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少し長いです。
その上、新見さん暴走。心して読んでください。
「どうして皆、私をほっといてくれないの?!」
無様に涙を流しながら声を荒げると、その場が異様に静まり返った。注がれる皆の視線から自分の痛々しさが伝わってきたが、この込みあがる感情をもう抑えることはできない。コントロールができる時期はもう遠の昔に限界を超えていた。
「わ、私は! た、確かに、悲劇のヒロインぶって、酔っていたのかも、しれない。でも、それって、貴方たちに、指摘されなくても! ほっておいてよ! 今まで、そう、していた、ように!」
涙が邪魔。すんなり言葉を紡ぐことができない喉も鬱陶しい。急に気道が狭まる自分の不甲斐ない身体に、できうる限りに悪態をつけたいが、それもままならないほど動転していた。
「わ、わたしだって、わかってる!」
なにが?
そう問いかけるもう一人の自分。
「惨めな奴だって笑えばいいのよ。…今までそうしていたように」
無理に声を荒げていたからか、喉は傷つき、うまく声を発することができず、結果的に落ち着いたトーンで、それでも気持ちは高ぶり、投げやりに言い放つ。
「春香」
そんな優しい声で私の名を呼ぶのはズルイ。
そう思っても私は無様にも彼の想定している反応を示しているでしょう。
喉の奥が何かにひっかかる。
なんで。なんでこんなにもこの人に縛られているのだろう? なんて狡い人。
「落ち着いて。何があったんだ?」
そう言うと掴んでいた腕で引き寄せ、肩を優しく撫でた。それはまるで、大事なものを触るようなそんな手つきで気を抜くと錯覚してしまいそうになる。それでも、夢のような心地に、涙が余計溢れる。
「大丈夫だ」
髪を撫でられる。
「春香」
吐息が肩に触れる。
「落ち着いて」
このまま時が止まればいいのに。
僅かなひとときの、しかし大きな幸福を目の当たりにすると、その幸福が身体中に駆け巡り、涙が自然と乾いてしまった。そのまま流し続けてくれたら幸福なひとときが伸びていたかもしれないのに、
「落ち着いたようだな」
乱れていた呼吸が整ったところで、引き寄せていた腕を離され、向かい合った。なにが起きたのか理解できない。
「誠、ここだと目立つぞ」
新見さんが口を開く前に、知人の一人が呆れるように言い放った。
「…わかってる。こっちに」
そう言うと私の腰に優しく手を回し、リードしながら歩き出した。後ろで朝井さんの嫌らしい笑い声が聞こえたように感じたが、幻聴かもしれない。
◇
連れて来られた先は、会場に入る前に待たされていた部屋と少し似ていたが、あちらより、生活感がまだ垣間見れる。
室内には、椅子が何脚かと小さなテーブルがあるだけで、誰も居なかった。新見さんは無言でソファーに座った。そして、対面している椅子に座るよう目線で語りかけてきたので、素直に従った。
朝井さんや知人の方も入ってきたが、椅子には座らず、入口付近の壁に凭れかかっている。
「それで?」
「…先ほどは、大変お見苦しところを、」
「そんなことは・どうでも・いい。何が・あったかと・聞いているんだ」
苛立っているのか、言葉の端々を不用意に溜め、強調した口調にまた涙が溢れそうになり、慌てて口を開いた。
「わ、私が至らない態度で参加していたので、忠告していただいて、その、ご尤もなことでしたので、悔しくて、その、あのようなことに…」
忠告なんてものじゃないかもしれないが、新見さんにつっこまれるほうがなんだか惨めな気がした。
「…悲劇のヒロイン、とは?」
納得などしていない、早く語れ。
そんな言葉を顔に堂々と貼り付けた新見さんに、思いの丈を全て吐き捨てたい衝動に駆られる。が、そんなことできるわけがなかった。
「…わかりません。もう、わからないんです」
ポタポタと落ちていく涙に、感情も一緒にこぼれて出てしまいそう。
「何がだ?」
「…ごめんなさい。少し一人になってもいいですか?」
「ダメだ。滋、お前たちが出ろ」
「へいへい。会場に戻ってるわ」
そう言うと朝井さん達は素直に退出してしまった。一体なんのためについてきたのか。それさえわからない。
「…どうして、泣いている?」
どうして?
そんなこと私が聞きたい。
「…新見さんはどうして私を選んだんですか…」
「君が、」
「新見さん。私は貴方が、わかりません」
涙で赤く染まっているだろう瞳でみつめ、新見さんの言葉を遮ってきっぱり言い放つと新見さんは視線を外した。そんなに見苦しいのか。
「俺は君がわからない」
呟いた言葉が、なんだか弱そうな、自信のなさそうな声音に聞こえ、驚きのあまり涙がとまった。それに、まるで甘さを含んでいるかのように聞こえた。まさか。そんなことあるはずかないのに。自分のおめでたさにため息とも取れない覇気のない吐息が漏れた。
「まさか。新見さんはわかっているんでしょう? それで、間抜けな女だって笑ってるんだわ」
「間抜け? 君が?」
ありえない、と続きそうな勢いに私の脳はついにおかしくなったのかと天を仰ぎたくなる。
「そうです。新見さんの“提案”に尻尾振って飛びついた馬鹿な女だって」
「尻尾…? 君が?」
「…今日はもう帰ってもいいですか」
そう言って立ち上がろうとしたが、新見さんが先に立ち上がり、それを制した。
「ちょっと待ってくれ。…それでは、まるで、君が」
そこで口を閉じ、私の目をゆっくり、深く覗き込んだ。
「まるで、この生活を望んでいるように聞こえる」
何を、いまさら。
驚き、目を瞠ると新見さんは盛大なため息を吐き捨て、頭をガシガシと乱し、大きな音を立てて椅子に座った。
「俺が。俺だけが、望んだ生活だと思っていた」
ため息とともに吐き捨てられた言葉からは、今までのような冷たさや嫌悪感は感じられなかった。
「に、いみ、さん?」
壊れたロボットのような、途切れ途切れ片言のような言葉に反応すると、一途に、その強い意思のある瞳で私をみつめ返してきた。
「君と生活を送りたいがために提案したんだ」
「まさか」
すぐさまあり得ないと言い放つと、新見さんは今までのような重苦しく、冷たい態度など初めからなかったように椅子の背凭れに体重を預けている。その様は、異様に感じられた。
「はぁ。あのさ、30過ぎたおっさんが必死こいて言ってんだよ。そんな簡単に捨てないで欲しいんだけど」
「え? だって、新見さん? まさか。だって、そんな…」
まるで、
「これでも、必死こいてんの」
愛の告白―――
「…君が好きなんだ」
心臓の音が煩い。煩さのあまり彼の声が聞き取りにくい。
まさか。夢か?
そうか、夢だ。
だったら、もう一度いってほしい。
「そ、ゆ、ゆめ…?」
「そうか。これは夢か。君が想ってくれているなんて、そんな都合の良い白昼夢。それでも。人生で最高のひとときだ。夢であろうと」
そんな、馬鹿な。
あの、新見さんがこんな甘い言葉を私に、それも優しい瞳で。
「夢であろうと、幸せだ」
そう言うと立ち上がり、私の前まで歩み寄り、その場に跪いた。それはまるで、王子様のような仕草で。
「君は、俺を見ないから」
ゆっくりと腕を伸ばし、頬に触れた。そこから新見さんの温かい体温を感じ、本当に夢なのか、これは現実なんじゃないかと甘い考えが浮かぶ。
「…君のその淡い綺麗な瞳に映してくれるのならどんなに幸せだろうか」
そんなこと、私が言いたい。
「に、新見さん…?」
乾ききってしまって滑りの悪い喉を必死に広げ、紡ぐとまた顔を顰めた。
「君だって新見だ。それなのにそうやって君はいつまでも名前で呼んで…。他人行儀で距離をとる」
それは新見さんではないか。そう言ってやりたいが、うまく言葉にならない。
「春香」
触れていた手が離れた。
その手に触れられたいと思ったのは、いつからだろう。
きっとあの資料室からだ。
「…頼むから、この手を振り払わないでくれ」
私はいつでもその手に縋っていたのに。
「…新見さんが、勝手に離したんです」
触れていてほしいのに。
「新見さんが、私を遠ざけるんです」
止まっていたはずの涙が自然と出てきた。今までのような鎖骨に痛みもなければ、目頭に熱が籠もることもなく、自然と。
「にいみさん」
何を話していいのか、わからない。それでも、名前を呼びたくて、その腕に縋りつきたくて、必死になる。
「好きなんです。ずっと」
優しく触れられた手に、頬を預け、瞳を閉じると、唇がとけてしまうほどの熱さが触れた。
すみません。
新見さん像潰しすぎ?
まだ更新します。