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目を覚ますと昨夜借りていた部屋のベッドに横たわっている事に気がついた。


重たい頭を無理やり覚醒させてから上体を起こす。何気なく目線を落として見れば、ドレスも脱がされペチコートだけというなんとも情けない姿が目に写った。


「どういうこと、だろう?」


だれもいないだろう部屋で思わずこぼすが、当然答えは返って来ない。

仕方なく、ベッドから降り、辺りを見渡すと、机の上に置かれたメモに気がついた。


『目が覚めたらベッドサイドにある受話器で呼び出すように』


綺麗な文字でそう綴られていた。それは見覚えのある文字で、気を抜けば脳裏にあの冷めた声が響きそうだった。

怖気付いてなかなか受話器に手が伸びず、もう一度文字に視線を落とす。


「…電話の相手が新見さんと決まったわけじゃない」


暗示をかけるように声に出して己を叱責してから受話器に手をのばした。願わくばわメイドさんが出ますようにと念じながら。


『起きたか』

「すみません…」


耳に震え伝う声には苛立ちが感じられ、咄嗟に謝ると嫌味のようにため息が聞こえ受話器を持つ手に力が入る。


『そちらに使いを送るから着替えてくれ』

「わかりました」


反射的に答えると新見さんはすぐに電話を切ってしまった。



ペチコートというあられもない姿でメイドさん達を待つのもどうかと思い、クローゼットを開けてみる。

そこには相変わらず種類豊富で綺麗な洋服がびっしり行儀良く吊られている。その中からカーディガンを一枚借り、羽織った。やはりこれもジャストサイズで気遣いが行き届いていることを改めて実感していると、コンコンとノック音が響いた。


「はい」

「春香さん、お着替えをお持ちいたしました。ドアを開けてもよろしいでしょうか」


漏れ聞こえた声に聞き覚えがあり、記憶を巡るとあの心優しいメイドさんの顔が浮かび、張り詰めていた緊張が少し解れる。


「はい。どうぞ」


一拍空いてからドアが開かれる。覗かす顔はやはりあの優しいメイドさんだった。


「失礼します」

「アキメさん、でしたよね?」


嬉しさのあまり確認してみると、メイドさんは優しく微笑み返し「はい」とこたえてくれた。


「夜会ではこちらのドレスをお召しになると伺いましたが、お間違いないでしょうか」


アキメさんとの再会に快く思い、顔をほころばしていたが、すぐに、その隣に立つメイドさんから厳しく張り詰めたような声で義務的に聞かれ、背筋をのばす。よくみれば、あの気の強そうなメイドさんだ。


「あ、すみません。シノさん、ですよね。ドレスはそちらでお願いします」


慌てて頭を下げるとすぐに「私たちのようなものに頭を下げないでいただきたいのでてすが」と心底嫌そうに言われすぐに頭を上げた。


「では、着替えていただく前に、お風呂に入っていただけますか」


シノさんは頭のてっぺんから足元まで目線をゆっくり下ろし、諦めるように顔を歪めながらそう言い放つ。

シノさんは感情を顔に出してしまうタチなのか、それとも相手が私だからなのか、実際のところはわからないが少なくとも私の前では素直に感情を表現していた。


「あ、わかりました。あの、夜会は何時からで今は何時なんでしょうか」


昨夜にはあったはずの場所に時計はなくなっており、自分が一体どれほど惰眠を貪ったのが、恐ろしいが聞かなくては落ち着かなかった。


「現在、15時30分です。夜会は18時からとなっております。準備には充分お時間がありますので、ゆっくりお風呂に入ってきてください」


優しく、慰めるように言い放つアキメさんに、気を抜くと縋りついてしまいそうになり、ぐっと身体に力を入れ、踏ん張り風呂場へ向かった。





ゆっくりお風呂に入り、気持ちを落ち着かせてから上がると部屋にはメイドさん達で溢れかえっていた。


「まさか、全員で準備、ってことはないですよね?」


誰に問うでもなく、ただ、声を漏らしただけだったが、シノさんが律儀に「そうです」と力強く答えてくれた。その姿はむしろ、それ以外に貴女の部屋になぜ集まるんだ、と語っているようにも感じ、苦笑してしまった。


「それでは、下着も新しくしますので、こちらのものに履き替えてください」


履いたことのない下着の形に驚いているとメイドさんたちは有無や戸惑いを感じさせてくれる間もなく脱がされ着替えさせられていく。まるで、人形だ、と感じる間さえなかった。


次々と着替えさせられていく中で、視界の端にドレスが写った。それは、昨日新見さんに買ってもらったドレスであり、初めてデートといっても許されるような過ごし方をした日でもあった。

そんなことで傷心に浸っているとメイドさん達は、私の抵抗がなくなったと勘違いしたのか扱いが雑になり始めていた。


「では、メイクと髪型を変えますがなにかリクエストはございますか?」


身体の準備もまだ終わっていないのにそんなこと考える余裕もなく、弱々しく「お任せします」と零すとメイドさんは少し微笑んで「畏まりました」と言った。その表情に嫌な予感が過る。

が、抵抗する気力もなく、されるがまま身を委ねていた。


準備が終わるとメイドさん達は早々に片付けを始めていた。


「あの、こちらの部屋にはどなたが運んでくなさったんでしょうか」


片付け中に申し訳ないな、と思いながらもワインの美女が気にかかり、尋ねずにはいられない。


「申し訳ありません。私共は詳しいお話を伺っておりませんのでわかりかねます」


近くにいたメイドさんが本当に申し訳なさそうな表情で答えてくれた。


「そうですか。ありがとうございました」


一体誰が、あのソファーような椅子からここまで運んでくれたのだろうか。


「それでは、会場へご案内いたします」


シノさんの厳しい声音が、部屋に響く。

これからまたあの空気の中に紛れ、笑顔をはひつけなくてはならない。きっと、笑顔は保たれていないだろうけど、それでもできることからしていかないと。

そう思えば思うほど顔の筋肉が固まっていく。


「春香さん、大丈夫ですか?」


アキメさんにすがりついて、この部屋から出たくないと駄々をこねてしまいたい。


「…大丈夫です」


脳であるのかわからないが身体のどこからか、新見さんの待つ会場へ向かうように指示が下される。


「では、こちらです」


扉の開く音がやたら響いて聞こえた。



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