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百日草 -妖月ノ刻-  作者: 灯都和
第一章◆百日の妖
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第三話

「あなたは何故、城下町で倒れていたの? 百年前に消滅したはずなのに、どうして――?」

「……百日は、百日で消える短命な妖だ。百日草の花のように、百日後には生命が消滅する。この身体も魂も、あっけなく消える」

 尊姫に凛とした声で問われた百日は、ためらいもなく無表情で語りだした。

「だが百日は、百年の時を経て、またこの姿で生まれてくる」

 ――感情を微塵も表さず、ただ必要事項をすらすらと述べるように。

「だから俺は今から百日後に死んで、百年後にまた生まれるんだ」

 つまり今ここに消滅したはずの百日がいると云うことは、今日は、消滅した時からちょうど百年後だと云うこと。

 百年の時を経て、またこの地に生まれてきたのだ。

 きっとこれは彼が何度も繰り返してきていることなのだろう。

 一度死んで、そしてその百年後に再び生まれ――。

 ――生まれる度に、決して少なくはない数の人間たちを殺めて。

「そして、俺は今日百年ぶりに生まれたんだ。気づいたらこの町に倒れていて……あんたに助けてもらった」

 尊姫は、淡々と語る百日をじっと見つめた。

 残された片目がぎらりと輝く。

 その紅樺色の髪も、百日草の紋様も、百年前と何ら変わらないものなのだろう。

 否、きっと二百年前も三百年前も、今と同じ姿で――“不変”のままで。

 彼が何度、こうして転生を繰り返しているかは定かでないが。

「俺なんか、助けなきゃ良かったのにな」

 百日は一度、事切れている太一に視線を投げてから嘲笑した。

「放っておけば、大事な家来を亡くさずに済んだのに」

 苦しげな表情とは対照的な冷たい言葉。

 それは自分に向けられたものなのか、尊姫に向けられたものなのか――。

「……」

 ずっと黙り込んでいた尊姫は、百日の指の爪に視線を移した。

 人間のそれより鋭く尖っていて、まるで刀の刃先のよう。

 彼に触れた者は――死ぬ。

 ただ一秒触れただけでも、あっけなく命を落としてしまう。

 だから短命なのに、百日はずっと畏れられていたのだ。

 きっと百日は、今までずっと色々な者の生命を奪ってきたのだろう。

 もちろん――太一のように、何の罪もない者の命まで。


 それが百日の意思のもとでなくとも、触れられたと云うだけで人間は落命してしまうのだ。


「私……」

 尊姫は今度こそ百日の瞳を捉え、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「私……、この国の姫の尊姫って云うの。……百日はこれから、どうするの? どこへ行くの?」

「行く宛なんかねえよ」

 百日は淡々と言い放つ。

 どこへいても、自分が触れた人間は落命してしまうと云う事実は決して変わらない。

 百日はそれを痛いほど知っているはずだ。

 だから何処にも行けない。

 何処へ行こうとも、畏れられ、避けられ、憎まれる――。

 生まれ持った自分の性質が故に、居場所がないのだ。

「百日」

 ――それなら、と。

 尊姫は凛とした声で彼の名を呼んだ。

「……何処にも行く宛が――居場所がないのなら、この城にいればいい。母様はもうこの世にはいない。父様は戦に出ているし、この城には私と家来の者しかいないわ。だから……」

「姫さん」

 百日は尊姫の声を遮り、彼女をきっと睨む。

 金色の瞳はどこか鋭く、一抹の怒りさえも感じ取れる。

「あんたの護衛が死ぬところ、ちゃんとその目で見たよな。俺に一度でも触れた人間は、必ず死ぬ。それに――百日後まで、あんたに触れずに過ごせる保証なんかない」

「――……あなたが私の護衛として、この城で働いて。行く宛もなく、ただじっと百日後を待つより良いでしょう?」

「聞こえなかったか? ……俺は妖なんだ。触れたらあんたは死ぬ」

 百日の忠告を物ともしない尊姫に、彼は徐に手を伸ばした。

 その手は尊姫の頬に触れる直前で、ぴたりと止まる。

「……」

 自分を殺めようとしている妖。

 それは今、息遣いさえ聞こえてきそうなほど近くにいる。

 ほんの一瞬でも触れたなら、この生命はあっけなく消滅する。

 頭では分かっていたはずなのに、いざこうして百日に至近距離で迫られると、恐怖で身が竦んでしまいそうだった。

 それでも、尊姫はぴくりとも動かない。

 彼をこの城に置くと、もう決意したのだ。


「……どうして」

 しばらくして、百日は諦めたようにその手を下ろした。

 すぐ近くにあった百日草の紋様が、準じて離れていく。

「どうして、此処にいて欲しいと言った? 人殺しの妖に」

「……」

 どうして。

 どうして彼を、この城に置くと決めたのだろう。

 強い意志を持って決めたはずなのに、その理由は簡単には頭を擡げなかったけれど――

「……あなたが、すごく苦しそうだったから。すごく、すごく――」

 少しの間を置いて、尊姫は独り言のように呟いた。


 気づけば縁側の向こうに見える空は、濃紺一色に染め上げられていた。

 ふいに吹き抜けた冷たい夜風を頬に感じ、尊姫は庭へと視線を投げる。

 今宵は、目を見張るような大きく美しい満月が聳えている。 

 手を伸ばせば届きそうなほど、近くに。

 

 真っ直ぐな月光に照らされて、百日草の花が風に揺れていた。

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