第二話
縁側に腰掛け、緑に囲まれた庭先を見つめる。
橙色の空に顔を出している夕日の陽が、眩しかった。
少し前までは、この庭では蝉たちが元気に鳴いていた。
初秋の今は鈴虫が綺麗な声で鳴いており、八月に咲いた百日草の花はまだ元気に咲いている。
――庭に紅葉が降り積もるまで、あと少しだろう。
「……ん」
背後で聞こえた小さな声に、尊姫はゆっくりと振り返る。
眩しいような金色の瞳と、視線が合った。
その瞳はどこか怯えているようで、不安定に微かに揺らぐ。
「目を覚ましたのね」
尊姫は優しく声を掛け、布団から上半身のみを起こしている男のもとへ駆け寄る。
「大丈夫? 町で、倒れていたでしょう。……熱、とか――」
「……触んな!」
伸ばされた尊姫の手をすっと避け、男はびくりと肩を震わせた。
その目付きは威嚇と云えるものへと変貌する。
頬に刻まれた赤い百日草の紋様が、わずかに歪んだように見えた。
「お前っ、尊姫さまに向かって何てことを言うんだ!」
部屋の隅で黙っていた太一が、声を上げる。
先程、町で倒れていたこの男を城まで運んできたのは太一だ。
男が物の怪だと云うのは誰の目にも明らかだったので、太一は「放っておきましょう」と苦言を呈したのだが――尊姫の命令で仕方なく城まで連れ、様子を見ることにしたのだ。
「いいわ、太一。黙っていて」
尊姫は凛とした声で太一を制し、代わりに男に尋ねた。
「……あなたは妖怪ね。――名前は」
言われるがまま、男には触れぬままで――単刀直入に。
男は、俯いたまま言った。
「……――百日」
「百日? ……それがあなたの名前?」
尊姫の言葉に、百日は黙って頷く。
――百日。
その名を聞いて、いつだったか――随分と昔に、祖父が話していた話を思い出した。
百年前、この地に存在していた妖怪がいた。
殺人鬼とすら言われた、恐ろしい妖怪。
その妖怪の名は――
「百日……」
独り言のように、尊姫は呟いた。
「今から百年前に消滅した妖怪ね。……触れた者の生命を奪い取ってしまう、恐ろしい妖怪………」
百日は、数多く存在していた妖怪の中でも一番に畏れられていた妖怪だった。
百日に触れた者は必ず死ぬ。即死か、もしくは僅かばかりの時間を置いた後、卒然と命を落とす。
会ったら最後――と騒がれていたらしい。
けれどその百日は、百年前のある日、突然消滅したのではなかったか。
陰陽師の手を借りることなく――自ら、消えていったのではなかったか――。
ここで、尊姫はふと思いだした。
百日に触れたものは、“死ぬ”。
それでは先程、自分の命を受けて百日を運んだ太一は――――
「太一!」
尊姫は、青ざめた顔で太一へと視線を投げる。
――しかし、もう時は遅かった。
「…………っぐ、ぁ、ああああああぁっ!!!」
太一は凄まじい叫び声を上げ、その場に倒れこんだ。
「た……太一、太一!! しっかりして、太一!」
涙声で、尊姫は倒れた太一を揺さぶる。
けれど彼は微動だにしない。
――もう、事切れていたのだ。
「うそよ…………、た……太一……」
声と同時に、身体ががたがたと震える。
軽く叩いてみせても、苦しげに目蓋を下ろす彼は何も答えなかった。
「………っ」
言葉にならない思いがこみ上げてきて、こらえきれずに涙が溢れ出した。
先程まで、元気に笑っていたのに。
彼が死んだ理由は、百日に触れたからと云うとても単純なもの。
けれどその原因を作ったのは――自分だ。
鼓動が高鳴る。痛いほどに、どくどくと不規則な音を立てている。
「その男、俺に触れたのか」
「――」
尊姫は、太一の生命を奪った男を――百日を睨み上げた。
唯一残された左の瞳に、動揺の色を全く見せていない妖怪の姿が映り込む。
この妖怪は、何故ここに居るのだ。
消滅したはずの妖怪が、何故――。
涙をごしごしと乱暴に拭い、尊姫は彼にまた問い質す。
「あなたは何故、城下町で倒れていたの? 百年前に消滅したはずなのに、どうして――?」




