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お義母さまの趣味である庭へと足を運ぶと、昨夜見た庭とは異なった雰囲気が漂い、こんな表情もできるのか、と関心する。

風が訪れる度に舞う花弁と甘い香りが鼻腔を燻る。その匂いは、気を緩めているとむせかえってしまいそうなほど甘美で微睡んだ姿へと変貌する。


「春香さん、紹介するわ。私の家族よ」


ぼーっと眺めている私に構わず、テキパキと紹介しはじめたため間抜けなままの表情で視線を向けることになった。そこには見たことのない人が何人か佇んでいた。



「はじめまして。私は、セイ兄の妹の栞です」



にっこり微笑むと私の傍まで近寄った。その美しすぎる笑顔が少し恐ろしく感じ、本能のまま後ずさりしてしまいたい。



「仲良くしてください!」



思わぬセリフの後にさっと差し出された白い腕を眺めながら、これは歓迎されているのだろうか、という疑問が頭に過る。



「えぇ。宜しくお願いします」



自信のない声でなんとか答え、弱々しく握り返した。ちらりと新見さんの方を伺うと険しい顔でこちらをじっと見ていたので、何かおかしい対応をとってしまったのかもしれない。

新見さんの隣に立っていた男性もクスクスと、控えめではあるが笑っている。私をバカにしたようなその笑みに申し訳なさと憤りを感じるが、申し訳ない感情が勝ってしまい情けなくも眉を下げる。



「栞だけずるいって。三男の仁です」



相変わらず笑みを浮かべていた男が一歩踏み出し、腕を伸ばしてきたので反射的に握り返し「春香です」と応えた。仁と名乗った男は、繋いだ手を一度だけぎゅっと握り返すと手を解放してくれた。安堵のため息をつく間もなく、隣に立つ穏やかそうで紳士な男が続けてにっこりと微笑み口を開ける。



「長男のタケルです。字は尊敬の尊です。本日は遠いところからわざわざありがとうございました」

「ほ、本日はお招きいただき、」

「春香さん。そんな堅苦しい挨拶はいいよ。タケ兄もそんな話しなくていあから。それより、誠兄ちゃんとどうやって出会ったの?」

「私も知りたいです! あんな無愛想で無神経な男のどこがよかったんです?」



仁と栞は興奮しているのか、ずいっと身を寄せ迫ってきたので、失礼ながらも一歩下がってしまった。



「い、いえ。そんな、私のようなものが嫁いでしまって、」

「いやいやいや。それは謙遜を通り越して嫌味になるから」

「嫌味、ですか?」


自分の顔がさっと青ざめるのが自分でも判った。声も震え、私の態度はいつも厭味ったらしい態度をとっていたのかと今までの対応が走馬灯のように頭によぎる。


「おい。仁も栞も煩い。まだ挨拶の途中だろ。君も早くこちらに来なさい」

「あ、はい」


新見さんは一歩離れた所から私の態度を静かに見ていたようで、離れた所から声をかけられた。どんな所からでも新見さんの声を聞くだけで私は我に返り、反射的に声を出す。それと同時に先ほどまでの考えを振り払う。考えたところでわからないのだし。


「仁、聞いた? キミ、だって。名前さえ呼べてないじゃん」

「それに、来なさいだって」

「偉そうに」



栞さんと仁さんは二人で秘密の会議をするかのように身を寄せ合い耳打ちをするが、声量はわざとらしく大きい。仲は良いみたいだが、そのあからさまな態度を取ると新見さんは怒ってしまうだろうな、と思っているとすぐに一歩離れていた距離から「お前たち黙れないのか」と冷ややかなお言葉が矢となり飛び出した。



「おー、怖」



震える仕草をする仁さんを横目に私は新見さんのところまで駆けよる。新見さんは私が到達すると無言で奥へと進みはじめたので遅れないように後をついていく。



「春香さん、ごめんなさいね? ちょっと煩くて」

「いえ。賑やかでいいですね」



いつのまにかお義母さまも後ろからついてきており、申し訳なさそうに眉尻を垂らし、頬に手をあてていた。



「奥様」


控えめではあるが、耳元で甘く囁くような存在感のあるこの声はあの執事さんだ、とすぐにわかり、お義母さまの後ろに控えているであろうおじさまを目で探す。


「あら、どうしたの?」

「少しご相談したいことがございます。今お時間よろしいですか?」

「まだ始まったばかりだというのに? 困ったわね。春香さんともまだ話せてないわ」


そこで視線を私に向けた。その仕草はあからさまで、たじろぎどうしたものか、と心臓が速まる中さっとスマートに現れた新見さんが「あとはやっとくから」と助け舟を差し出してくれた。


「いやよ。誠にまかせるくらいなら栞や仁にやらせたほうが数倍ましだわ」

「いいから、行けよ。羽並が困ってるだろ」


お義母さまの明らかな抗議も耳をかさず、冷たく言い放つとお義母さまも観念したのか、隣に立つ執事さんに「わかったわ。どちらに?」と向かい合っていた。



「あの」


お義母さまが執事さんと一緒に場を離れてから特にこれといったことをやらせることもなく、ただぼんやりとお義母さまご自慢の花たちを眺めていた。

こうして二人で並んで花を鑑賞するといったデートの様なことをしたことがないので、少しどぎまぎしてしまうが、こんな緊張が新見さんに伝わってしまえば、意味がないので必死に話題を探す。狂った頭が何をトチ狂ったのか、話題を探す合間空いた手で目の前の綺麗に咲き誇る花を手折ってしまいたいという衝動が浮上する。慌てて両手を強く握る。この手を新見さんが握ってくれたらどんなに幸せだろうか、なんて乙女なことを考えながら。


「なんだ」

「きょうだいが、いらっしゃったんですね」


静まり返る空気に話題のチョイスをしくじったことを肌で感じたが、もう後戻りは出来ない。


「し、栞さんとはいくつ離れているんですか?」


ひくつく頬を無理やりあげ、笑顔を作る。が、新見さんの視線はいまだに花を捕え、一向にこちらを見てはくれない。代わりに、新見さんの背後に佇む仁さんと栞さんが何かもの言いたげな表情でこちらを見つめているのが視界にはいる。


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