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す、すみません!
すっかり遅くなってしまって…
誤字脱字あると思うのですが、取り合えずアップしときます…!
大変!お待たせ!しました!!
お店を出てからも無言で運転し続ける新見さんに、この先どこに向かっているのか聞くタイミングを失っていた。マンションのある方向とは逆であることは気づいていたので、まだ何か用事があるのかな、と考えるのがやっとだった。
そんな中、静まり返った車内に私の腹の虫が怒りの抗議を申し出たのは、仕方ないことだったと思う。
「すみません!」
「昼、抜いたことを忘れていた。すまなかった」
「…新見さんは普段からお昼、食べないんですか?」
ふと、昨日の朝井さんのお弁当発言を思い出した。
「ああ。必要性を感じない」
そうはっきり言われてしまうとそうですね、と頷いてしまいそうになった。そんなことをしてしまうと後々あの嫌味な上司に何を言われるかわからないので、なんとも言えず、反応に困っているとそれが空気から伝わったのか新見さんは私の方を見ずに「飯にしよう」と提案してくれた。
◇
カジュアルな服でも入れ、それでいておしゃれなイタリアンに連れてこられたのは、人生で初めてだった。
そもそも、高級なお店でドレスを買ったこともなければ、アクセサリーやパンプスも買ったことがない自分はつくづく新見さんに似合わない女なのだと改めて実感させられた気分だった。お姫様気分と言ったら聞こえはいいが、成金風情のシンデレラ酔いといった方が私にはお似合いな気がした。
「ワインは?」
「大丈夫です」
新見さんが運転で飲めないのに目の前で飲めるほど神経が太くはないので断ると、じっとみつめられた。それは、真偽を確かめているかのような仕草だった。
「…それなら、いいが」
メニューを適当に見繕い、注文し終えると、会話は一切止まった。
静寂に負けないよう唾をのみ、思い切って口を開ける。
「あ、あの。今日はいろいろ買っていただいてありがとうございました」
「気にしなくていい。明日はこちらの事情で巻き込んでしまうんだから」
「そのパーティーのことなんですが…。お義母様から詳しい説明があると聞いていたんですが、まだ連絡がなく、どういったパーティーか知らないんです」
「母には俺が話すと言って断って置いた。明日のパーティーは、ちょっとした顔見せだ。親との会合はあったが、他の者をまだ紹介していなかっただろ?」
他の者? 紹介?
頭の中で混乱し始め、何から聞けばいいのか判断がつかないところに前菜がテーブルの上におかれた。
「詳しいことは、明日わかる。君は何も気にしなくていい」
そう言うと、前菜に手をのばしたので、つられるように私もフォークを持った。
色とりどりのサラダに生ハムが覆いかぶさった前菜は生ハムの塩気とほんのり香るゴマのドレッシングが上品で、無言で味わった。私の様子を時々伺っているかのように視線を投じてくる新見さんに気づかない振りをしているとあっという間に前菜は食べ終えてしまった。
次に出てきた料理は白身魚のポワレ。ソースはアンチョビベースでペロリと平らげた。
そして、主菜は若鶏と彩り野菜のグリル。新見さんは、大トロサーモンのオーブン焼き和風ビネグレットソースとなんともおしゃれなものをチョイスしていた。
仲の良いカップルのように一口交換なんて制度が私たちの間にあるはずもなく、黙々と頼んだ料理を口に運んだ。途中で何度か焼きたてのパンが入った籠を持ってきてくれたので、その時に少し声を発するだけで、あとは終始無言のディナーだった。
そろそろデザートか、という頃合いで新見さんはデザートを断り、私だけが食べる羽目になった。
「少し席を立つが、君は最後まで楽しみなさい」
そういって、優雅に立ち上がり、奥の方へ姿を消した。
そこで漸く、新見さんとこんなにしっかりディナーをしたのは初めてということに気づいた。この三ヶ月近い時間を私は一体何をしていたんだろう。
◇
出てきたデザートはパンナコッタで、周りに季節のフルーツがゴロゴロと転がっていた。
「…美味しい」
こぼれた感想に反応してくれる者は誰もいない。そんなことにも、いちいち胸が痛みを主張してくる。
そんな感傷に浸りつつデザートを食べ終え、重たくなった胃を撫でていると何食わぬ顔で新見さんが戻ってきた。
「君に渡しておくものがあった」
お皿を下げられたテーブルは妙に広く、向かい合っているはずなのに、その距離はとても遠く感じる。
その広いテーブルの上に小さな黒いケースを置いた。
「明日のパーティーにつけておくように」
そう言って小さな箱を開け、見せられる。中身は控えめのダイヤモンドが付いた指輪だった。
どうして。
そんな感想が、こぼれてしまいそうになり、慌てて唾と共に飲み込む。
「…サイズが合うか、はめてみてくれ」
その声には面倒そうに、けれど拒否権を認めない意思のある声音で、言われるままケースを手に持ち指輪を取り出した。
ここで、新見さんにはめられたらどんなに幸せだろう、なんて乙女で夢見がちの妄想が過ぎり、思わず苦笑を浮かべた。
「…サイズは問題ありません」
「デザインについては目をつむっていただけると、嬉しいのだが」
私の棘のある発言に気づいたのか、すかさず反論してくる新見さんに、デザインも何もかも私の好みすぎて嫌味ですか、と言ってやりたい。
「それと。右手ではなく左手に」
「…明日、ですか?」
まさか、今ではないですよね?と続けてしまいそうな棘のある声音に自分で驚いた。が、新見さんは特に気にする様子もみせない。
「ああ。用事は以上だ。今日は俺の実家に泊まってもらう」
そう言われ、確かに新見さんの実家の近くに向かっていたな、と気づいた。
「わかりました」
◇
指輪はその場で外し、ケースにしまった。新見さんは無言でその様子を眺めるだけで特になにも言わなかった。
鞄にしまい込むと、新見さんは席を立ち、店をあとにした。その間も終始無言で、私は何か不愉快にさせたのか、対応が悪かったのだろうか、そんなことばかり考えていた。見当違いで馬鹿な思考に囚われている。
「明日の準備で少し騒がしいかもしれない」
車内で発せられた言葉の意味がわからず、ぼんやりと外の景色を流し見しながら、当たり障りない返答しか返せなかった。
◇
そういえば、新見さんの実家に足を運ぶことは初めてだということに気づいたのは、実家につく少し前だった。
「あ、あの!」
「なにか?」
「ご実家に伺うのは初めて、です。手土産など持たなくて大丈夫なんでしょうか…。それに、こんな夜分遅くに…」
家に伺っても良い時間はとっくの昔に過ぎていた。
そんな私の問いに新見さんは綺麗に顔を歪め「なにを、いまさら」と悪態をつけそうな、そんな表情を浮かべた。
「…気にしなくていい。明日の準備で挨拶をする暇もない。君は寝に行くだけだ」
「そう、ですか」
そこで会話が止まり、少しすると大きな家の前で車が停車した。
「降りてくれないか?」
車が止まり、ここが新見さんの実家か、なんて思いに耽っていると呆れたように促され、慌てて車から降りた。
私が降りるとまたすぐにエンジンが音を出し、すぐに離れた。
視線を家へむけると、自然と口が開き感嘆とも取れる吐息が漏れた。
「…まるで、海外ね」
赤い煉瓦で囲まれたレトロ調で塀からはポコポコと飛び出ていた。その奥に白を基調とした輸入住宅のような綺麗な家が見える。
入り口の横にガレージがあるようで、そちらのドアが自動で開かれ、そこに車を駐車すると飄々とこちらに戻り、入り口の可愛らしい門を開けた。
赤い煉瓦で囲われていた世界は想像通りの異空間で、柄にもなく胸がときめいた。ここは本当に日本なのだろうか。
左右に広がる庭には白いテーブルと猫足の椅子が並べられていた。
「明日の昼間はここで開催されるようだな」
ぽつりと呟いた言葉に反応するように、新見さんに視線を投げた。
「お昼から、あるんですか?」
「ああ。昼間からワインやらシャンパンが並ぶだろうが、君は夜まで参加するのだから飲み過ぎるなよ」
「はい」
お付き合い程度には昼間からも飲むのかと察したが、明日のパーティーが自分とは無縁すぎて全貌が掴めずにいると、新見さんは間抜けな私をおいていくようにスタスタと庭を抜けるように歩いた。
広々とした庭を抜けるとやっと玄関が見え、ドアに可愛らしいお花の柄が描かれたネームプレートが飾ってあった。
「…お義母様の趣味…?」
新見さんとは少し距離があったが静まり返ったこの場にはよく響いてしまった自分の声を撤回する余地もなく「そうだ」と冷たく言い放ち、すぐさまドアを開け、中に入った。気まずさを回収することもできず、新見さんの後を追いかけるように私も門をくぐった。
中も外観の想像通り、欧米風の作りでもしかしたら普段はメイドさんなんかが立って迎えるのでは、なんて妄想が一瞬過る。
「靴はそこの靴箱にしまって。部屋に案内する」
手早くスリッパを出され、妄想でワンテンポ遅れる脳に気合を入れ直し、あとに続く。
案内された部屋は二階の階段近くの一室で、ドアがダークブラウンの木製でできた雰囲気のある部屋でそれだけで興奮するのがわかった。
「かわいい…」
ドアを開け、中を覗くとそこは、洋画のワンシーンに出てきそうな部屋で、おもわず感嘆すると、廊下に突っ立っていた新見さんが「気に入ったか」と聞いてきた。
「はい! すごく可愛らしいお部屋ですね。私が使わせてもらっても大丈夫なんですか?」
「ああ。部屋は無駄に余っているからな。俺は向かいの部屋にいる。何かあればノックするように」
「わかりました」
「着替えはクローゼットから適当にきてくれてかまわない」
「…着替えがあるんですか?」
「ああ。母が置いておくと言っていた。明日は7時頃に呼びにくる。それまでに起きておくように」
「わかりました」
これ以上話すことはないのか、私の了承を聞くと新見さんはすぐにドアを閉めてしまいそうな勢いだったので、閉め切られてしまう前に「おやすみなさい」と初めて一日の終わりの挨拶を口にすると、ドアが一瞬止まり、閉める手前でこちらに視線をむけ、僅かに目線があった。
「…ああ」
そうこぼすと、ドアはパタンとやる気のない音を出して完全に閉め切られた。
「ああ、か」
こぼれた声は自分でも情けなく、笑おうとしたがうまくいくはずもなかった。