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閉じこもっていた部屋から一歩出てみると、周りの生活音や声などが一切聞こえなくなり、廊下に響く自らのヒールの音がこだまする。

昨日買ってくれたこの高いヒールが私を手助けしているかのように、高く響く。


「会場は一階になります」

「皆さん、もう集まっているの?」


震え出しそうな声。

喉がすでに震えているのだから仕方ないのかもしれない。


「全員ではありませんが、いらっしゃいます」


いったい誰が参加しているのか。そんなことを考えたところで知っている人なんてきっといないというのに、だらだらと思考が巡る。


「そう、ですか」

「ですが、会場に行く前に控室でお待ちください」


アキメさんは少し申し訳なさそうに、辛そうな表情で言う。


「あ、わかりました」


嫌な予感が過るが、これから始まることと比べればどれも同じく恐ろしいのだから、今更深く突っ込む必要もないだろうと無理矢理自らを納得させる。


通された部屋は控室としては上質すぎるが生活感のない場所だった。


「こちらでお待ちください。何か今のところ不便なことやご質問はございますか?」


パーティー会場が近づくにつれ、口調も丁寧で緊張が伝わってくる。そんな姿を前に私は未だに気持ちがふわふわと漂い、時折異常に臆病に震えている。


「今のところ大丈夫です。ありがとうございます」

「では、失礼します」


広すぎる部屋に一人取り残され、これからどうするのだろう、と悩むがすぐに頭から押し出す。

考えるな、考えるな。


コン、コン


部屋に響くノック音に返事をする前に扉があいた。


「…起きたのか」

「あ、はい」


新見さんの声が心地よく響くが、声音は相変わらず冷たく、眉間にシワも寄っている。ご機嫌斜めといった表情を浮かべながらこちらを睨んでいる。


「君はどうして」


そこで一旦言葉をとめ、わざとらしくため息を吐き出した。静まり返ったこの部屋ではそのため息は大きく響く。そんな中「みっともない姿は晒すなと何度も言ったはずだが?」と冷たさの残る声音が続いた。


「すみません。あの、みほ、さんは?」


呼び慣れない美女の名前につまりながら聞くと、聞き苦しかったのか、シワをより深く寄せた。


「彼女は会場で優雅にワインを飲んでいるよ。君は自分の度量もわからずガバガバと飲んだのか? これからは一切酒を飲むな」

「わかりました」

「わかれば立ちなさい。会場へ向かう」


義務的に声をかけられ、心臓がギュッと縮こまったが、足に力をいれ立ち上がる。

背筋を伸ばし、できるだけ優雅に美しく見えるように心がけると自然と顔も引き締まった。


「…それでいい。気を緩めるな」


新見さんの声が脳に反響する。

まるで、呪いの呪文だ。彼の言葉を聞いたら最後、その通りに動いてしまう。



 ◇ ◇ ◇



横に並ぶと新見さん自然の流れで私の腰へ手を回し、エスコート体制をとりはじめた。これが彼の義務だとわかっていても馬鹿みたいに反応する心臓と顔が憎い。

ちらっと新見さんの顔を盗み見ても、彼は相変わらずクールで美しい表情で前を見据えている。


「行くぞ」


小さく頷くと、腰に回されていた手に力を入れられた。きっと背筋が曲がったいたのだろう。

気持ちを引き締め、私も前を見据え会場へむかった。

歩く度に響くヒールの高い音や、腰から伝わる新見さんの存在に翻弄されながら私はパーティー会場の扉を開けた。



 ◇ ◇ ◇



開かれて扉の向こうにある世界は現実とは到底思えない煌びやかな空間だった。まさに、異世界という単語が頭に過り、惚けていると「わーぉ」と言う、誰かの感嘆の声が耳に届く。

その声の主に視線を向けるとそこには上司である朝井さんがニヤニヤいやらしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。

が、すぐに視線が頭の天辺から足先まで落とされ、値踏みされた上、明らかに馬鹿にした笑みを浮かべていた。対峙する瞳はお前みたいな小娘が、と雄弁に語っていた。

そんな上司に何か反応しなければ、と思うものの言い返すことができなかった。それどころか、相手の思惑通り見事にダメージをど真ん中に食らい、肋骨は針で突つかれた様に軋む痛みを主張し、目頭はぐっと熱くなった。


「化けるねー、里中さん」

「…朝井さん」

「似合ってるよ、そのドレス」


震える吐息から漏れ出た精一杯の反応が無様だったのか、はたまた思惑通りだったからか、くっと喉を鳴らし嫌味な笑みを浮かべた。

似合っているなんて、欠片も思っていないくせに。


「おっと。俺はこれから挨拶回りがあるんだった。邪魔者は失礼するよ」


通り過ぎる際耳元で「明日のお弁当、忘れずにね」とすっかり忘れていた任務を思い出した。それと同時に、忘れていたことを見透かされていたように感じ、身体が強張った。

相変わらず腰に腕を回している新見さんにも伝わったのか、またしても無言で腰に力を入れられ、姿勢を正された。


「さっきも言ったが、君は気を緩めるな。酒も一切飲むな」


耳元に近寄ってきたかと思えば、低い声が囁くように私へ忠告する。それは、甘い痺れとなって私の脳は使い物にならなくなる。


「返事は?」

「は、い」


会場の騒音に飲まれてしまうほど小さな返答だったが、新見さんには届いたらしく、耳元から離れていった。それに少しの物足りなさとさみしさを覚えてしまうんだから、私ももうどうしようない。


「少し離れるが、君は何もするな」


それは、お飾りとしても役に立たないという宣告にもとれる。


「わかりました。お食事は? 何か食べましたか?」

「俺はいい。君は気にせず食べてくれてかまわない」


そういうと私の腰に回していた腕を簡単に解き、人ごみのなかへと混じっていってしまった。


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