理解できない日常4
「じゃあ奏斗さんは来れなかったんですかぁ」
「うん。なんか急に講習会が入ったらしくてね」
土曜日、私は街で買い物をしていた。最初は奏斗も一緒に来ると言っていたけれど、友達と一緒に講習会に参加することになったとかで、来れなくなったようだ。相当買い物をしたかったようで、来週一緒に行こうと誘われた。私の買い物は今日すべて終えてしまうから、来週は奏斗の買い物に付き合う形になるだろう。
「奏斗さんって、昔からああなんですか?」
私を見上げる視線を感じつつも、わざと前を向いたまま歩く。私に訊ねてきたこの子は近所に住んでいる小学生の怜都くん。まだ11歳なので私よりも身長が低く、歩きながら彼の顔を見るにはどうしても見下ろすしかない。私は見下ろすという行為に得も言われぬ罪悪感を感じるため、彼と話しながら歩くときは大体前を真っ直ぐ見て歩いている。
「ああって?」
「奏斗さんって男の人ですよね。昔からスカートとかなんですか?」
やっぱり、やっぱり変なんだ。小学生から見てもやっぱり変なんだ。私は改めてそう感じ、このまま奏斗を野放しにしていたら純粋な小学生に悪影響を及ぼしてしまうことに気が付いた。ここでの怜都くんへの回答次第では、私は奏斗だけでなく怜都くんまでも路頭に迷わせてしまうのではないだろうか。私には今までにないくらいの慎重さを求められていた。
「最初に会ったときは普通だったよ。だけど急にああいう風になってたの。私にもよくわからないんだよね」
「そうなんですかぁ」
一応興味をわかせない言い方ができたはずだ。冷静かつ簡潔に伝えることで冷めた印象を与えたはず。完璧とまではいかないが、それなりにはできただろう。
私は心の中でガッツポーズをしながら表情に出さないように努めた。そのあとは奏斗の話題は出てこなく、小学校の話とか、怜都くんの妹と弟の話を聞いたりしていた。
「あ…」
ふと怜都くんが立ち止ったので、私もつられて立ち止った。怜都くんを見ると、ショーウィンドーを見つめていた。
「どうしたの?」
「あ、知りませんか? ティノティナっていうブランドのお店なんです」
ガラスの向こうには可愛らしい服を着せられたマネキンが立っている。フリルがふんだんに使われている服だった。
「奏斗さんはこういうの着るんですか?」
過ぎ去ったと思って安心していた奏斗の話題に、私は曖昧に答えることしかできなかった。珍しく奏斗のことを訊いてくる怜都くんにもそうだけど、奏斗の話を振られる度に妙にたどたどしくなる自分に驚いた。変なところで意識しているようだ。良い傾向とは言えない気がした。
大きな交差点に出ると、家が反対側の怜都くんと別れて帰路についた。数百メートル程のいつもの道なのに、そわそわとした落ち着かない感覚が私の中をぐるぐるとしていた。