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「もういいだろ」


すれ違っていた時間を取り戻すように、みつめあっている私たちの甘い空間には似合わない、不機嫌そうな声が響き、ドアへと視線をむけた。


「お前は、空気が読めないのか?」

「充分読んでやっただろうが。主役の二人がいなけりゃ、意味ないだろ。おばさん今にも発狂しそうだし」


朝井さんは肩をすくめ、呆れた態度をとった。それから、いやらしいあの含みのある笑みを浮かべた。


「それで? 誤解はとけたのか?」

「…まだ?」

「はぁ?! 馬鹿なの?」

「煩い」

「これだから、お前って奴は。いや、里中さんも問題あるんだよ? 最初からなんでこんなわけのわからない話を持ち出したか問い詰めていたらこんなややこしい三ヶ月を過ごさなくてよかったんだから」


いつのまにか、上司と部下の間柄に戻ってしまったかのような口調に、すかさず「申し訳ありません」と頭を下げた。


「人間は反省機能がついているんだから、大いに反省しなさい。あ、その前に説明をさせて」

「説明、ですか?」

「うん。えっと、どこから話せばいいんだろう。うーん、ま、とにかく。君ってすごくモテるでしょ?」

「はい?」

「社内で噂の的になっていたんだけど、工藤さんがガードしたり、すぐ直帰したりして、中々踏み込めずにいたから君は今までフリーで通せていたようだけど、ご両親が亡くなられてからはもう、庇護欲をこれでもか! ってくらい全開で仕事するもんだから男性社員が狙いまくってて」

「ちょ、ちょっと待って下さい。誰の話ですか?」

「君だよ」

「そんな、まさか」

「本当だって。誠は海外にいたから、君のご両親が亡くなったことを知らなくて、現状をわかっていなかったようだけど、帰国して本社勤務になってやっと事の大きさに気づいて、焦ってあんなわけのわからない“提案”を持ち出したんだよ」


そう言われ、すぐに新見さんに視線を向けたが、そらされた。


「ちょっと待って下さい。それだと、あのお話をいただく前から、その、新見さんが私を知っていたように聞こえます」

「聞こえるも何も、実際そうだろ? え? なに? そこからなの?」


そう言うと手で顔を覆い、大袈裟な反応を見せる朝井さんに、馬鹿にされていることはわかっていたので、反論したい気持ちは当然あったが、そんな気持ちよりも話の続きが聞きたかった。


「…君は覚えていないかもしれないが、資料室で俺たちは会っているんだ」


やっと話した新見さんの声はやはり甘く痺れるようで、気を抜くとすぐにうっとりしてしまう。


「お、覚えてます」

「だったら話は早いよ」


ニヤッと朝井さんが笑ったのが、視界の端に写ったが、新見さんは聞こえていないのか、続けた。


「その時から俺は君が好きだ」


赤く染まるのが、自分でもわかった。


「そ、そんな、馬鹿な」

「里中さんって、こういう反応は可愛くないよね。素直に受け止めないと可愛さ半減だよ?」

「わ、私もあの時から、その、好き、です。新見さんが」

「それは、可愛い」

「滋! お前はさっきから煩い! 横から入ってくるな!」


少し赤く染まったようにもみえる顔で朝井さんを睨みつけたが、朝井さんは気にする様子もみせず、爽やかに受け流した。


「それで? あとなに話してないんだっけ?」

「…三ヶ月間、家に寄り付かなかったのは、君と同じ空間にいて、耐えれる自信がなかったからだ」

「あ、それが残ってたね。ちなみに、その間は俺の部屋で不貞寝してたから」

「朝井さんは、このお話に反対、されていたんですよね?」

「まーね。だって、普通に告白すればいい話でしょ? ややこしいんだよ。いちいち」


確かに。

そうしてくれていたら、三ヶ月間の切なさは訪れていなかっただろう。


「…帰国してすぐだったので、君の近況はわからないし、彼氏がいないはずないと思った。普通に申し込んでも、手に入らないと思ったんだ」

「だからって、あの内容はないよ。意味わからないし。言い訳にもならないよ。里中さんもオッケーしちゃうからなー」

「すみません…。こんなお話じゃないと、新見さんとお付き合いなんてできるはずないと思っていたので…。いただいたお金も手をつけていませんし、お金が欲しかったわけではなくて…」


お金目的で近づいたんでしょ、と言いたげな朝井さんの視線に言い訳をするように話すと、その言葉を遮って「わかっている」と新見さんが言った。


「君が金に手を付けないから余計焦ったんだよー。誠は」


新見さんの気持ちを代弁するように、だが朝井さんらしく軽口で話した。


「ほんっと、ややこしい二人だよ。これからのことは後で話しなよ。今はおばさんの機嫌をどうにかして」

「そうだな。会場に戻るか」


化粧が剥がれ落ち、みっともない顔を晒すのは抵抗があったので渋ると新見さんはすかさず「君は綺麗だ」と蕩ける声で言ったので、腰が抜けそうになった。


「ちょっと。そんなことどうでもいいから」


普段の上司からは想像もつかない辛辣な態度に、朝井さん本来の姿はこちらなんだろうなとぼんやり考えていた。



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