第一話
題名は「ひゃくにちそう -ようづきのこく-」と読みます。
賑わっていた城下町が、ぱたりと静まり返った。
まるで何かに操られたかのように、そこに居た全員が、音を立てて開いた城門へと一直線に視線を注ぐ。
そこには――右目の位置に据えた眼帯を、片手で抑える隻眼の姫の姿があった。
「尊姫さまだ!」
「尊姫さま……!」
卒然と姿を現した姫に、誰もが慌てて道を開け、深々と頭を下げる。
姫は左右にいくつも頭が並んだ道を進みながら、そっとお辞儀を返した。
尊姫は、この小国――紀奥の姫君だった。
普段は城内にこもりっぱなしで、めったに城の外へでない隻眼の姫。
そのしなやかな身のこなしと、黒髪の隙間から覗く片目の鋭さに、町人たちは息を呑んだ。
「尊姫さま。やはり町人たちが驚いていますし、戻った方が……」
「いいのよ」
尊姫は護衛につけてきた太一の言葉をさえぎり、町内をぐるりと見渡した。
「久しぶりに来たけれど、やっぱりここは良いわね。皆、はつらつとしている」
そして、瞳を閉じて大きく深呼吸する。
尊姫は、新調の着物を買うべく、町内にある呉服屋へ向かっていた。
だがこれは名目上のことであり、単に城の外へ出たかったのだ。
もう随分と長い間、賑わう城の外へ出ていなかったから――城外の空気を、吸いたかった。
案の定、侍女たちには「着物なら、わたしたちが買いますから」と城の外へ出ることを反対されたが、その反対を押し切って町へと繰り出した。
今日は少し肌寒い日だった。
まだ日中と云うのに、吹き抜ける風は夜風のような冷たさを持っている。
表着を着てくればよかった、と尊姫は小さな後悔をする。
「今日は結構寒いですねえ」
「あそこ……」
尊姫は、太一の言葉に返す代わりに――おもむろに、足を止めた。
「尊姫さま?」
「あそこで、誰かが倒れているわ」
細い声で囁くと、尊姫は手を伸ばして前方を指差す。
太一がその先を目で追うと、確かにそこには倒れ伏せている男がいた。
けぶるような紅樺色の髪。
頭上に生えた鬼のような鋭い角。
――そして、頬に刻まれた百日草の赤い紋様。
それは紛れも無い、物の怪の姿だった。




