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ちょっと長いです。
それからノンストップで昼間まで馬車馬のように働くと、お昼休憩になった途端、待ってましたと言わんばかりに篠部君に声をかけられた。
「里中さん!」
澪の前の席である篠部君は、私に姿を見せるためにわざわざ席を立ってくれていた。
「篠部君、何かわからない所あった?」
新入社員である篠部君はわからないことがあれば私か澪に聞くことになっている。
「いや、あの…。今日、お昼一緒にしていいですか?」
珍しく、少し歯切れの悪い口調に疑問を抱きながら、応えた。
「お昼? 良いけど。食堂いく? 澪は?」
会話を聞いていた澪にも声をかけると、ふるふると頭を左右に振った。
「残業しないように今やっちゃいます」
「そう。じゃ、頑張ってね」
「ありがと」
頼られることが少ない私にとっては、後輩とのご飯なんて、久々の出来事。緊張で心が少し機能不全になりかけたが、頭を切り替える。
食堂に行くならお弁当は持っていかないほうがいいかもしれない。
そう思い、カバンの中からお財布を取り出すと、篠部君はおずおずと提案した。
「あの、よかったら食堂じゃなくて屋上行きませんか?」
◇
屋上は、風が心地よくお昼にはもってこいの場所に思えた。何人かの社員が陣取っていたので邪魔にならないように端っこに腰を下ろした。
「篠部君もお弁当なの?」
「いえ、俺はコンビニです」
そう言うとコンビニのあの独特の袋を私の前に見せた。
「なるほど。だから屋上でよかったんだ。いつもコンビニなの?」
「いえ。買える時間があればコンビニです。食堂のメニューにもよりますけど」
屋上にはちょっとしたイスと机が設備されている。
私たちは庭にあるような、白いコーティングが施されているカーデンズデッキのようなものに向かい合って座った。
机の上にお弁当を広げていくと、篠部君の視線がお弁当にくぎ付けになっていることに気がついた。
「…お弁当、そんなに興味あった?」
「あ、いや、すいません。凝視してしまって。ちょっと驚いただけで」
「驚いた? 私ってそんなに家庭的に見えてないのかな?」
肩をすくめてわざとらしく言うと、篠部君は本気に受け取ったのか目の前で大げさに手を振り「違います!」と反論してくれた。
その姿があまりにも必死なように見えたので思わず笑ってしまった。
「ありがとう。お世辞でもうれしいわ」
「いえ、お世辞ではなく」
もう一度小さく笑ってから、お互い箸を伸ばした。
篠部君は仕事のことを少し触れたが、特にこれと言って悩みがあるというわけでもない様子に頭をかしげてしまった。元々頼りにされていないということはわかっていたのだが、ここまでとは思っていなかったので、気分が少し落ちてしまった。
そんな私の様子に篠部君は眉にしわを掘りながら「どうかしましたか?」と聞いてくれた。
「いえ、何でもないの。それより、そろそろ戻らないと」
「え? もうこんな時間だったんですね。気づかなくてすみません」
「ううん。久々に羽を伸ばしてゆったりお昼ができたわ」
篠部君が気に病まないように微笑むと篠部君も微笑み返してくれた。
「そう言えば。里中さんは今日の飲み会参加なんですよね?」
ゴミをまとめ、席を立ち、こちらの行動も見ながら篠部君がタイミング良く話しかけた。
「飲み会? なんのこと?」
「工藤さんがさっき言ってたじゃないですか」
「…ご飯のこと? あれって飲み会なの?」
「聞いてないんですか? 課の飲み会らしいですよ。今日残業しなかった奴は、課長がおごってくれるとか。他の課も何人かくるみたいですけど」
「な、何の飲み会なの?」
規模があまりにも曖昧すぎて全体像が把握しにくい。
「さぁ? 朝井さんが声かけて回ってるみたいです」
そう聞いて一瞬彼の顔が浮かんだが、朝井さんがわざわざ私の前に彼を見せるとも思えない。朝井さんは私と彼が一緒にいるところを見たくないように感じる。
「…そう。知らなかった。私はてっきり澪と二人だと…」
「もしかしたら工藤さんは参加しないつもりなのかな? 俺の勘違いだったらすいません」
「あ、いいの、いいの。どうせ澪に聞けばわかることなんだし。篠部君はその飲み会に参加なの?」
「はい。新入社員は強制参加です」
そう言われて自分の新入社員だった頃を思い出し、思わず苦笑した。なるほど。これは、定例会だ。
「あー…。新入社員強制の、ね。私も昔参加したわ。篠部君はお酒強い方なの?」
「…嗜む程度です」
期待の新人エースである、篠部君は大量に飲まされること請け合いだ。同情したくなった。
「そう…。多分、その飲み会だったら私たちも参加すると思うわ。…でも、助けることはできないと思う」
「えぇ?! なんかそんなにやばいんですか?!」
「うーん。どうなんだろう? 私はあんまり、そういうにぎやかな席に参加していなかったから当時驚いたけど、みんなはそんなにだったよ? ただ、お酒を飲まされるだけ」
「あぁー…。なるほど。がんばります」
そういうと篠部君は、屋上のドアを開けてくれた。