理解できない日常3
現在、私はミドリムシを専門に研究をしている人達と一緒に働いている。ちゃんと自立している私に両親は文句を言うでもなく、進学せずに働くことと一人暮らしを認めてくれた。だけどなぜか奏斗の家の近くに住むことという条件を出され、偶然隣の家が空き家になったということで、私は奏斗の家の隣に住むことになった。最初こそ、どうしてこんな条件を出されたのかとか、私に何かメリットがあるのかなんて考えていたが、知らない人ばかりの所に住むよりも楽だし、困ったことがあればすぐに相談できる環境にあるほうが両親も安心だろうと前向きに捉えている。
「俺の方が可愛いと思うけどなぁ」
不服そうに彼が呟いたのが聞こえて、私はまたかと思った。何かと言えば自分の可愛さをアピールしてくるので私はいつも曖昧な返事をしている。男なのにそんなに可愛いと褒められるのが嬉しいのだろうか。彼は別に男性が好きという訳ではないそうだが、それにしたって毎回のように可愛いかどうか訊かれていると、彼が何を求めているのか全然わからない。一体、彼はどこに向かっているのだろうか。
「ミドリムシと人間の時点でジャンルが違いすぎるよ」
「まぁ、そうだな」
私がそれとなくフォローすると、彼は納得したように言ってから、すぐにいつもの笑顔に戻った。こういうところは昔から尊敬できると感じている。切り替えが早く、落ち込んでいるところを見たことが無い。それに怒ったことも無かった気がする。人当たりが良くて、あっという間に他人と打ち解けることができる人だ。人見知りの激しい私は小学生の頃から彼の明るさや優しさに憧れていたと同時に、どこか引け目を感じていた。幼馴染で幼稚園の頃から一緒に遊んでいた。だから彼は私にかまってくれるんだ。友達ができない私を哀れんで。
「あ、そろそろ帰らなきゃ」
マイナス思考に沈んでいきそうになったとき彼の声が聞こえて、私は現実に連れ戻された。顔を上げると彼はいそいそと帰る支度を始めていた。
「コップどうすればいい?」
「いいよ、私が片づけるから」
「あんがと」
鞄を持って玄関へ向かっていく彼の後ろについていく。本当に、女性そのものだなとしみじみ感じた。それと同時に、どこか寂しく感じる私がいた。このままずっと彼が女性の恰好をし続けたら、昔の彼はどこへ行ってしまうんだろう。私の知ってる彼は、もういなくなってしまったのだろうか。奏斗は奏斗のはずなのに、昔と同じように明るいままなのに、目の前に歩いている背中が妙に遠く感じた。
「じゃあな」
靴をはいてくるりと振り返った彼が、顔の近くで小さく手を振りながら笑顔で言った。
「うん」
私も片手をひらひらさせて頷いた。
扉を開けて出ていく彼を眺めながら、私は心に浮かんできてしまった寂しさに蓋をする。私の我侭で彼のしたいことを邪魔してはいけない。私は今まで通り、訪ねてくる彼を迎え入れて他愛ない会話を交わして、そうして帰っていく彼を見送るだけだ。たった一人の幼馴染として。