながら僕は思案していた。どちらからともなく、二人の手は、ごく自然な流れでつながれていた。

 白川今出川の交差点を越え、哲学の道の入口に着くころには日はすっかり暮れていた。僕とミヨちゃんは、琵琶湖疎水にかかる橋に二人並んで、夜の疎水を覗き込んだ。ふと、ミヨちゃんが声を上げた。

 「あれ、蛍じゃない?」

 哲学の道の蛍の見頃は確か6月上旬くらいと聞いている。今はまだ5月中旬。でも、夜の疎水の上に浮かぶいくつかの光は、確かに蛍だった。地球温暖化の影響で、時期が早まったのだろうか。

 「蛍が光るのはね。求愛活動なんだよ。」

 文系だけど生物は大の得意だった僕は、蛍に関するウンチクを披露することにした。水野上を光りながら飛び回っているのは雄なんだ。雌は水から出てきて、葉っぱの上でじっとしながら、上空を飛ぶ雄を見つけるとうっすらと点滅する。私はここにいますよ、私を見つけてくださいね、てこと。雌を見つけた雄は雌のところに飛んできてがばっと覆い被さって「交接器」注入!蛍の交尾ってこれがまた長くてね。一晩中抱き合ってたりするらしいよ・・・

 うむ。我ながらいい流れだ。僕は君の点滅を見つけたんだ、さあ一晩中でも、なんて下宿に招き入れて交接器を、とか想像しつつ、僕はミヨちゃんの腰に手を回し、そっと抱き寄せた。ミヨちゃんはふっと僕の顔を見上げた。次の瞬間、

 「いやあっ!」

 大きな声が聞こえたかと思うと、僕は突き飛ばされていた。ミヨちゃんが走って逃げていくのが見えた。僕は呆然と立ち尽くしていた。

 僕は猛烈に後悔した。大学入学したばかりの純真な女の子相手に、蛍なんていう昆虫の交尾になぞらえて誘うなんて冷静に考えて猥褻極まりないじゃないか。何が君の点滅を見つけただ。ミヨちゃんが飛び回る男たちを前にして大股おっぴろげて「カモ~ン」て誘ってるみたいじゃないか。で、僕は「交接器」をミヨちゃんに・・・てイヤだイヤだ!


 それから僕とミヨちゃんの関係はギクシャクしたものになった。以前のようにサークルで僕がミヨちゃんに積極的に近づくことははばかられた。アフターで近くの席に座ることは時々あったが、話は弾まなかった。

 そして冬になった。サークルの中では何組かカップルができていたが、僕とミヨちゃんの関係は、葵祭の日以来進展はなかった。クリスマスが近づき、カップルが成立したやつらはデートの構想に余念がなかったが、僕には何の予定もなかった。今更ミヨちゃん誘うのもなあ、と携帯の画面を見ながら途方に暮れていると、ふとバイブが振動した。画面には、キティちゃんが表示された。ミヨちゃんからのメールだった。僕は慌てて携帯のボタンを押した。

 「24日って、予定ありますか?」


 12月24日、僕とミヨちゃんは阪急河原町駅で待合せした。クリスマス装飾があふれる商店街を冷やかし、河原町通のパスタ屋で昼食を食べた。あの日と同じように、どちらからともなく手をつないで歩いた。歩きながら、ミヨちゃんはあの日の話をした。琵琶湖疎水の蛍を見ながら、蛍の光のウンチクを興味深く聞いたこと、蛍の「交接器」の話になったときに、昼間葵祭で見た馬のでっかいペニスを思い出してしまい頭が混乱してしまったこと、ちょうどそのときに腰を抱いて引き寄せられたので急に怖くなったこと、などを顔を赤くしながら語った。怖がらなくても大丈夫だよ、あんなにでかくないから、と笑うと、ミヨちゃんはほっぺをふくらませて怒った顔をしてみせた。

 いつの間にか、あの日と同じように、哲学の道の入口についた。まだ夕方早い時間だったが、冬なので日が短く、あの日と同じように、あたりはすっかり暗くなっていた。僕たちは、あの日と同じように、琵琶湖疎水にかかる橋の上に並び、暗い疎水を覗き込んだ。

 いつしか雪が降り始めていた。雪は、街灯の明かりを受けて、光を発しているように見えた。

 僕は、疎水に舞い降りる光の粒を見ながら、ミヨちゃんの腰を抱き寄せ、「蛍みたいだね。」と言った。ミヨちゃんは、

 「違う。雪でしょ。」

 と言って、僕をにらみつけたが、僕の手を振りほどこうとはしなかった。逆に、僕の胸に体重を預けるようにして、僕を見上げて言った。

 「でも、蛍もいいよね。」

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