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膨大なドレスの中から一着を選び出すなんてことができるはずもなく、結局お義母さまと仲村さんの二人が白熱した討論を交えながら選んでくれた。


「お昼はこのカクテルドレスにしましょう。誠が買ったドレスは夜会の時に着ましょう」

「何から何まで、本当にありがとうございました」


お義母さまと仲村さんに頭を下げると二人とも微笑んでくださり、一安心した。漸く、強ばっていた頬の引き攣りが少し和らぐ。


「では、そろそろ準備に取り掛かりましょう。仲村さん、あとは頼んだわ。私も別室で準備をしてくるから」

「畏まりました」


仲村さんの返答を聞くとお義母さまはすぐさま立ち上がり、退室された。お義母さまの姿が見えなくなることを確認すると仲村さんはクスと声をもらした。反射的に仲村さんに視線を向けると「ごめんなさい」と漏らした。


「春香さんがあまりにも緊張なさっているので、可愛らしいな、と思って」

「緊張、わかりますか?」


そう聞いてみたが、口元が引きつっていることが自分でもわかった。


「ふふ。悪いことではないのよ? さ、私たちも準備にかかりましょう」


仲村さんは何がおもしろいのかくすくすと控えめではあるが口元に笑みを作りながら言った。その笑みになんだか嫌な予感がするがつっこむことも憚れ、苦笑を浮かべつつやりすごした。


「それでは、こちらのコルセットとペチコートを着用後、ドレスにお着替えしていただきます」


微笑んだ表情の中に純粋な笑顔とは言い難い不穏な雰囲気を漂わせていたが、反論を受け付けてもらえそうになく、気圧されるように「はい…」と弱々しくもらした。


私の返答を聞き終えると、どこからかメイドさんがぞろぞろと静かに入室し、かわりに仲村さんは退出された。ぞろぞろと湧き出て来る彼女達は一体どこに隠れていたのだと思うと同時にこんなにメイドさんがいるお家に一瞬でも嫁ぐことになったことに肝が冷えた。いや、瞬間冷凍された気分だった。


「失礼いたします。下着はご自分のものをお召しですか?」


先ほど食事を準備してくれたメイドさんとは違う人物でこちらは気が強そうな雰囲気を漂わせており、お嬢様の高飛車と言われると納得してしまう態度だった。


「い、いえ。お義母さまから…」

「…畏まりました。では、お召し物をお脱ぎください」


一瞬、眉を顰めた仕草に私のことをよく思っていないことは一目瞭然で、きっと嫌々やっているのだろうなと思うと思わず苦い笑みがもれた。


「自分で着れるので」


少しでも手間を省かせようと声をかけたがすぐに目で制され、無言でワンピースのチャックを降ろされた。

このメイドさんがチャックに手を掛けると周りで見つめていたメイドさん達のやる気スイッチがオンになり、私を囲うと手際良く脱がされ、コルセットを装着される。恥ずかしさを感じる暇も与えない程の手際の良さは目を瞠るもので、プロ根性を垣間見た。


「息を大きく吸い込んだ後、大きく吐き出してください」


…なんてことだ。

ギシギシと軋む骨の音が聞こえないのだろうか。私の肋骨は既に限界値にたどり着いているのに、これ以上締めようとするのですか。抗議したい言葉はすぐそこまで来ていたので吐きだそうと息を洩らすと、すぐにまたギシっと締め付けられ、反論の言葉は体内でぐちゃぐちゃに砕け散った。


「続いてにメイクとヘアセットをするので、奥の化粧台へ移動してくださりますか」

「あ、はい」


吐息を吐き出すだけでも骨か何かわからないものが贅肉に突き刺さる。よろよろとメイドさん達の後を追い、化粧台へ向かう。化粧台はこのフィッティングルーム内に設置されており、三面鏡の縁にはライトストーンや装飾品が豪華に飾られており、誤られることは一切感じなかった。


私を化粧台に座らせると、すぐに顔をいじられたり髪をセットされたり、人形のようにされるがままになっていた。



用意を終わるとメイドさん達はそそくさと退出していったのでその場に取り残された私は、手持ち無沙汰になってしまい、埋めるように手を彷徨わせると携帯の存在を思い出した。どうせ連絡なんてないだろうけど、と心の中で皮肉ってみたが、手に取ってみるとチカチカとランプが点灯していた。


『新着メッセージが二件』


DMだろうな、と思いつつも確認してみると一通目は澪からで二通目は会社からだった。澪のメールは駅で別れた後どうなったかというミーハーな内容だったため、はぐらかし脈絡のない内容を返信した。

二通目の会社からの連絡は、篠部君からで件名に緊急な連絡と書かれてあった。そこから何かミスをしたか、ミスを見つけたのだろうと容易に想像することができた。普段の私なら何の迷いもなくすぐに会社へ向かうが、今日はこれから大切なパーティーがある。ここから会社へ向かうにはあまり時間に余裕がなく、出勤できるだろうかと考えているとタイミング良くお義母さまが現れ、申し訳なさそうな表情を向けた。


「どうかしましたか?」

「誠、迎えに行ったでしょ? その知人が乗るはずだった飛行機がね、暴風のため一時足止めされているらしいの。こちらに着くには一時間は遅くなると思うのよ」


今からさらに一時間あれば、会社へ向かって帰ってくることがなんとかできそうだと判断し、意を決する。


「実は先ほど会社からトラブルが生じたと連絡がありました。一時間で解決できると思いますので、少し席を外してもよろしいですか?」


なんとも礼儀知らずな嫁だと自分でも思う。ここから逃げたいと思っているのだろうか。そこまで考えてほろ苦い思いが浮上する。確かに、逃げれるものなら逃げたいかもしれない。


「あら。それは大変ね。どうせ待ってもらうだけだったのだし。構わないわ」


にっこりと微笑んだお義母さまに心の中で何度も謝罪を唱えた。


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