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《コンコン》


控えめなノック音が響き、自然と顔をドアの方へ向ける。少し間を置いてからゆっくりドアが開かれた。


「お食事をお持ちいたしました」


先ほどの男性とその後ろに女の人が二人並び、部屋に入る際上半身を折り入室した。


「失礼します」

「失礼します」


あらわれたら女性は二人とも落ち着いた声で外見は私とそれほど変わらないように見えたが、醸し出す雰囲気の落ち着きや冷静な声音から少し年上かもしれない、と思い直した。

そんな彼女達を観察していると彼女達は私と新見さんの斜め後ろまで近寄り、そこで止まった。

男性はお義母さまの横で歩みを止め、右斜め後ろから朝食の準備をし始めた。ワンテンポ遅れてから私の新見さんの後ろの女性達も取り掛かった。

机に並べられた朝食は、新見さんの好みではないはずの洋食だった。


「お昼に食べると思うから朝は軽くさせたのよ。和食派だった?」


お義母さまが私の表情に察し、すかさずフォローをいれられた。


「い、いえ! 私はどちらでも大丈夫ですので。それにとても豪華な朝ごはんで、申し訳ないです」

「あら、それならいいんだけど」

「それに、この紅茶とても美味しいです。香りが爽やかで気持ちが落ち着きます」

「でしょう? 私のオススメよ。よかったら帰りに持って帰って」

「いいんですか? 嬉しいです」


そう言って紅茶に口を付ける。舌で味わうより先に香りが鼻を擽り口元が緩む。緩んだ口に流し込むとそこからさっぱりとした味が広がる。ローズヒップが入っているのか、赤く透き通った液体が美しく、それにまた瞳が喜ぶ。


「気に入ってもらえてよかったわ。他にもいろんな種類があるからぜひ飲んでみて」

「お義母さまが育てていらっしゃっるんですか?」

「ええ。もともと紅茶が好きで、作ってみたくなっちゃったの」


趣味で作っているレベルではない。それくらい美味しくしあがっているので、もう一度綺麗は赤色の液体に目線を落とした。


「それより。今日の予定」


新見さんのツンとした声が響く。その声音は、まるで和んでいた空気が気に食わないような音に聞こえ、急いで視線をあげる。


「あ、そうだったわ。紅茶を褒められてつい舞い上がっちゃったわ。今から春香さんは衣装合わせよ。誠は何するのよ」

「俺はあいつら迎えに行ってから着替える」

「あ、そうなの? じゃ、別行動ね。春香さんの衣装はちゃんとシワ伸ばしさせたわよね?」

「ああ。仲村さんに頼んだよ。他の荷物も全部預けてあるから」


テンポ良く繰り広げられていく会話に邪魔だけはしないように心掛け、おとなしくウィンナーを口に放り込んだ。


「そう。それならいいわ。春香さん、何着買ってもらったの?」


ニコニコと微笑むお義母さまに、またしても頬がひくついた。

ひくつく頬を隠すように、慌ててウインナーを飲み込んだ。が、味わいが足りないと主張したいのか、憎たらしくも喉を通過する際ゴロゴロとした存在感を存分に残してから胃へと移動していった。ウインナーの反撃、とどうでもいいことが頭の中で駆け巡り、慌てて払いのける。


「な、何着…?」

「…誠? 何してるのかしら? 愚図なの?」


お義母さまとはあまりにもかけ離れた辛辣な言葉をにっこり笑顔で言い放つものだからウインナーのことなどすぐさま忘れ去り、現状に目を見開き、固まった。そんな私に反して新見さんは、一切怯むことなく「そんなこと知るわけないだろ」と言い捨てた。お義母さまと向かい合っているにも関わらず。


「あ、あの! すごく高価な物をたくさん買っていただいて、その、すみません!」

「あら。春香さんてば、欲が無いのね。もっと買わせておけばよかったのに。何着か私のものがあるし、今日は我慢してくれる?」

「着替えるものなんですか?」


恐る恐る聞くとお義母さまは、キョトンとした表情で、着替えないの? と顔に貼り付けていた。


「飽きるじゃない?」


端のほうから大きなため息が聞こえた。



それから食べながらお義母さまの趣味のガーデニングの話など、何気ない話をいくつかすると、新見さんが席を立った。


「じゃ、俺行くから」

「はい。気をつけて」


まだ朝食を食べていた私とお義母さまその場で新見さんと別れた。


「さてと。着替えとメイクにセット。これからが大変よー」

「め、メイクもですか?」


今朝の出来事を思い出し、サッと顔が赤らんだ。


「恥ずかしいの?」


不思議そうに聞くお義母さまになんでもありませんと言って頭をブンブンと左右に振った。


「それならいいけど。それじゃ、移動しましょうか。着替えは奥の部屋でするから」

「あ、はい。ご馳走様でした」


後ろに控えていた女性がそっとお皿をさげてくれたのでお礼を述べると柔らかい笑みを浮かべ「いえ」と答えてくれた。雰囲気がとても優しい人だ。



お義母さまの後をついていくと、フィッティングルームと言うにはどこか勿体無く、ダンスレッスンに使われる部屋というにはお洒落すぎる、そんな部屋に案内された。


「そこらへんに適当に座って。二着目のドレスを決めましょう」


キラキラと輝くお義母さまの瞳がなんだか可笑しくて、思わず口角があがった。


「はい。ありがとうございます」


しかし、並べられる豪華なドレスたちに気圧され参ってしまうとは思わなかった。


「春香さんは肌が白いからどのドレスも似合いそうね。羨ましいわ」


永遠に続きそうな褒め言葉の連続に照れよりも苦笑が先に出てしまう。


「仲村さんもそう思うでしょ?」


既にこの部屋で待機していた優しそうな女性に向かって話をふると、仲村さんと呼ばれた女性は控えめに微笑み「はい」と答えた。


「春香様は、肌も美しいですね」

「若さかしら? 本当に羨ましいわ」

「奥様もお綺麗ではありませんか。私からして見ればお二人とも羨ましいです」


私は苦笑するほかなかった。



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