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―貴方の香りはなんですか―
それが課題
この問いの答えを明後日までに作文用紙2枚にまとめないといけない
夏休み前の現代文のテストで赤点を取ってしまった、そのペナルティだ
夏休みが今日から始まった。やりたい事はあるけれど、こんな田舎じゃ難しい。
山に囲まれて
川が異常なほど、透明で、激しく強い音を鳴らしている。
夏だから、歩道の隙間や草木から黄色いタンポポが沢山顔を出している。
オイラはそんな町で育った。身長は推定150㎝
取り柄も、趣味もない。
平々凡々なオイラの特徴は、この一人称とおめでたいこの名前くらいだ
「あれ、寿
今日から夏休みでしょ?制服なんて着てどこ行くのよ」
玄関の中で白の土ついたスニーカーを座って吐いている所を、後ろにある引き戸越しに母さんに話し掛けられた
それを聞いてオイラは思わず苦笑いを浮かべた
「昨日10時から学校行くって行ったべさ。
教室で友達と作文書くんだよ」
それを聞いた母さんが「あぁそっか、家の息子はバカなんだったわぁ」とケタケタからかい笑う
まるで子供みたいに
高校1年生になったばかりで、赤点とっちまうなんて最悪だ
外に出ると太陽の日差しが体全体に当たり、眩しい。しかも無数いると思われるセミが大合唱している
「めっちゃ最悪」
オイラは町の中でもずっと端の方に住んでいて、家より畑の方が多い
家を出て、すぐ左に曲がれば松の木でさえぎられて我が家は見えなくなる
高校は町中の商店街を過ぎて更に奥の所にある
つまり、向こう端にある
自転車で行って30分もかかる
遠い…
テストで赤点を取ってしまってその2週間後、「職員室に来るように」と現代文の先生にオイラと、そして同じく現代文で赤点を取った幼なじみの癒菜が呼び出された
「佐々木 寿、神田 癒菜
貴方達は仲良く赤点。わかるでしょう?
だから2人には宿題を多めに上げま〜す!おめでとうぅ!」
コーヒーの香りと、クーラーの程好く効いた職員室で、先生はおちゃらけながら手をパチパチと叩く
そして1人2枚ずつ作文が手渡された
「失礼しました」と頭を下げてから職員室をでて「『貴方の香りはなんですか』ってなんだよ意味わからん」とか文句を言って、教室と教室で挟まれた廊下を歩いている所に、癒菜が話し掛けてきたのだ
幼なじみだけど、2人だけで話すのは久しぶりだった
「一緒に考えない?
夏休みに学校来てさ。私もよくわからないし」
赤いリボンを頭に付けて、癒菜はにっこり笑う
異様に薄暗い廊下で、癒菜の笑顔は余計に明るく見えた
「あ、あぁ。良いけど」
そして昨日の夜、メールが来た
もう少しで待ち合わせ場所に着く
橋、それもわざわざ道路の外れに造られた橋
温泉の駐車場の隣に造られた、城の一部をイメージさせられる橋だ
2階建ての橋のその入り口は、扉は無いけどまるで城の門みたいだ
その橋のベンチに座って、癒菜は待っているとメールには書いてあった
赤の三角屋根の門を自転車をこいで入る
橋の手すりの近くに、背もたれの無いベンチがオイラから見て左に、木と鉄で出来たの机に長椅子が右に置いてある。
癒菜は指定のセーラー服を着て、リュックを背負い
橋の右側手すりにもたれ掛かり芝桜公園の山に咲いている芝桜を眺めていた。
ギザギザ曲がった階段に、芝生に所々咲いたピンクの花。
この町の名物だ
それを見ている癒菜の
肩まで伸びた髪と、赤いリボンは、風に乗って静かになびいていた
「あ、おはよう」
癒菜が振り向いて、目が会って、先に話し掛けてきたのは癒菜だった
ベンチに座ったまま満面の笑みでオイラに手を振っている
「うん、おはよう」
癒菜を見つけた時に自転車を降りたオイラもまた、笑顔を返した
癒菜ほど良い笑顔じゃないけど
癒菜は歩きだからオイラは自分の自転車を押して一緒に歩く
緩やかなカーブのかかった下り坂を歩きながら、オイラと癒菜は課題について話した
「まず課題のさ、意味がわからんよな」
「『あなたの香りはなんですか、作文二枚にまとめなさい』だよね」
お互い目を合わせる事はない。
横を向いて歩いてなんかいたら怪我するかもしれない
オイラは考える
香り、におい
オイラのにおい
オイラは右手を自転車から離し、腕のにおいを嗅いでみた
「……汗くさい」
「夏だからね」
「『僕の体は汗くさいです』…これだ!」
堂々と胸を張って得意げに言って見せたオイラを見て、癒菜が楽しそうに声を上げて笑う
「それ続きどうすんのさ」
「あ〜…」
確かに、作文二枚所か一言で終了だ
「学校付いてから考えるわ」
「そうだね、私も何も思い付かない!」
癒菜は胸を張り、堂々と得意げに言ってみせた




