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静まり返った車内で何かを発するということはなんだかいけないことのように思えたが、この空気に押しつぶされるくらいなら何か話したほうがマシだと決意を固め、話題を探す。


「あ、あの。知人の方とは無事に会えたのですか?」

「ああ。先に家で準備しているはずだ」

「暴風の影響で遅延していたと聞いたのですが」


お義母さまの話では一時間は帰ってこられないという話だったはずだが、まだあれからそれほど経ってはいなかった。


「運良く早い便に乗れたみたいだ。このままいけば開催時間にも間に合うだろう」

「そう、ですか。抜け出してすみませんでした」


ようやく自分の行動を詫びることができるような雰囲気に、すかさず謝罪を口にしたが新見さんはそれ以上なにも言ってはくれなかった。



家に戻るとすぐに執事さんとメイドさんが「おかえりなさいませ」と声を揃えた。その姿を目にすると、すぐ頬の筋肉が凝固し、変な角度で口角が歪む。


「奥様でしたらリビングにいらっしゃいます。春香様は今一度フィッティングルームに足を運んでいただけますか?」

「わかりました」


引きつる頬でなんとか答えると、脇に立っていたメイドさんがスリッパを差し出してくれ「こちらです」と案内してくれた。


先ほどのフィッティングルームに案内されると、メイクと髪をセットしてくれたメイドさんたちがスタンバイしており、お義母さまの手際の良さに失笑していると気の強そうな高飛車メイドさんが頭のてっぺんから足の爪先までゆっくり視線を落とし、不満顔を見せた。


「失礼ですが、今後はこのように髪を振り乱した歩き方はなさらないでください」


言い放った一言に沈んでいた気持ちがさらに下降したが、何も言い返すことができない。


「し、シノさん! いいすぎですよ」


すっかり落ち込み何も言い返さない私の対応を見ていた周りのメイドさん達があたふたとする中、一人のメイドさんが声をあげた。その声にはまだ幼さが残っているような少し高めの声だった。


「恥をかくのは、誠さんなのよ?」


シノさんと呼ばれたメイドさんは、信じられない、と続きそうな表情で言い放った。その当たり前でしょ、という雰囲気はわかっていたことだが、こうもあからさまに言われると更に落ち込んでしまう。


「だからといって、春香さんが悪いわけではないのにそんな言い方失礼です。シノさんだって廊下を走り抜ける日だってあるじゃない」


相手のメイドさんの口調が崩れかけてきたところをみるとこの二人は同世代なのかもしれない。気の強そうなメイドさんの方が少し大人びてみえたが、考えてみると止めに入ってくれたメイドさんがただの童顔というだけかもしれない。

そんなどうでもいい事で意識をそらしているうちに二人の熱はヒートアップしていた。


「アキメさんに言われたくないわ!」

「私だってシノさんに言われたくないわ! 何が、振り乱した歩き方、よ。イヤミったらしい」


どうやら気の強そうなメイドさんのシノさんと幼さの残るメイドさんのアキメさんは仲があまりよろしくないようだ。


「あ、あの…」


すっかり声をかけるタイミングを逃していたが、二人の息が一旦止まり、睨み合っている隙に声を絞り出す。その声は案の定、情けない声だったが、そんなことにかまってられる時間はない。


「私はもう出ても大丈夫でしょうか…?」

「す、すみません! 春香さんがいらっしゃるのにこのような失態を晒してしまい、申し訳ございません」


アキメさんはすぐに私と向かい合い小さな頭をガクッと勢いよく垂らした。


「あら。まだいらしたんですか?」

「シノさん! 失礼ですよ!」


二人のやりとりについ苦笑を浮かべると、周りのメイドさん方も同じような表情を浮かべていたので、これは日常茶飯事なのかもしれない。


「アキメさんとシノさんはメイドさんとして長く務められているんですか?」

「はい。この中では一番長いです。シノさんと私は同期ですので、同等ですけど」


その声音はあきらきに不満を含んでおり、私は苦笑をうかべて流すしか思い当たらなかった。


「えっと、みなさん。余計な手間をかけさせてしまってすみません。ありがとうございました」


優雅とは言いがたいが、自分の持てる限りの精一杯のお辞儀をし、顔をあげる。アキメさんがにこやかな笑顔を浮かべ「とんでもございません。リビングまでご案内いたします」と少し弾んだ声で言い放った。



リビングの前まで案内されるとアキメさんは「私はここで失礼します」と頭を下げたのでお礼を言ってからリビングに入る。中にはお義母さまだけが椅子に座っており、他には誰も見当たらない。


「あ、春香さん。これで揃ったわね。庭に行きましょう。楽しいパーティーの始まりよ」


弾む声が何故か胸に突き刺さる。お義母さまが楽しみにしているこの催しを心の中では、なぜか、暴風で吹き飛ばしてくれたら、と囁いていた。


「はい。宜しくお願いします」


反射的に貼り付けた笑顔が引きつっていないかが気がかりだっが、お義母さまはパーティーに心が奪われている様子で、私の変化には気づかない。


さっと立ち上がり部屋を出て行くお義母さまの背中はピンと一筋貫き、シックな黒のドレスに羽織ったストールが美しく、豪華なドレスに負けていない。この後ろについて歩く事が恥ずかしい、と心の底から思った。


「どうしたの? 春香さん、行きましょ?」

「すみません。すぐ行きます」


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